第六章 魔女たちの争い 第9話

文字数 3,016文字

 それから二日たちました。相変わらず王様は白雪姫を探しに来ません。姫はいつものように、こびとたちがいなくなった家で留守番をしていました。

 すると、また誰かが丸太小屋の扉をたたきました。姫が少しだけ扉を開けて外を見ると、そこには立派な身なりの老婦人がいました。綺麗な櫛の入った籠を下げています。

「おばあさん、こんな森の奥へくるなんて、どうなさったの?」

「わたくしは行商人の妻でして、こうして装飾品を見せて売って歩いているんですよ。こんな所にお家があるので訪ねてみたのです」

 今回はこびとではありませんでしたから、白雪姫はすっかり安心して、老婆の前へ出ました。そして籠の中の綺麗な櫛を見つめました。

「思いがけずあなたのような若く美しい娘さんに会うなんて。ぜひ櫛を買って下さいな。ほら、どれが似合うか試してみましょう」

 姫は大喜びで頭を差し出しました。すると老婦人はいきなり櫛を振りかぶって白雪姫の頭に刺しました。姫は痛みで顔を歪めましたが、すぐに眠ったようにくたりと倒れてしまいました。

 この老婆は、ヨハンナが薬と催眠の魔法を使って操ったのでした。もちろん櫛はイルゼの魔法の道具です。眠らせるだけだといっても、姫の頭に櫛を刺すなんてイルゼは嫌でしたが、前回姫を連れ戻すのに失敗していたので、泣く泣くその方法をとりました。

 操られた老婦人は、白雪姫を背負って、ゆっくりと丸太小屋を後にしました。白雪姫の足の先は地面についていて、ずるずる引きずられています。操られていたとしても、老婦人に姫をすっかり持ちあげてしまう力はないですし、そのうえ走ることなど、もちろんできません。

 イルゼたちはやきもきしながら結界の外側で老婦人がやってくるのを待っていました。ようやく老婦人が結界の外側へたどり着きますと、二人は白雪姫をその背から降ろして、老婦人をもといた場所へ戻しました。そして、姫をガラスの棺に横たえて連れて行こうとしましたが、棺に移す前に、姫は風にあおられた花びらのように空中へ上がっていきました。みると、それには箒に乗ったペドラがいました。

「ヨハンナ、マルティン王子を放っておいてどこへ行ったかと思えば、こんなところでイルゼに協力しているとは。さては白雪姫をマルティン王子に当てがおうという魂胆だね。そうはさせないよ」

 ペドラが杖を一振りすると、白雪姫の姿は消えてしまいました。ヨハンナはすぐに空中へ飛び上がって杖を振るってペドラと魔法合戦を始めました。イルゼも加わります。共にペドラと戦うという約束でしたし、白雪姫を取り戻すためでした。

 ペドラはヨハンナがイルゼと一緒にいるとわかったときから、二人を相手取ることになると考えて、入念に準備をしていました。

 杖の先に黒い雲を出して周囲に広げると、二人は周りが見えなくなって、動きを止めます。その隙に更に高いところへ昇ったペドラは、用意していたスカーフを肩に掛けました。スカーフにはびっしりと複雑な魔法陣が刺繍してあります。

 すると、ペドラの周りに結界が張られ、その外側を土星の輪のように長い棘を持った茨の輪が回ります。そして時折茨の先端がシュルシュルと長く伸びるのです。

 黒い雲が晴れて、ヨハンナは果敢に茨に挑みましたが、炎を出して燃やしても、すぐに新しい茨が生えてきて、きりがありません。イルゼは例のネックレスを外して鎖の蛇を投げつけ、茨の間をすり抜けさせて、ペドラに直接攻撃を与えようとしましたが、茨も蛇のようにうねうねと蠢いて、容易に通してくれません。

