第十一章 失意の幕切れ 第8話

文字数 2,987文字

 船は目的地に到着しました。港には民衆が集まり、王子の国の旗とこの国の旗を振って出迎えます。音楽隊が音楽を奏で、それに乗って、王子たちはぞろぞろと船を降りました。

 人魚姫は相変わらず荷物持ちでした。ですが彼女は王子に将来を約束されて、いつになく自信に満ち溢れた顔をしていました。

 エルフリーデは箒に乗って空高くからそれを見守っていました。王女が死んだというのにお祝いの雰囲気がそのままなのは少し気になりましたが、今朝の事なので、まだ人々に知れ渡っていないのでしょう。

 何よりあの人魚姫の表情が、エルフリーデの気を大きくさせました。かつてなく堂々として輝いているその姿は、名門の魔女一族であるエルフリーデの対象に相応しい姿でした。

 王子たちは行列を組んでお城まで練り歩きました。お城の門までくると、王様が自ら大臣たちと一緒に出迎えました。予想通りでしたので、王子はうんざりしましたが、一応は失礼のないように愛想笑いを浮かべました。そして誘われるままにお城の中へ入って行きました。

 お城に着くと、王子様はすぐに広間に通されました。ついてきた人たちも、一緒に広間へ入って、改めて王様や王妃様に挨拶しました。

「はるばるよく参ってくれた。今回縁談を持ち掛けたのはほかでもない、じつはある占い師が王女に相応しいのはそなただと言ったのでな。それで手紙を出したということだ」

「占い師なんぞの言葉で縁談を決めたのですか?」

 王子は呆れたを隠しませんでした。王様はそう思われるのも無理からぬことだと笑って答えました。

「その占い師というのが、とても力があるのだ。だからきっと王子も我が国の王女を気に入ることだろう」

「はぁ、そういうことなら、早速ではありますが、王女様をこちらへお呼び下さい。わたしが気に入るかどうか、試してみようではないですか」

 王子は投げやりに提案しました。国王は大喜びですぐに王女を呼んでくるよう召使いに言いつけました。

 どうやら王女は支度に時間がかかっているようでした。王子はあくびを噛み殺して待ちました。そしてようやく何人もの召使に囲まれて王女がやってきました。王女はしずしずと王子の前に進み出て、お辞儀をしました。

 その姿を見て王子は目を瞠りました。目の前に現れたのは、あの嵐の夜に救ってくれた教会の娘その人だったのです。

「どうして、どうしてあなたがここにいるのですか? あなたがいたあの教会は火事で焼けてしまったはずだ」

 王子は大勢の人が見ていることも忘れて、大層狼狽えた様子で尋ねました。王女は穏やかな微笑みで王子の疑問を受け止めました。

「少しの間とはいえ、お世話になった教会が火事になったと聞いて、わたくしも心を痛めておりました。あの場所はわたくしと王子様が出会った場所ですもの。行儀見習いのために、あの教会に身を置いていた時、嵐に遭って岸に打ち上げられた王子様をお助けしたのが、今も昨日のことのように思い出されますわ。

 あの日から、わたくしの心にはずっとあなた様がいました。けれど勝手に抱いた恋心を押し付けるような厚かましい真似はできないと、それは胸に秘めておりました。でも、占い師が王子様こそがわたくしの運命の相手だと告げた時は、天にも昇る心地でしたわ」

 王子は思わず王女の手を握っていました。死んでしまったと思っていた愛する人が生きて目の前にいるのですから、その感激たるや、計り知れないものがあります。

 王子のお付きの者たちは、かねてより王子が恋をしていた教会の娘が生きていたことに驚き、それが縁談の相手だったという運命の巡りあわせを喜びました。王女の国に人たちも、二人は既に出会っていて、互いに恋い慕っていたのだと知り、二人の再会を祝福しました。いずれにせよ、誰もがこの二人の結婚は決まったと思っていました。

 人魚姫は手に持った荷物を取り落しました。ですが、誰もそんなことを気にししません。

 王子が最愛の人を見つけてしまった。これで船の上で交わした約束などすべてきれいさっぱりなくなりました。彼女を見つめる王子の顔といったら、これまであんなに側にいたのに。見たことがないくらいに優しく、満ち足りているではありませんか。

 これまで幸せで忘れていた足の痛みが急に襲ってきました。いつもは我慢できるのに、今日はもう立っていられませんでした。人魚姫はよろよろと広間を出て廊下の隅に座り込みました。

 エルフリーデも空中で貝殻を通して広間の様子を見ていました。

「あの教会の娘が生きていたなんて。火事が起きる前に国へ帰っていたということなの? なんて運が強いのかしら。いいえそれよりもなぜ王女が生きているの? 呪い殺したはずよ」


 するとお城の塔のてっぺんに太った黒猫が現れました。黒猫はあんぐり口を開けました。そこからマヌエラの声が聞こえました。

「よう、お嬢様。全てがひっくり返った気分はどうだい? どうせ何もできずにわなわな震えているんだろうさ。

 この前はあんたの火の呪いでひどい目に遭った。だからこっちも仕返しさせてもらったよ。この国の王様にに人魚姫の王子と王女を結婚させるように勧めた占い師はあたいだよ。王女が王子と知り合いだったってのは驚いたけど、それなら運命の結びつきの力を借りてやろうと思ったってわけさ。

 ちなみにあんたが王女を狙うだろうってことはわかってたからね。身代わりを用意させてもらったよ。眠る前にミミズを王女様に変身させておいたのさ。つまり昨日の夜死んだのは畑のミミズだよ。

 どうだい? あたいみたいなのに邪魔されるなんて思ってもなかっただろう。名門のお嬢様がこんなふうに失敗するなんて、ざまぁないね。ま、せいぜいあと少しの間に人魚姫を幸せにする方法でも考えな」

 エルフリーデは顔を真っ赤にして怒り、いきなり杖を振るって猫に向かって雷を落としました。もちろんこの猫はマヌエラの使い魔のヴェラですので、ひょいと躱して素早く塔を下りていきました。エルフリーデはカトリンに追いかけさせましたが、カトリンはヴェラに鼻をひっかかれて塔から転げ落ちてしまいました。

「この役立たず!」

 エルフリーデは怒りにわなわな震えて、使い魔を怒鳴りつけるとものすごいスピードで箒を飛ばし、海の拠点へ戻ってしまいました。

 彼女は十分動転していました。ここまでは一切が計画通りに上手くいっていました。ただの合格だけではなく、他の見習いの邪魔をして、最高の評価を得て館入りを果たすつもりでした。でもこうなってしまっては、館入りどころか合格すらできません。まだ試験終了まで時間があるとはいえ、王子と王女を引き離すのは不可能に思えます。、このままでは人魚姫はたちどころに海の泡になって消えてしまいます。

「ありえないわ。わたくしが落第なんて。そんなこと、お母様もおばあ様も叔母様も、ほかの一族の全ての魔女が許すはずがないわ」

 エルフリーデの脳裏に浮かんだのは、まだ見たことのない『大いなる魔女』の大きな口ではなく、一族の人々の失望した顔でした。彼女たちの眼差しは、『大いなる魔女』よりも恐ろしいものでした。

 青い顔で震えながら拠点の中を行ったり来たりしているエルフリーデの元へ、真っ白な尾ひれの人魚が尋ねてきました。人魚姫の祖母でした。彼女は末の孫娘をどうか救ってほしいと哀願しました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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