第十三章 新たなる魔女たち 第2話

文字数 2,966文字

 最初に集められた部屋へ行くと、既にイルゼがいました。顔には血色が戻り、背筋も伸びて堂々として、最初にこの部屋であった時と全く変わらない容子でした。

 全員が揃ったのを見定めたように、ケルスティンが床の魔法陣から姿を現しました。

「諸君。一ヶ月の試験、ご苦労だった。それぞれできる限りの力を発揮して、思い思いに課題に取り組んでいた。わたしも楽しませてもらったよ」

 ケルスティンはコツコツと靴音をさせながら、大きな窓の一つの前に立ちました。

「さて、君たちの試験の結果を発表する前に、一つ発表することがある。

 試験監督の助手を務めていたペドラだが、実は彼女はすこし特殊な立場だった。100年前の魔女試験で、ある姫君に祝福の魔法をかけており、その魔法が成就するかどうか、君たちの試験期間中に試されていたのだ。

 彼女は見事魔法を成就させて、試験に合格した。これまではそういう特殊な事情を加味したうえで、館で預かりになっていた身分だったが、合格したのでこれで誰憚ることない館の魔女となった」

 ケルスティンはここで言葉を切って、ちらりとヨハンナを見ました。彼女はじっと立ったまま、視線を床に落としていました。

「本来、彼女もこの部屋にいるべきだが、彼女はここへ来ることを拒否した。また、今やっと試験に合格した身でもあることだし、100年前の試験の後すぐに館に入ってしまい、世の中で魔女として生きた時間が少ない。ついては修行して力をつけたいので、館の魔女としての役目は辞退すると、正式に申し出があった。

 館では協議の結果、この申し出を受け入れた。よって、この欠員を補うために、今年の館入りは二人となる」

 ということは、ヨハンナが館入りする可能性もあるのではと、ヘルガは期待しました。

 ケルスティンはそれではと、試験結果の発表に入りました。彼女が大きな窓の一つに魔法をかけますと、ぼうっと光って見習いたちの名前が浮かび上がりました。

「これが今回の試験の合格者だ」

 一人一人名前が読み上げられます。一番下から、マヌエラ、イルゼ、ヨハンナ、そしてヘルガ。

(わたしの名前が、一番上にあるわ)

 合格者として名前を呼ばれただけで誇らしく、そのことに気が付いたのは、一呼吸も二呼吸も遅れてからでした。

「一目瞭然だろうが、最優秀者に決まったのはヘルガだ。そして次点はヨハンナ。今年はこの二人が館入りとなる」

 ヘルガはびっくりして腰が抜けそうになりました。

「わたしが最優秀? それは何かの間違いじゃないでしょうか。だってわたしは、もたもたして、シンデレラを幸せにするのも最後の最後でしたし、他の人みたいに、すごい魔法を使ったわけではないんですよ」

「たしかに魔力や魔法の技術については、君はこの中で一番の劣等生だ。だが、今回の試験をとおして一番成長し、能力を伸ばした。それを館は高く評価したのだ」

 成長したと言ったって、それでもヘルガはイルゼにも、ヨハンナにも、マヌエラにも敵わないくらいにしかなっていないのです。そんな人が合格なんて、誰が納得できるでしょうか。

「ヘルガさん、選ばれたのはあなたなのだから、謙遜せずに堂々と館の魔女におなりなさいな」

「そうだよ。だいたい魔女の試験なんか、何が良しとされるのかはっきりしない、いい加減なもんなんだから」

 マヌエラは随分ひどい言いようでしたが、ケルスティンは咎めるどころか、微かに頷いてさえいました。

「そういうことなら、では、お言葉に甘えて……」

 イルゼとマヌエラは拍手をして祝福してくれました。ラルフはまわりに猫がいるのにも構わずに、ヘルガの周りをちょろちょろ走り回って喜びました。

「でも、ヨハンナさんも館に入れるのよね。良かったわね。わたしなんかより役に立つ魔女になるはずだわ」

 しかし、ヨハンナは泣きそうに顔をゆがめていました。

「わたしに館の魔女の地位を譲って、罪滅ぼしのつもり? 馬鹿にしないでよ。どこまでわたしを貶めれば気が済むの」

 ペドラが何を思って館の魔女を辞退したのかはわかりませんが、やはりヨハンナとの因縁から起こした行動なのでしょう。

「ヨハンナさん。色々思うところがあるだろうけど、ヨハンナさんが二番にならなかったら、館に入れなかったわけだから、これはあなたの力によるものじゃない。あまり悪い方に考えずに、喜んでいいと思うわよ」

 ヘルガのつたない言葉では、とても慰めになりませんでしたが、ケルスティンがそれを補ってくれました。

「言っておくが、ペドラが館の魔女を辞退して出て行ったのは、合格者の順位が決まる前だ。自らを省みた結果、館の魔女に相応しくないと思って去ったのであって、別に君に譲ったわけではあるまい」

 それでもヨハンナの気持ちはおさまりません。そこで、ずっと沈黙していたエメリヒがヨハンナに話しかけました。

「ヘルガが言ったように、二番目に優秀という評価を得たのはヨハンナの実力だ。そしてあの魔女が館から姿を消したのは、これまでの行状を鑑みれば至極まっとうなことだ。自らの足で去らせたことが悔やまれるが、これでイーダも少しは浮かばれる。

 これからヨハンナが館の魔女として力をつけて活躍し、一族を盛り立てることこそ、あの魔女への何よりの報復と考えるんだ。実際、一族が復権すれば、あの魔女如きはどうとでもできるさ」

「……そう、そう考えるしかないわね。少なくとも館に入れたから、一族に顔向けできる」

 ヨハンナはその言葉でようやく館の魔女の地位を受け入れました。

「さて、今回の試験にはもう一人参加者がいた。彼女は幸せにするべき人魚姫の恋を成就させることができず、最後は自死に追い込んだ。人魚姫は不幸になった。よって落第となる」

 別の窓の一つに、館の地下牢に、魔法の鎖でがんじがらめに拘束されたエルフリーデの姿が映りました。少し前までの、若く才能に溢れ輝いていた魔女の姿は見る影もありません。

「彼女が人魚姫をいくら助けても、王子の心が人魚姫に向くことは無かった、それは諸君が彼女と衝突し、あれこれ魔法で妨害した結果に見えるが、それを覆せなかったのは、やはり彼女の力が及ばなかったためだ。

 そもそも人間と、人間以外の不思議な存在の魂が結ばれることはまずない。そんなことは彼女も知っていただろうが、より高い評価を得ようとしたか、あるいは自分ならやってのけられると自負したゆえか、無理を押して人魚姫を地上へやった。そこからして、間違っていたのかもしれん。

 とにかく、エルフリーデが落第したのは彼女がそれまでの魔女だったからであって、諸君のせいではない。くれぐれも罪悪感を感じて自らを責めないように。こんなことは、わざわざ言うまでもないことだが、今年の見習いたちは、大きな良心を持っている傾向にあるから、特に釘をさしておく」

 そういいますが、お前たちのせいではないから気にするな、なんて言われては、却って気にしてしまうものです。見習いたちはどういう顔をしたらいいのかわからず、窓から視線を外し、しばし沈黙しました。

 最初に口を開いたのヘルガでした。

「あのぉ、エルフリーデさんの試験の結果なんですけれど、落第というのは、ちょっとかわいそうじゃないかしらね」

 ケルスティンはその真意を探るように、目を細めてヘルガを見ました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み