第四章 何が幸せか 第4話
文字数 2,954文字
ラルフとヘルガは貝殻を通して一部始終を見ていました。
「まぁ、それにしても人魚っていうのは綺麗だわね。もっと気持ち悪い怪物を想像していたけれど。お城も素敵だったわ。ねぇ、シンデレラの家はあんな具合にしてあげたらいいんじゃないかしら。貝殻や珊瑚の家なんて、海辺に似合っているわよね。なにより魔女が作った、この世の物じゃない、特別な家って感じがしていいんじゃないかしら」
ヘルガはのんきに感想を述べました。そこへエルフリーデが帰ってきました。
「どう? 人魚はあなたの乏しい想像力で思い浮かべたものとはかけ離れていたでしょう」
「ええ、それはもう。あんなに綺麗なものは見たことがないわ。魔女になったら、こういう不思議な存在を、もっとたくさん見ることもできるかもしれないわね。
それにしても、エルフリーデさんは流石ね。幸せにする対象がただの人間じゃないんですもの。若くて才能のある魔女だから、一等難しい課題を割り振られたにちがいないわ」
「あら。そんなことってあるかしら。でもあなたの話を聞く限り、他の方々は地上の普通の人間だというから、まぁ、わたくしだけが特殊な課題ですわね」
「そうよ。そもそもずっと海の中にいなくてはいけないんだから、並大抵のことではないわ。わたしなんて、とてもできないもの」
エルフリーデは褒められていい気になったようです。ただ、ヘルガにはおだてる気は全くなく、本当に感心しているだけなのでした。
「それで、あの娘さんは海の世界ではなくて、地上の世界へ行きたがっているのね」
「その通りですわ。あの姫は地上の王子に恋しているんですわ。それでその人と結ばれたいと思っています。それをわたくしが助けてやるということですの。
簡単なことではありませんわ。あなたも見たでしょう、人魚には足がないのですわ。まずは陸に上がって歩いていけるように、足を生やしてあげなくちゃ。いいえ、正確には、生やすだけではなくて、体のひれから下を消してしまって、そのうえで足を生やすということになるわ。だってそうでしょう。あのまま足を生やしたら、ひれからにょっきり足が生えていることになってしまって、これこそ本当に恐ろしい化け物になってしまいますから」
エルフリーデはひけらかすように計画を説明しました。ヘルガにとっては、下半身を消すのも足を生やすのも、とても難しい魔法で、具体的にどうやるのか、まるで見当もつかないものでした。だから彼女の説明を、興味深く、感心して聞いていました。
ひれを消してしまうのも、足を生やすのも、どちらも魔法の薬を使って行います。ひれを消すのには、塗り薬を使います。塗ったものを溶かして跡形もなく消してしまう薬です。普通は血の通っていない物に使う薬ですが、エルフリーデは生き物にも使えるように、薬の配合を変えました。既にそこらへんの魚を捕まえて実験済みです。人魚姫にも問題なく使えます。ただしかなり痛みを感じるでしょうが。
そして足を生やすのは、体の一部を作り出すということですから、作り出す本人の体の一部が必要です。しかも変身薬のように鱗一枚ではとても足りません。理想は体の肉をそぎ落として使うのが一番なのですが、体の見えるところを傷つけてしまったら、美しい姫の見た目を損なうことになってしまいます。それでは地上に上がっても、王子に嫌われてしまうかもしれません。なので体のどこを使うかは考えている最中です。もちろん、音楽会までには良い案を思いつく自信がありました。
ひれを消す薬も足を生やす薬も、ヘルガの手に負えないものでした。師匠の魔女も、そういう薬を使っているのを見たことがありませんし、作り方を教えてはくれませんでした。
「魔法の薬は薬草の知識と基本的ないくつかの薬の調合方法がわかれば、あとは応用ですわ。薬草の配合を変えたり、全く違う効能の薬草を使ったり。魔法道具も魔法陣も同じでしょう。基本的な法則を頭にいれたら、あとはそれらを組み合わせていく。性能の高い魔法道具だったり、力の強い魔法陣であったりは、複雑にいくつもの効果を重ねているものなのです。
まぁ、そんなことは改めて言うのが馬鹿馬鹿しくなるほど、当たり前のことですけれどね。基礎がしっかり学べているかが大切ですが、それ以上に必要なのは創造力ですわ。こういうことがしたい、そのために薬か道具がほしい、あるいは魔法陣を描きたい、となったら、その目的を果たすために、基礎をどのように組み合わせるかが重要なんですの。その点、あなたみたいなおばあさんはちょっと不利ですわね。だって歳をとると頭が硬くなるものですから」
ラルフは半目になって鼻をヒクヒクさせました。当のヘルガはもっともだと思いました。実際、頭が固くて、シンデレラに何をしてやるのがいいのか思いつかなかったのですから。
