第八章 動き出す運命 第6話

文字数 2,989文字

「魔女の王妃を退治して、我らの白雪姫様を取り戻せ!」

「王妃を火あぶりにしろ!」

 怒りを込めて叫ぶ人々を見て、王様はぎょっとしました。大臣たちは彼らを指さして言いました。

「ご覧ください。これが国民の意志なのです。王妃様は魔法を使って国政に口も手も出してきました。それはひとえにこの国を乗っ取ってしまうためだったのではないですか。そのうえ、姫様を連れ去り、国民を戦火に晒そうとしています。

 王様、もうあの人を妻と思いますな。邪悪な魔女を排除して、平和な我が国を取り戻しましょう」

 王様にも人情があります。イルゼに怒っていても、殺してしまうなど考えてもいませんでした。ですが、大臣や民衆の声に反論することができず、遂にイルゼを捕える命令を下しました。

 イルゼの部屋からも民衆たちの姿が見えましたし、声も聞こえました。

「なんてこと! これまで王妃様のおかげで平和に楽しく生きてこれたというのに、恩知らずにもほどがあります」

 ユッテは彼らの手のひらを返したような態度に憤り、全身の毛を逆立てました。

 イルゼはがっくりとその場に崩れ落ちました。これまで国民のために尽くしてきました。魔法を学んだのも、もっと人々の役に立ちたいからでした。今白雪姫の結婚に反対しているのも、国民を幸せにするためなのです。それなのに邪悪な魔女だと罵られるとは、哀しみや怒り、やりきれない気持ちはいかばかりでしょうか。

 しかし、仕方がないことでもあります。人々はイルゼのように魔法が使えませんので、未来に起きることを知りようがないのです。そういう人々からしたら、やはりイルゼの行動は無茶苦茶でひどいこととしか思えません。

 失意で立ち直れないなか、イルゼの部屋のドアが何度か乱暴に叩かれました。返事をしないでいると、無理やり扉を開けて、兵士たちがどやどやと入ってきました。

 王様も大臣たちと一緒に入ってきました。

「王妃よ、お前が魔法で白雪姫を隠していることはもうわかっている。早く姫を城へ戻せ。さもなくば、お前を牢獄に入れるぞ」

「王妃様を牢獄にですって! 許されることではありません」

 ユッテがイルゼの前に立ちはだかって守ろうとしましたが、王様は首を振ります。

「王妃の身分は剥奪する。姫を誘拐して国を危険にさらした罪は思い。民衆は処刑を求めている。それほどのことなのだ。今のうちに姫を戻すか、姫の居場所を教えたなら、命までは取らない。もし教えないなら、拷問するしかないぞ」

 兵士たちはユッテを押しのけて、無理やりイルゼを連れて行こうとしました。イルゼはというと、抵抗する気力もなく、されるがままになっています。ユッテが助けようとしましたが、兵士たちに押さえつけられてしまいました。

 これで王妃も終りかというその時に、部屋の窓がバリンと割れました。そして窓の外から雷が部屋中に走りました。王様や兵士や大臣たちは、恐ろしい稲妻に悲鳴を上げて、我先にと部屋の外へ逃げだしたり、雷に打たれて気を失ったりしました。

 その混乱の中で、箒に乗って窓から入ってきたのはヨハンナでした。ヨハンナはイルゼを箒の後ろに乗せて、猫になったユッテを連れて、どさくさに紛れて逃げ出しました。

 急いでお城を離れて、イルゼが白雪姫を匿うために準備していた隠れ家へ行きました。

「よくぞ助けてくださいました」

 ユッテはまだ茫然としている主に代わってヨハンナに礼を言いました。

「町の様子がおかしいから調べてみたら、数日前から急に王妃排斥論が強まったみたい。十中八九エルフリーデの妨害。あなたが王宮を追われたら、道具も使えないし薬も作れなくなるから」

「あの見習い、なんて狡賢いの」

「それはそうと、イルゼ、あなたはどうして抵抗しないの。兵士は敵になりえないし、ただの牢獄なんて魔女にとっては扉のない部屋同然なのに、黙ってされるがままなんて」

 イルゼは隠れ家の地面に手をついて座り込み、まだ茫然としていました。

「わたしもあなたも課題をこなして正式な魔女になることを目指している。そしてわたしはあなたと協力している。それなのに、肝心のあなたが、まるで試験を放棄するようなふるまいをしていたら、助けるものも助けられない。それにこんな腑抜けた状態で、わたしの方にどれほど助力できるの。頼りないわ」

 正論で厳しく責められて、イルゼは情けなくなり地面に視線を落としました。

「わたしの課題は国民を幸せにすること。そのためにここまでやってきたのに。なぜ誰もわかってくれないの。姫だって、勢いと反抗心で結婚するなんて、決して幸せになれないのに、どうしてそれがわからないの。これまで王様にも、姫にも、国民にも尽くしてきたのに、どうして責められるの」

 彼女がこんなふうに泣き言をいうのは珍しいことでした。それほどこの一連のできごとに傷ついているのです。たとえエルフリーデのやったことであっても、それにころりと騙されるほど、人々にとってイルゼのこれまでの献身は軽いものだったのでしょうか。

 どうしたってすぐに立ち直れそうにありません。その様子にヨハンナは溜息をつきました。

「とにかく、あなたはもう城へ戻れない。それは、魔法を使えばいくらでも戻れるでしょうけど、そのたびに大騒ぎになって、何も手につかないでしょう。もしかしてエルフリーデはあなたの結界の外側に結界を張ってしまったかもしれないし。流石に短時間でそこまではできないだろうけど。

 城へ戻れなければ、便利な道具は使えないし、薬も調合できない。この隠れ家を拠点にしてやっていくしかない。だから尚更しっかりしてもらわないと。もしこのまま立ち上がらないなら、あなたと手を組むのはやめる。マルティン王子も白雪姫にはあげない。次にここへ来るときには、マシな顔をしていてよ」

 ヨハンナはそれだけ言い残して去っていきました。ユッテは主の肩を抱いて撫でました。

「わたしのやってきたことはなんだったの。これまでの歳月はなんだったというの」

「王妃様、どうかお気持ちを強く持ってください」

 イルゼはなおもしばらく嘆いていました。しかし嘆きは何も生み出しません。イルゼは気持ちが少しおさまると、ユッテに支えられて立ち上がりました。

「よくわかったわ。あの人たちにはわたしの思いは通じない。でも、わたしはやらなければいけない。それが彼らのためなんだもの。

 賞賛や感謝はもういらないわ。これまでだって求めた事なんかない。ただよりよい未来をもたらすためにしてきたことよ。たとえ理解されず、非難され、怒りの矛先を向けられても、それに耐えてやり抜くのよ。姫にも言ったじゃない。たとえ憎まれても、あの子のためになることをすると。それこそが本当の王妃であり、魔女だわ」

 イルゼの目には強い決意が宿り、しかし暗い影が宿っていました。しかしユッテはその決意を讃え、そして励ました。

「まずは、ここをただの隠れ家ではなく、拠点として使い物になるようにしなくてはね。城の中ほどではないけれど、使える道具もいくつか置いてあるし、少し行ったところに薬草が生えている場所があるし、工夫次第で何とか出来るわ。

 ユッテ、先に薬草を取ってきてちょうだい。わたしは道具を出しておくわ」

「お任せください、王妃様」

 いつもの調子を取り戻したイルゼにホッとして、ユッテは薬草を探しに出かけました。
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