第三章 気の毒な娘さん 第1話

文字数 2,956文字

 他の魔女見習いたちは皆それぞれ幸せにする対象を見つけ出していましたが、ヘルガはまだでした。魔法の道具を借りに師匠の魔女のところへ戻ったのですから、一足遅れてしまったのです。

 彼女はいま、ゆるく起伏した石畳の道を歩いていました。歩いても歩いても道の広さは同じくらいで、急に狭くなったり、広くなったりすることはありません。石畳の道に沿うように家がずらっと並んでいて、それは木でできていたり、レンガ造りだったり、壁に漆喰が塗られていたりと様々でしたが、どれもまっすぐに立っていて、立派に見えました。

 石畳の道の上には、ヘルガの他にもたくさんの人が歩いています。中には立派な身なりをした人もいましたし、時おり馬車が道の真ん中を通り過ぎていきました。このように立派な町にヘルガのような魔女見習いがいるのはそぐわないようですが、彼女のようなみすぼらしい身なりの人もいないわけではなかったですし、何より人が多いので、誰も彼女を気にすることはなかったのです。

 ヘルガは曲がり角や分かれ道に出るたびに、他の人にぶつからないよう、道の端によって、持っているステッキから手を離して、わざと倒しました。

 このステッキは節くれだった樫の木の枝を使っていて、地面に当たる部分と、丁の字になっている持ち手の所だけが鉄でできていました。

 ヘルガは杖を倒しては、倒れた方向へ向かって歩きました。何を隠そう、このステッキこそ師匠の魔女から借りてきた、人探しの道具なのでした。

「まったく。これじゃあ埒が明かないよ。もっと早くシンデレラを見つけられる方法を考えなよ」

 ラルフがフードの襟首のところから顔を出して言いました。確かにこの人探しの杖は、曲がり角に来るたびに、いちいち倒して進む方向を決めなければいけませんから、とてもじれったいのです。

「仕方がないわよ。お師匠様がこれしか貸してくださらなかったんだから」

 師匠はきちんとした魔女でしたから、もっと便利な道具を持っています。それなのに、よりによって、不便な道具を選んで渡したのでした。

 もちろん、それは師匠の思いやりでした。魔女試験は一人前の魔女になるための試練なのだから、人に頼らず自分の力でやり遂げなければいけないのです。だから師匠はこの杖を渡す時に、手助けするのは今回だけであって、今後は全て自分で考えて行動しなさいと言ったのです。そもそもヘルガにはもうそれくらいの力が備わっていると思ったから、魔女試験に参加させたのです。

「だけど、一昨日からずっと歩いて、やっとこんな大きな町へたどり着いたわ。こんなに人が多いんだから、きっとこの町のどこかにいるはずよ、えっと、その、シ……何とかという娘さんがね」

「シンデレラ! まったく、名前を忘れるようじゃ見つかるものも見つからないだろうに」

「ちょっと妙な名前だから、覚えづらいのよ」

「それに人が多いからって、この町にいるとは限らないよ。そのシンデレラだけど、身なりは良くなかったんだろう。じゃあもっと貧しい農村とかにいるに違いないよ。なんてったって、この町はお城があって王様が住んでいる首都ってやつだからね」

「ええ? そうだったの?」

 ヘルガが驚くと、ラルフは鼻を道の先の方に向けました。この石畳の道の先には、すらっとした屋根の青い白い塔が見えます。それこそお城の塔でした。

 実のところ、ラルフには町に入る前からもうその城が見えていたのです。ヘルガは目が悪くて遠くはぼんやりとしか見えませんでしたし、腰が曲がっていて顔はいっつも地面を向いていたために、ここまでまったく気が付かなかったのでした。

「このままステッキのさす方へ進んだら、町を出てまた遠くまで歩く羽目になったりしてね。

 だからさ、そうなる前に、もっといい道具を作ってみなよ。そりゃあヘルガがあんまり出来が良くないのは俺もよく知っているよ、でもさ、やってみたら意外と良い道具ができるかもしれないだろう」

 しかしヘルガは首を振ります。

「そうは言ったって、良い道具であればあるほど、貴重な薬草をたくさん使って、丁寧に時間をかけなくてはいけないのよ。思い立ってすぐにってわけにはいかないわ。それにここには煮炊きをする場所もないし、魔方陣を張ることもできないわ。それじゃあどんな道具も薬も作れないわよ」

 横着して言っているのではありません。実際に不思議なことを引き起こすのには、色々と準備がいるのです。

 そうこう言っているうちに、ヘルガたちはひときわ立派な家が立ち並ぶ場所へ来ていました。道幅も広く、すれ違う人の身なりは立派なものばかりになり、そして歩いている人はとても少なくなりました。

 わかれ道に来たので、ヘルガはまたステッキを倒しました。するとステッキはヘルガ自身の方へ向いて倒れました。

 つまり、来た道を戻れということです。ヘルガはくるりと後ろを向いて、少し戻ってみました。そしてまたステッキを倒してみると、またもと来た道をました。そこでもう一度後ろを向いて少し歩き、またステッキはを倒します。今度はステッキは真横に頼れました。倒れた先を見ると、そこは立派な家でした。ピンとまっすぐな壁は白い漆喰で塗られていて、蔓草の彫刻が施された木の扉がはまっています。

「もしかして、この家の中にいるのかもしれないわね、あの娘さんが」

 やっと見つけ出すことができたと、ヘルガは大喜びしました。しかし、この立派な家の中へいったいどうやって入ればいいでしょうか。もちろん、呼び鈴をおして、ごめんくださいと言って入って行くわけにはいきません。

「それじゃあ、わたしが何か小さいものに変身する? 変身の薬なんて持っていないし、あんまり長い時間もたないわね、きっと。でも門の前で中に住んでいる人が出てくるのを待っているというのもだめね。見知らぬお婆さんがずっと門の前で見張っているなんて、気味が悪いでしょうしね」

 ヘルガは考えこんでしまいました。

「まったくもう、ここで迷ってどうするんだよ。俺がいるだろう!」

 ラルフは地面に降りて、得意げに玄関のステップに後ろ足だけで立ちました。

「俺がどこかからこの家に入り込んで、住んでいる人を見てくるよ。ヘルガは俺の目を通して一人一人の顔を確認すればいいのさ。今こそ、使い魔の使いどころってもんだろう」

 そうでした。小さくてすばしっこいラルフなら、簡単に中へ入り込めます。ヘルガは喜んで家の横っちょのほうへ行って、壁際に座り込みました。ラルフはちょろちょろ家の周りを探って小さなネズミ穴を見つけました。ヘルガの使い魔になる前は、人間の家の壁に穴をあけて厨房から食べ物をくすねていたので、見つけるのはわけないことでした。

 ラルフは家の中へ入りこみました。薄暗くて、たるや木箱、古びた家具がごちゃごちゃと置いてあります。どうやら物置のようでした。

 ラルフは色々な物の隙間をするすると抜けて反対側の壁に着きました。壁に沿って探すとまた穴がありました。そこから廊下に出ました。この廊下も板張りで薄暗いです。廊下の隅っこを素早く走っていくと、扉にぶち当たりました。この扉には通り抜けられる隙間はありません。ラルフは家の中を走り回って、壁の隙間や穴を伝いながら、何とか別の廊下へ出ました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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