第十二章 めでたしめでたしの先へ 第三話

文字数 3,034文字

 ペドラはこの試験の間、旅をするマルティンを捕まえるため、あちこちに地図の魔法で好きにできる場所を作っていたのです。実際マルティンがシンデレラの住む国の近くを通ったこともありました。

 それで今回ヘルガの迷路とシンデレラの家を繋いだ魔法に、ペドラの地図の魔法の端っこが引っかかっているのでした。

「事情はわかったが、それならあたしの魔法を破るなりすればいいんじゃないかね」

 まだ試験は終わっていません。まわりの魔女たちはいわばヘルガの敵なのです。それなのに何の見返りも用意せず、できないから手を貸してほしいと願い出るなんて、考えが甘く、みっともないです。ペドラはヘルガが理解できませんでした。

「あら、だってわたしはあんまり魔力が強くないのですよ、でもシンデレラを幸せにしてあげたいの。それなら、できないところは誰かに頼らなきゃしょうがないんです」

 ヘルガは当然のように答えました。ペドラは珍しい生き物を見ている気分でした。

「まぁ、あたしも無事100年前の試験に合格できたわけだし、もう誰を邪魔する必要もない。おまけに魔法をかけた場所をそのままにしておくのは、ちょいと魔力を消耗するからね。ここの魔法は解いてあげるよ」

 ペドラは必要以上にかかわっては面倒だと思って、頼みを聞いてやることにしました。

 ヘルガが見ているなか、羊皮紙の地図を取り出し、地図の両端に描かれた魔法陣を手直しし、いくつかの場所の地面に描いてある魔法陣を消して回りました。

 ヘルガはその間、地図をじっくりと眺めていました。魔法陣を消すごとに、地図の四辺の魔法陣も勝手に変化していきます。今のヘルガには、その仕組みが少しだけ理解できました。

「こんな魔法もやってみたいわね。そうだ。迷路の出入り口をシンデレラの屋敷の目の前に繋ぐというのもいいけれど、こうやって地図の魔法で、時期が来たらチョイッとつなげてしまうっていうほうが、いかにも魔法らしくていいわね。

 ペドラさん。わたし、地図の魔法に挑戦してみたいのです。だから少しだけ、先生になってくださらないでしょうか」

「何を馬鹿げたことを」

 ペドラは即座に断りました。

「いっぱしの魔女になろうという者が、地図の魔法の基本もわかっていないなんて。おまけに誰かに助けてもらおうなんて虫が良すぎる。魔女の世界は甘くないんだよ。力がないならないなりに、自分の力で工夫して乗り越えて行かなきゃいけないんだ」

 一応館の魔女としてお説教していると、ペドラの地図の魔法に引っかかってしまっている迷路の出口に通りかかりました。ペドラはそれを見て、ヨハンナの魔法に似ていると気が付きました。

「ヨハンナも甘ちゃんだ。あんたに協力してやるなんて。それとも復讐が叶わなかったから、気概を失ってしまったのかね」

 復讐なんて物騒な言葉が出てきて、ヘルガはぎょっとしました。そういえば、ヨハンナはペドラと会うのをとても嫌がっていました。きっとこの二人の間には何か因縁があるのだろうことはヘルガにもわかりました。

「ヨハンナは何も言わなかったのかい。まぁ、関係ない人に打ち明けるようなことじゃないか。ただあたしがヨハンナに恨まれていて、この試験の間ずっと命を狙われていたんだけど、何とか生き延びられたってことだよ。それもある意味でヨハンナのおかげだったわけだけどね」

「まぁ、命を狙うほど憎むなんて、やっぱり魔女の世界はすごいところですね」

「当たり前だろ。魔女なんだから。騙し合い、足の引っ張り合い、殺し合い、魔女の世界にはつきものだよ。反対にそれができなきゃ、やっていけないよ。特にあんたみたいに、魔力も低くて、頭も悪くて、ぼうっとした奴はね。力のない者が生き抜くためには、おきれいなままじゃいられないんだよ」

「そうなんでしょうかね。でもわたしは、そんな恐ろしいことはとてもできそうにありません」

「そうだろうね。あんたが白雪姫を危ない目に合わせたくなくて、折角の毒リンゴを無駄にしたのを見たよ」

 ペドラは意気地なしと言わんばかりに鼻を鳴らしました。

「あんなに若くて可愛いお姫様が、ひょっとしたら死んでしまうかもしれなかったんですからね。誰だって毒リンゴなんて食べさせたくないですよ。イルゼ王妃様だって、本当はそんなことしたくはなかったでしょう」

 そんなことはペドラだってわかっています。それでもイルゼはあの時、そうしなければいけなかったのです。彼女が言いたいのは魔女の世界とはそういうことがしょっちゅうあるということです。

「これから魔女になったら、そんなことをしなくてはいけないような事件に遭うのでしょうかね。できるから、そんなのを避けて生きていきたいですねぇ。考えてみたら、わたしはこんな出来損ないのよぼよぼおばあさんですから、そんな大層な事件になんか、巻き込まれないと思いますけど。

 ヨハンナさんもペドラさんも、昔はそうやっていがみ合うほどの事に遭ったわけですけど、これからはそんなことにならなければいいですね」

「まったくどこまで能天気なのか。嫌が応なしにそうなるってことなんだよ。わかってないね。

 それに、あたしはそうやって生きてきたんだ。いまさら生き方を変えられやしない。むしろそういう事件がなければ困るくらいだよ」

 ペドラはやれやれと首を振って言いました。しかしヘルガは、どこまでも能天気でした。

「これまでのことは変えられません。でも、これからのことは好きにできるんです。先のことはわからないのだから、案外、そんな嫌なことをしないで生きていくことができるかもしれませんよ」

 ペドラは魔法陣を消す手を止めて、品定めするようにヘルガを見つめました。ヘルガは怖れて目をそらすでもなく、不敵に笑うでもなく、ただただその視線を受け止めていました。

「……そうかい。せいぜい、おきれいなままでやっていけるよう頑張りな」

 ペドラはそこにあった魔法陣を消しかけてやめました、

「これは残しておいてやる。それからその地図もやる。シンデレラの家とあんたの迷路を繋ぐ地図の魔法を使いたいっていうなら、それを使って自分でやってみな」

 ペドラはサッと箒にまたがり、ヘルガのお礼もきちんと聞かずに空中へのぼっていってしまいました。しかし、途中でピタッと止まって、懐から古ぼけた手鏡を取り出し、じっと見つめていました。何をしているんだろうとヘルガが見上げていると、手鏡をしまってもう一度低いところまで下りてきます。

「マヌエラはどうやらエルフリーデの所にいるみたいだよ」

「居場所がわかるんですか?」

「これでも館の魔女で、試験監督の補佐なんだよ。見習いたちのことはわかる。どうも5日間くらいは帰ってこないみたいだね」

「そうですか。でもあと5日なら間に合いますね。あと9日でちょうど試験が終わりますから。そうと決まれば、マヌエラさんがお菓子の家に戻るまでに準備を整えておかなくてはね。

ペドラさん、ご親切にどうもありがとう。この親切を無駄にしないよう、必ず合格しますからね」

 また最後まで聞かずに去っていくペドラの背中に感謝の言葉を投げかけて、ヘルガは地図の魔法は明日にするとして、一度墓地へ戻りました。

 前にエメリヒが暴れたままになっていた墓地はは、ヨハンナのおかげですっかり片付いていました。

 小屋に入ると、ヨハンナがエメリヒを膝に乗せて、小さな椅子に腰かけていました。テーブルの上には、お城の偵察から戻ったラルフがいました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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