第六章 魔女たちの争い 第1話

文字数 3,007文字

 イルゼのお城には、大きな荷車が次々と入って行きました。荷物は全て綺麗な布や豪華な宝石のアクセサリー、立派な調度品です。全ては白雪姫がお嫁に行くときに持っていくための物でした。

 姫がお嫁に行くのではなく、王子がお婿に来てくれるのですが、そこは白雪姫を非常にかわいがっている王様が、お嫁に行くときと同じように計らってやりたいと望んでのことでした。

 白雪姫は部屋でお針子たちを侍らせ、結婚式のドレスを作る算段をしていました。色とりどりの布を次々と体に当ててみて、どの色が一番似合うか試します。そして襟や袖、スカートの形はどうするか、アクセサリーはどれをつけるかなどと、楽しく話しています。

「どの色が一番美しく見えるかしら。どんな形のドレスが一番似合うかしら。こんなにたくさんあると、どれも素敵で決められないわ」

 決められないというより、決めないであれこれ眺めては想像を膨らますことが楽しいといった様子です。召使たちはそういう姫の気持ちをよくわかっているので、ニコニコ笑って付き合います。

「姫様は大変お美しいですから、どんなドレスもよく似合うでしょう。普通の花嫁はこういう時にお母様に見立ててもらうものです。王妃様にお出ましいただいては?」

 城の中のことを知らない布商人の言葉を聞いて、白雪姫は急に不機嫌になりました。召使たちもしんと静まり返ってしまいました。

「お母様の話なんてやめて。娘の幸せを祝わない人にドレスを選んでもらったら、せっかくの結婚式が台無しになるわ」

 王様がイルゼを白雪姫に会わせないように厳しく命令していましたので、お城の人たちは二人がぎくしゃくしていることをわかっていました。それが今日、お城の外から人が来たことで、町人々にも知れ渡ってしまいました。イルゼはこれまで、頭が良くて優しい素晴らしい王妃と尊敬されていましたので、同じく慕われている白雪姫の結婚を望んでいないというのは、驚きをもって受け止められました。

 王様がいくら命令したとしても、魔女見習いのイルゼは、やろうと思えば白雪姫の所へ行くことができました。それでもそうしなかったのは、これ以上王様や白雪姫に嫌われたくないからでした。イルゼは部屋の中でずっと、白雪姫を結婚させない方法を考えていました。

「王妃様、結婚式の準備が進められています。たもたしていると、手遅れになってしまいます。ここはあのヘルガという魔女見習いの言ったとおり、ひとまず姫様をどこかへ隠してしまうのがいいのではないでしょうか」

 使い魔のユッテは侍女の姿でそう提案しました。イルゼにもそれくらいしか手立てがありませんでした。

 しかし、イルゼは白雪姫に近づけません。なんの準備もなしに目の届く範囲にいない人間をどこかへ連れて行ってしまうなんてことはいくらイルゼでもできません。

「誰かを利用すればいいのです。王妃様が自ら動かずとも、姫様をどこかへ連れて行くくらいなら、普通の人間にもできることです」

 ユッテの助言を受けて、イルゼはついに決心し、手紙を書いて森番へ届けるよう言いつけました。

 翌日の午後、お嫁へ行く準備で忙しい白雪姫に、森番が面会を求めました。この森番は昔から城の側の森にいて、王様の狩りのお供を務めていた者なので、白雪姫も目通りを許しました。

「お姫様がご結婚なさると聞き、コートにする毛皮を献上したく参上しました。小屋には、キツネとか、テンとか、シカとか、カワウソとかの毛皮がたくさんございます。多すぎて持ってこられなかったのです。お姫様がご自身でお選びいただけたらと思うのですが」

 式を挙げる頃にはだいぶ寒くなっているはずです。ドレスの上にコートを着る必要があります。白雪姫は大喜びで、数人の召使いを連れて毛皮を見に森へ出かけました。
 
 一行が森番を先頭に、白雪姫、召使たちと並んで歩いていると、一番後ろの召使が悲鳴を上げました。振り返るとオオカミの群れが現れていたのです。みんながびっくりしているうちに、オオカミたちはまわり囲んで恐ろしい唸り声をあげながらとびかかってきました。

 みんな悲鳴を上げてあちこちへ逃げていきました。白雪姫は恐ろしくて森番の後ろへ隠れました。森番は頼もしく銃を構えてオオカミを脅かして、姫を連れて逃げました。幸いオオカミたちは追いかけてきませんでした。

「ああ、怖かった! 大勢で歩いていたのに襲ってくるなんて。あのオオカミを毛皮にして、コートにしてやりたいわ」

 白雪姫はそんなことを言ってあたりを見回しました。だいぶ森の奥の方まで来てしまったようです。

「ねぇ、早くあなたの小屋へ行きましょう。きっと召使たちも集まっているわ」

 しかし森番は返事をしません。もう一度その背中に話しかけると、森番は何やらぶつぶつと呟いているようです。何を言っているのか聞こえませんから、白雪姫が一歩近づきますと、急に森番が振り返って、銃の先を白雪姫に向けました。


 イルゼは部屋で立ったり座ったり落ち着かずにいました。森番はうまく白雪姫を隠れ場所まで連れて行ってくれるでしょうか。

 そんなかな、頭の中でユッテの声がしました。

「王妃様、こちらは首尾よくいきました。召使たちは幻のオオカミに驚いてみんな一目散に逃げていきましたから、これで姫様が道に迷って行方不明になったという見せかけは完璧です」

 白雪姫たちを襲ったオオカミは幻で、イルゼの魔法によるものでした。ユッテから思い通りに進んでいるとと知らされても、イルゼはどうにも心配で、テーブルの上の水晶玉を覗き込み、白雪姫の様子を見ました。

 すると、水晶玉の中に驚くべき光景が浮かび上がりました。なんと、あの忠良な森番が、白雪姫に銃を向けているではありませんか。

「どういうこと? なぜ姫を殺そうとしているの!」

 イルゼは大慌てで箒に飛び乗り、窓から森へ向かって飛んでいきました。

 同じころ、白雪姫も困惑と驚きと恐怖で震えながら、森番に同じことを訊ねていました。

「姫様、わたしだって姫様を殺したくない。しかし、これは王妃様の命令なのです。逆らえません」

 森番は青い顔で答えました。銃を構える手は震えていました。

 彼は王妃と姫の仲が悪くなっていると聞き、心を痛めるほど、仕える王家の人々を尊敬し、愛していました。そのために、二人の不仲を重く受け止めすぎて、昨日ユッテがイルゼの手紙を持って頼みごとをしに来たときに、王妃様はついに姫様を排除してしまおうとしている、排除とはつまりこの世から消してしまうことなのだと、手紙に書いてある以上のことを想像して、姫を殺せという命令が下されたと思い込んでしまっていたのです。

 彼は一晩とても悩みました。それでも心が決まらず、姫をどこかへ隠してしまうだけにしようと思っていました。しかしオオカミの幻があまりにも恐ろしかったので、さては王妃様は本当に姫を殺そうとしているのだと考え、とうとう意を決して銃を突き付けているのです。

「ひどいわ! わたしもお父様のあなたには良くしてやっていたのに」

 姫は逃げ出そうとしました。森番は最後まで迷っていましたが、目をつぶって震える指に力をこめようとしました。しかし、その瞬間、鈍い音がして森番は糸が切れた人形のように倒れてしまいました。

 白雪姫が振り返ると、森番は頭から血を流して倒れていました。そのそばに、小さなつるはしが落ちていました。
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