第十二章 めでたしめでたしの先へ 第9話

文字数 3,019文字

 シンデレラは戻ってきたヘルガに抱き着いて喜びました。墓地にいたマヌエラたちも様子を見にやってきて、ほっと胸をなでおろしました。特にラルフは、飛び上がってダンスを踊るようにそこらじゅうをくるくる走り回りました。

 さて、王子のお使いたちは、先にお城へ戻って報告をしました。予想以上に早く戻ってきたので、王子は驚きましたが、ガラスの靴が合う娘が見つかったと聞いて、すぐに迎えの馬車を出せと命令しました。

 仕事から戻ったシンデレラの父親は、全ての事情を聞いてとても驚きました。娘がお妃になるというのだから当然です。

 お迎えの馬車が来ました。お使いたちはシンデレラの家族も乗るようにと王子の伝言を伝えました。父親も継母も義姉たちも、馬車に乗ろうとしました。

 それを見守っていたヘルガの側に、すっとケルスティンが降り立ちました。

「あの継母たちは、このままで済まされていいはずがない。悪事には報いがある。それを思い知らせるのも魔女の仕事だろう」

 いうが早いか、これまでヘルガが使っていたあの二羽のハトが馬車の側へ飛んできました。そして足のケガでうまく歩けない義姉たちの目をつついて潰してしまったのです。

「まぁ、なんてひどいことを!」

 ヘルガは思わずケルスティンを詰りました。ですがケルスティンはまったく罪悪感など感じていないようです。

「ひどいことはないさ。あの二人がシンデレラにしていたことを想えば、これくらい当然さ。そして継母も、自らの行いのせいで、実の娘が足を怪我して、そのうえ光を失ったとなれば、自責の念い苦しむ。罰としてこれほどふさわしいことは無い」

 シンデレラ一家は、姉たちを介抱するために、一旦屋敷へ戻りました。シンデレラはヘルガの所へ駆け寄ってきて、義姉たちを救ってほしいと頼みました。

「そうよね。いくらひどい人たちでも、これはあんまりかわいそうだわ」

 ヘルガは何とか呪文を思い出して、義姉たちの怪我の痛みを和らげてやりました。それから、こう言いました。

「今すぐ二人の目と足を直してあげるのは、ちょっと私には難しいのよ。でも時間をくれれば、やり方を調べて何とかしてあげられると思うの。だから少し待ってくださいね。

 それにしてもね、これまであなたたちはシンデレラにずいぶんひどい仕打ちをしてきたけれど、シンデレラはわたしに、あなたたちを助けてほしいとお願いしたのよ。この子は本当に真心のあるいい子なのよ。だから、これからは本当の家族として尊重しなくてはいけないわ。

 お父さん。あなたも奥さんや娘たちの関係を面倒がって見てみぬふりをしてきたわよね。あなたもこれからは家族の事をよく見て、仲良く幸せに生きていけるように、努力しなくてはいけないわよ」

 継母も義姉たちも、父親も、ヘルガに感謝し心から反省して、これから行動を改めると誓いました。

 それからシンデレラは、仕方なく一人でお城へ行くことになりました。

「魔女さん。本当にありがとう。感謝しているわ」

「いいえ。あなたが幸せをつかんで、嬉しいわ

 でもね、これからお妃様になったとして、色々と大変なことが起きると思うのよ。どうしても自分の力で解決できないことがあったら、またおこのおばあさんを頼っていいのよ。わたしも見守ってるからね」

 シンデレラは涙を浮かべて何度も頷き、結婚式には必ず招待すると約束して馬車に乗り込みました。

「ずいぶんお人好しだな」

 ケルスティンはまだ屋敷の外にいました。

「悪事に報いがあるっていうのは、まぁ、一つの真実だと思いますけれど、やっぱりわたしは罰を与える怖い魔女よりも、困っている誰かを助けてあげる、優しい魔女になりたいんですよ」

「それはなんだか、魔女らしくない気もするが」

「わたしがそうやって生きていたら、そのうちそれが魔女らしいということになるかもしれませんからね。それにやっぱり、無理してもいいことはないと思いますよ。自分の望む通りに生きるのが一番なんです」

「面白い。それもまた、魔女らしいかもしれないな」

 ケルスティンは笑って、空へ飛びあがりました。その後ろに、ずっと空中に浮いていた魔法のじゅうたんがついていきます。その上にはエルフリーデがいました。

「エルフリーデさん、本当に落第してしまったのね」

 あんなに若くて才能がある魔女なのに、たった一回の試験で失敗したら命を失うなんて、よく考えてみたら、ひどい決まりです。

「命を失う本人だけではなくて、その家族や周りにいる人間も、苦難の道を歩むことになる。ひどい決まりではある。けれど私たちにはどうしようもない。魔女の世界ができた頃からずっと変わらない決まりだから」

 墓地へ戻る道の途中で、エルフリーデを気遣ったヘルガにヨハンナが答えました。

「でもね、やっぱり死んでしまうっていうのは悲しいわ。どうにかできないかしらね」

「どうにかって、どうやって? もう落第しちまって館に連行されてるんだから、あたいたちにできることなんて何にもないよ」

「マヌエラさん。あなたはこのままでいいと思うの。あなたが邪魔したことが原因なのに」

「そりゃあ、すこしは後ろめたくはあるけどさ、何度も言うけど、あたいだって死にかけたわけだし」

 マヌエラは乱暴にスカートの裾を払いました。

「そういう無理難題は、魔法の力で答えを探すのがいいかもしれない。イルゼの所に魔法の鏡がある。質問になんでも答えてくれるそうよ。そんなにエルフリーデの事が気になるなら、鏡に聞いてみたらいい。いい方法があれば答えてくれるはず。まぁ、ないと思うけど」

 ヨハンナは落第を覆すことはできっこないと思っていました。そうでなければ、昔命を失った大叔母はなんだったというのでしょう。一方で何とかして助けたいと思うヘルガの気持ちも少し理解できました。だからいつまでも未練を引きずるよりは、すっぱり諦められたらいいと思い、鏡に聞いてみることを提案したのでした。

 そうとは知らないヘルガは、それはいい考えだと思い、翌日の午後、イルゼの所へ出かけていきました。

 イルゼはもうお城へ戻っていると思ったのですが、どうやらそうではないようでした。ですが以前の隠れ家はもぬけの殻になっていました。

 仕方なく町に戻ってみると、森の奥の塔に幽閉されているということがわかりましたので、人に場所を聞いて、塔へ向かいました。

 塔の周りには兵士が数人警備していました。ヘルガがどうやって中へ入ろうか迷っていると、前にお城に入ったと期と同じように、突然体が移動して、気が付いたら塔の中にいました。

 冷たい石壁の部屋は暗く、冷たく、王妃に相応しい場所ではありませんでした。そして、ヘルガを迎えたイルゼも、かつての堂々として活力に満ちた姿はどこへやら、蝋人形のように白い顔をして、少し痩せてしまっていました。

「まぁ、おいたわしい。どうしてこんな所へ押し込められてしまっているのでしょうか」

 事情を知らないヘルガは胸を痛めました。イルゼは多くを語らず、弱弱しく微笑むだけでした。

「ごめんなさいね。あの鏡はお城の部屋に置いてあるから、今は使えないのよ」

 鏡を使わせてほしいと頼むと、イルゼは白い顔を俯かせて断りました。

 ヘルガががっかりしていると、外から馬車の音が聞こえました。窓の外を伺ったユッテが、驚いて声を上げました。

「あれは姫様です。白雪姫様がいらっしゃいましたわ」

 イルゼは驚いて立ち上がりました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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