「それにしても、ひれを消すのも足を生やすのも、とっても痛そうだわ。かわいそうじゃないかしらね。それに、さっき他の人魚たちは、人魚は上の世界では生きていけないとか、地上へ行ったら不幸になるというようなことを言っていたわ。あなたはあの末の人魚の姫を幸せにしなくてはいけないのに、上の世界へ行かせるの?」
エルフリーデは馬鹿にした笑いを浮かべて言い返しました。
「それは人魚たちの思い込みですわ。人魚たちは地上へ行きたいと思ったことがないし、そもそも行くことができないのだから、地上がいい所だなんて虚しくなるだけのことを言うわけがないのだわ」
「でもどうしたっていけない所に魔法で無理やり行かせるのだから、やっぱりあまり良いことじゃないんじゃないかしら? 王子様に恋したっていうけど、住む場所が違うなら恋が叶わなくても仕方がないんじゃないかしらね。地上の人間だってそうじゃない。たまたま遠くの国の王子様に一目ぼれしたとして、本当に結婚できなくても仕方ないわよね。海の中にも男の人魚はいるんだろうし、痛い思いをさせて上の世界へ連れて行かなくてもねぇ」
「ごちゃごちゃとうるさいですわ。わたくしを邪魔するおつもり? 本来行けないところに行かせるのは良くないって、それこそ凝り固まった考えです。普通なら不可能なことを可能にするのが魔法であり、魔女の力でしょう」
エルフリーデは眉を吊り上げて言いました。流石は代々魔女の家系だけあって、なかなか怖い顔でした。ヘルガはびっくりしてしまいました。
「いいえ、ただ、上の世界へ行かせたら対象が不幸になってしまって、落第してしまうんじゃないかと、心配しただけなのよ」
「余計なお世話ですわ。わたくしが落第なんて万に一つありえませんもの。それに、地上へ行くのは人魚姫が望んでいることですのよ。本人の望みが叶うのが一番の幸福ではなくて? だいたい、現状維持では課題をこなしたことになりませんわよ。
何もできないあなたがかわいそうで、ちょっと話し相手になってあげましたけれど、もういいですわ。お帰りになって」
エルフリーデは杖を一振りしました。するとヘルガとラルフは、周りを包んでいた水ごと砂地から遠くへ飛ばされました。そして激しい渦に吸い込まれて、ぐるぐる回りながら水面へと上がっていき、最後は放り出されるように空中に投げ出され、浜辺へ落とされました。
「まぁ、それにしても人魚っていうのは綺麗だわね。もっと気持ち悪い怪物を想像していたけれど。お城も素敵だったわ。ねぇ、シンデレラの家はあんな具合にしてあげたらいいんじゃないかしら。貝殻や珊瑚の家なんて、海辺に似合っているわよね。なにより魔女が作った、この世の物じゃない、特別な家って感じがしていいんじゃないかしら」
ヘルガはのんきに感想を述べました。そこへエルフリーデが帰ってきました。
「どう? 人魚はあなたの乏しい想像力で思い浮かべたものとはかけ離れていたでしょう」
「ええ、それはもう。あんなに綺麗なものは見たことがないわ。魔女になったら、こういう不思議な存在を、もっとたくさん見ることもできるかもしれないわね。
それにしても、エルフリーデさんは流石ね。幸せにする対象がただの人間じゃないんですもの。若くて才能のある魔女だから、一等難しい課題を割り振られたにちがいないわ」
「あら。そんなことってあるかしら。でもあなたの話を聞く限り、他の方々は地上の普通の人間だというから、まぁ、わたくしだけが特殊な課題ですわね」
「そうよ。そもそもずっと海の中にいなくてはいけないんだから、並大抵のことではないわ。わたしなんて、とてもできないもの」
エルフリーデは褒められていい気になったようです。ただ、ヘルガにはおだてる気は全くなく、本当に感心しているだけなのでした。
「それで、あの娘さんは海の世界ではなくて、地上の世界へ行きたがっているのね」
「その通りですわ。あの姫は地上の王子に恋しているんですわ。それでその人と結ばれたいと思っています。それをわたくしが助けてやるということですの。
簡単なことではありませんわ。あなたも見たでしょう、人魚には足がないのですわ。まずは陸に上がって歩いていけるように、足を生やしてあげなくちゃ。いいえ、正確には、生やすだけではなくて、体のひれから下を消してしまって、そのうえで足を生やすということになるわ。だってそうでしょう。あのまま足を生やしたら、ひれからにょっきり足が生えていることになってしまって、これこそ本当に恐ろしい化け物になってしまいますから」
エルフリーデはひけらかすように計画を説明しました。ヘルガにとっては、下半身を消すのも足を生やすのも、とても難しい魔法で、具体的にどうやるのか、まるで見当もつかないものでした。だから彼女の説明を、興味深く、感心して聞いていました。