 イルゼは蛇だけに任せていられないと、自らも杖を細長い剣に変えて、茨を切り刻みました。しかし切っても切ってもすぐに生えてきて、きりがありませんでした。

「忌々しい! こそこそ人に探りを入れて、あらかじめこんな魔法陣を用意して、悪賢い奴」

 ヨハンナは小さな弓を取り出して、ダイヤモンドの矢じり矢をつがえて放ちながら叫びました。矢は茨に阻まれるか、結界に阻まれるかして、虚しく落ちていきます。それを憐れむように眺めながら、ペドラは横目でヨハンナを見ました。

「あたしは、運命の通りに、マルティン王子といばら姫を結婚させたいだけ。あんたの邪魔をする気はない。むしろあんたを合格へ導いているとも言える。会ったこともない大叔母のために、運命を捻じ曲げて破滅へ向かっているのはあんたの方だよ」

「何を勝手な、わたしを手助けしていると? 大叔母様への仕打ちの償いのつもり? 笑わせないで! お前のせいで一族が受けた屈辱、お前の命をもっても償えるものではない」

 ヨハンナは恨みのこもった目で、ひときわ大きな矢を放ちました。矢は結界に突き刺さり、いつまでもそれを破ろうと前進します。ペドラは顔をゆがめて魔力を込めて矢を止めようとします。

「あたしのやり方は卑怯だったかもしれない。けれど、それが魔女試験だ。他の見習いたちだって、館入りを目指して、イーダを引きずり降ろそうとした。でも敵わなかった。あたしだけがやりおおせた。イーダに見下され馬鹿にされていたあたしだからできたことだよ。

 卑怯と蔑まれようと、勝ったのはわたしだ。いや、それすらも完全ではない。マルティン王子がいばら姫を目覚めさせられなければ、百年前のあたしの館入りは取り消され、即座に落第となる。そんな不完全な勝利しか手にいれられなかった。

 わからないだろう。イーダのように恵まれた魔女には、正攻法を捨てても完全な勝利すら手にいれられないあたしの心は。あんたにだって、当然わかるはずはないよ」

 結界はついに矢をはじきました。方向を変えた矢はヨハンナのもとへ飛んでいきます。

「そんなの、わかるわけがない。でもそんなことは関係ない。お前が自らの遺志で大叔母様の信頼を裏切り陥れたのは事実。自ら進んで卑怯者になり下がった。恵まれていようがいまいが、それはお前が選んだことだ」

 矢はヨハンナの目の前で弾けるように消え去りました。

「お前と同じ境遇でも、道を踏み外さない者はいる。魔女は邪悪で狡猾なものかもしれない。けれど特別なつながりを持った相手を裏切るなんて、魔女であっても見過ごすことのできない悪だ」

「特別なつながり? 信頼? 馬鹿なことを。あたしはイーダにとって、自らの力量をはかり知るために比べて見て、悦に浸るための都合のいい大勢の凡庸な魔女でしかなかった」

「大叔母様は友人だと思っていた。見下していたと非難するが、事実お前と大叔母様では魔力に大きな差が開いていたではないか。大叔母様の魔力が、一族に生まれただけで得られたものだと思うな。天性の才能はもちろんだが、たゆまぬ努力により、大きく成長したんだ。わたしだって、ずいぶん努力したけれど、大叔母様には及ばない。

 お前も正面から挑んで大叔母様に勝てたかもしれない。完全な勝利を手にいれられたかもしれない。その可能性を自ら捨て続け、最後は信頼を裏切り卑怯者となったのは、お前の弱さゆえだ!」

 この言葉はペドラのくすぶった怒りを燃え上がらせました。茨が何本も伸びてヨハンナを襲います。ヨハンナも杖を剣に換えて応戦しましたが、次第に受けきれなくなり、棘が腕や足をかすめ、赤い血が流れます。

 もう少しでヨハンナを箒から落とせるとなったところで、ずん、と下に引っ張られるような強烈な力を感じました。そして結界ごとぐいぐいと地面へ引き寄せられていきました。
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