第六章 魔女たちの争い 第7話

文字数 2,966文字

 マルティン王子はヨハンナと一緒に、伴侶を見つけるべく大きな町へやってきていました。若くて美しい娘はこの町に大勢いましたが、マルティンは町で出会う娘の誰一人として、運命を感じませんでした。

 それもそのはず。マルティンの運命で定められた伴侶はいばら姫なのですから。そんなことは本人が知る由もありませんが、運命というのは覆しがたいものです。

 けれどヨハンナはいばら姫を超える素晴らしい女性であれば、必ず運命を覆すことができると信じていました。

(この町にいる娘はいばら姫に及ばない。美貌も気立ても、それに身分も。やはり王侯貴族の娘の中で探さなくてはいけないかしら。そうであるなら、どこかの国の首都を目指さないと駄目ね。めぼしい王女がいるかどうか、今夜あたり使い魔をあちこちへ放って探らせるしかない)

 ヨハンナはそう考えていました。

 もう日が暮れたので、その日は町を散策するのをやめて、宿に入ることにしました。マルティンは部屋に入って一人になると、ベッドにあおむけになりました。若くて力のありあまった体とはいえ、こんな長旅には流石に疲れを感じます。

 すると、小さな物音がしました。首だけを動かして音のした方を見ると、青い目の黒猫がいました。ヨハンナの飼い猫のエメリヒでした。

「お前はいつのまにか部屋に入ってくるな」

 マルティンが優しい顔つき話しかけると、エメリヒは人懐っこく近づいてきて、ベッドの上へ乗りました。マルティンは寝そべったまま、その顎を撫でてやります。

「なぁ、ヨハンナ殿はいったい何者なのだ? 占い師だと言っていたが、ただの占い師には思えない。悪い魔女と戦ってくれるのは有り難いのだが」

 その他にも、不思議な力を持っているヨハンナと旅をするようになってから、楽になったこともありましたが、あの悪い魔女につけ狙われて、ただ一人で旅をするよりも危険な目に遭うことは増えました。占い師であろうとなかろうと、共にいて良い人なのか、疑いを持つようになったのです。

 そしてあの茨の城です。何度も何度もあそこへ行きました。もちろん悪い魔女の仕業なのです。茨が襲い掛かってきたことだってあります。それでもなぜかマルティンには、あの城がまがまがしい魔女の城とはどうしても思えなかったのです。

「やはりあの城とわたしには、何か深い縁があるのではなかろうか。どうにも気になって仕方がない。

 それにな、この旅がなんだかとても不毛に思えてきたのだ。ヨハンナ殿と会うまでは、こんなに後ろ向きな気持ちになったことなどなかった。もともと、どこで生涯の伴侶と出会えるかわからず、当てのない旅だったというのに、このごろは、どうも後ろ向きになってしまうんだ。やはりあの茨の城が、何かわたしの旅に関係しているのではないか?」

 マルティンは近頃、しょっちゅうこんなことを悶々と考えているのです。ですが、ヨハンナに相談することはできません。彼女は茨の城はあの悪い魔女の根城で危険な場所だと言い続けています。あまりにも頑ななので、茨の城こそ自分にとって重要な場所ではないかなど、とても言えないのです。

 エメリヒはゴロゴロと喉を鳴らしています。マルティンはしばらくエメリヒを撫でてやって、それから寝支度にかかりました。エメリヒは彼が眠ってしまうまで、ただの猫として側にいました。そして部屋を抜け出し、ヨハンナの所へ行きました。

 ヨハンナは宿の屋根の上で、鳥の餌を撒いていました。

「マルティンがお前と、この旅の意味を疑い始めている。早く生涯の伴侶たりえる娘を見つけなければいけない」

「薄々感じてはいた。ちょっとでも見目のいい娘だったら気に入ると思っていたけど、流石にそんなに単純な男ではないのね。大丈夫よ。この餌を食べた鳥はわたしの目となってくれる上に、高貴な血筋の若い娘を探してきてくれるから。明日の夕方には目星が付くと思う。そうしたら移動の魔法でその娘がいる町へ行けばいい」

「ペドラも同じことを考えて、高貴な若い娘のいる町に罠を張ってはいないだろうか」

「それは……ありえるわ。あの女のことだからやりかねない。鳥たちには先に魔法がかかっていないか見てもらうべきかしら……」

 二人が相談していると、月の光がさっと遮られました。見上げると箒に乗った魔女がいました。もしやペドラかと身構えましたが、ゆっくり降りてくるその人は、イルゼでした。

「こんばんわ。試験の進捗状況はどうかしら」

 少々行き詰まっている時に、なんとも呑気な言葉に思えて、ヨハンナは少し苛立ちました。

「……まぁまぁよ。突然現れるなんて、どういうご用件?」

「そんなに怖い顔をなさらないで。とってもいい話を持ってきましたの。あなたにとっても、もちろんわたしにとってもね」

 イルゼは極めて友好的な笑顔で話を続けました。

「わたしの娘である白雪姫は、さる国の王子との縁談が進んでいるのです。というより、もうほぼ婚約したも同然となっています。けれど、わたくしはそれを止めなければいけません。今のまま結婚してしまったら、わたしは落第してしまうので。

 そこで、ほかに独身の王子を探して、姫と縁付けようとしていまして、偶然マルティン王子のことを知ったのです。独身であって、今まさに伴侶を探している最中だと。それならうってつけだと思って調べてみたら、あなたが側についているではありませんか。ということは、王子により良い伴侶を見つけてやるのがあなたの課題ということなのでしょうね。ますます都合が良いと思いました。

 わたしたちで協力して白雪姫とマルティン王子を結び付けましょう。そうすれば互いに試験に合格できます。マルティン王子は、お若いのに心身共に逞しく、心根も健やかで、容姿も優れた素晴らしい殿方です。白雪姫は、親の私が言うのもなんですが、素直で明るく純粋で、美貌もほかの国のどの姫にも引けを取りません。二人はきっとお互いを気に入るはずだわ」

 この話はヨハンナにとって願ってもないことでした。ただ、今は魔女試験の最中です。何か裏がありはしないかと、すぐには承諾できません。するとイルゼはこう付け加えました。

「調べたところ、あなたは館の魔女のペドラさんと何やら争っている様子。とにかくここまでいろいろと妨害を受けたようですね。もしこの話に乗ってくれるなら、わたしもあなたと一緒にペドラさんと戦います。

 それに恥ずかしながら、わたしもエルフリーデさんに目をつけられてしまって。実は今白雪姫を奪われてしまったのです。一人きりであの人と戦うのは骨が折れますから、協力していただけないかしら」

 協力することができれば互いにとって非常によいことでした。ヨハンナも、これがただの美味い話ではないということがわかり、かえって信用できると判断しました。

「わかった。だけどマルティン王子自らが白雪姫を運命の相手だと信じてくれないと、本当の運命には打ち勝てない。お膳立てするのではなく、苦労の果てに出会ったという状況を演出しなければ」

「それは白雪姫も同じです。今の結婚相手をそ袖にできるほどには、運命の相手だと思ってもらわなくてはいけませんから」

 二人はどちらともなく手を差し出して、固く握手を交わしました。そして手始めに何をすべきかを、夜通し話し合いました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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