ひれを消してしまうのも、足を生やすのも、どちらも魔法の薬を使って行います。ひれを消すのには、塗り薬を使います。塗ったものを溶かして跡形もなく消してしまう薬です。普通は血の通っていない物に使う薬ですが、エルフリーデは生き物にも使えるように、薬の配合を変えました。既にそこらへんの魚を捕まえて実験済みです。人魚姫にも問題なく使えます。ただしかなり痛みを感じるでしょうが。
そして足を生やすのは、体の一部を作り出すということですから、作り出す本人の体の一部が必要です。しかも変身薬のように鱗一枚ではとても足りません。理想は体の肉をそぎ落として使うのが一番なのですが、体の見えるところを傷つけてしまったら、美しい姫の見た目を損なうことになってしまいます。それでは地上に上がっても、王子に嫌われてしまうかもしれません。なので体のどこを使うかは考えている最中です。もちろん、音楽会までには良い案を思いつく自信がありました。
ひれを消す薬も足を生やす薬も、ヘルガの手に負えないものでした。師匠の魔女も、そういう薬を使っているのを見たことがありませんし、作り方を教えてはくれませんでした。
「魔法の薬は薬草の知識と基本的ないくつかの薬の調合方法がわかれば、あとは応用ですわ。薬草の配合を変えたり、全く違う効能の薬草を使ったり。魔法道具も魔法陣も同じでしょう。基本的な法則を頭にいれたら、あとはそれらを組み合わせていく。性能の高い魔法道具だったり、力の強い魔法陣であったりは、複雑にいくつもの効果を重ねているものなのです。
まぁ、そんなことは改めて言うのが馬鹿馬鹿しくなるほど、当たり前のことですけれどね。基礎がしっかり学べているかが大切ですが、それ以上に必要なのは創造力ですわ。こういうことがしたい、そのために薬か道具がほしい、あるいは魔法陣を描きたい、となったら、その目的を果たすために、基礎をどのように組み合わせるかが重要なんですの。その点、あなたみたいなおばあさんはちょっと不利ですわね。だって歳をとると頭が硬くなるものですから」
ラルフは半目になって鼻をヒクヒクさせました。当のヘルガはもっともだと思いました。実際、頭が固くて、シンデレラに何をしてやるのがいいのか思いつかなかったのですから。
「それにしても、ひれを消すのも足を生やすのも、とっても痛そうだわ。かわいそうじゃないかしらね。それに、さっき他の人魚たちは、人魚は上の世界では生きていけないとか、地上へ行ったら不幸になるというようなことを言っていたわ。あなたはあの末の人魚の姫を幸せにしなくてはいけないのに、上の世界へ行かせるの?」
エルフリーデは馬鹿にした笑いを浮かべて言い返しました。
「それは人魚たちの思い込みですわ。人魚たちは地上へ行きたいと思ったことがないし、そもそも行くことができないのだから、地上がいい所だなんて虚しくなるだけのことを言うわけがないのだわ」
「でもどうしたっていけない所に魔法で無理やり行かせるのだから、やっぱりあまり良いことじゃないんじゃないかしら? 王子様に恋したっていうけど、住む場所が違うなら恋が叶わなくても仕方がないんじゃないかしらね。地上の人間だってそうじゃない。たまたま遠くの国の王子様に一目ぼれしたとして、本当に結婚できなくても仕方ないわよね。海の中にも男の人魚はいるんだろうし、痛い思いをさせて上の世界へ連れて行かなくてもねぇ」
「ごちゃごちゃとうるさいですわ。わたくしを邪魔するおつもり? 本来行けないところに行かせるのは良くないって、それこそ凝り固まった考えです。普通なら不可能なことを可能にするのが魔法であり、魔女の力でしょう」
エルフリーデは眉を吊り上げて言いました。流石は代々魔女の家系だけあって、なかなか怖い顔でした。ヘルガはびっくりしてしまいました。
「いいえ、ただ、上の世界へ行かせたら対象が不幸になってしまって、落第してしまうんじゃないかと、心配しただけなのよ」
「余計なお世話ですわ。わたくしが落第なんて万に一つありえませんもの。それに、地上へ行くのは人魚姫が望んでいることですのよ。本人の望みが叶うのが一番の幸福ではなくて? だいたい、現状維持では課題をこなしたことになりませんわよ。
何もできないあなたがかわいそうで、ちょっと話し相手になってあげましたけれど、もういいですわ。お帰りになって」
エルフリーデは杖を一振りしました。するとヘルガとラルフは、周りを包んでいた水ごと砂地から遠くへ飛ばされました。そして激しい渦に吸い込まれて、ぐるぐる回りながら水面へと上がっていき、最後は放り出されるように空中に投げ出され、浜辺へ落とされました。