第一章 魔女の館 第5話

文字数 2,736文字

 まず最初はイルゼでした。彼女は楽しそうに微笑みながら、誰にともなくこう言いました。

「運が良かったわ。わたしの対象はよく知っている人たちだったのよ。どこに住んでいるかも、もちろん知っているわ。まずは城へ戻らなくてはね」

 そして杖を取り出すと、帽子を軽く三回たたきました。するとイルゼの姿はパッと消え去ってしまいました。どうやらあの帽子は、一瞬で家へ帰れる、あるいはどこへでも行ける魔法の道具だったようです。

 次はヨハンナです。彼女はマントの裏側から古い羊皮紙の巻物を取り出しました。開くとそこには世界地図が描かれています。続いて、小さな赤い豆を取り出しました。そして豆の表面に針で対象の名前を書き、地図の上に落とします。すると豆は地図の上でひとりでに転がり、ある場所でピタリと止まりました。

「彼がいるのはこのあたり。ここへ行ってから、更に詳しく捜索しましょう」

 地図をしまうと、今度はガラスの小瓶を取り出します。杖で地図から豆が止まった地域の名前を浮かび上がらせ、瓶の中へ詰めます。そしてヨハンナが口に手を添えると、するっと彼女の体は瓶の中へ消えました。

 ヘルガは瓶に近づいてみてましたが、瓶の中には相変わらず地名の文字が躍っているだけでした。しばらく見つめていると便はキラキラ輝いて消えてしまいました。

「その程度の魔法道具に驚いているようでは、落第まっしぐらですわよ」

 エルフリーデは冷ややかな視線をよこしました。

「そういうあんたは何をもたもたしてるんだい? まさか対象がどこにいるかも見当がつかないとか? 名門一族なのに」

 マヌエラが意地悪くつっかかります。ですがエルフリーデは鼻で笑って何やら小瓶を取り出して中身を飲みました。

「対象がどこにいるのか、わたくしもうわかっておりますわ。あのヨハンナみたいに、道具を使わなくたってね」

「まぁ、それはイルゼ王妃様のように、元々知っている人だということではなくて?」

「もちろん。わたくしにかかれば、袋の中の物を取り出すのと同じくらい容易いことですわ。ただ、ちょっと準備が必要ですの。特別なところにいる人なので」

 ヘルガの問いに得意満面で答えたエルフリーデは、更に袋から取り出した丸薬をいくつか飲み込み、香水を全身に吹きかけました。そして左手のブレスレットの飾りのうち、金の輪を取りました。輪は右手に移るや否や人一人くぐれるくらい大きくなりました。

「それではお二人ともごきげんよう。せいぜい落第しないように頑張ってくださいな」

 嫌味な挨拶を残して、エルフリーデは縄跳びをするみたいにくるんと輪をまたぎました。すると姿は消えて、すぐに金の輪も消えてしまいました。

 部屋に残ったの二人だけになりました。

「さて、それじゃあ、あたいもそろそろ行ってみるかね。といっても、探すところから始めなきゃいけないが」

 マヌエラは肩を回して、たくし上げられたスカートのたるみから黄色い毛糸玉を取り出しました。少し節くれだった杖を取り出し、三回たたくと、毛糸玉は手のひらの上で勝手にほどけて、扉の方へ伸びていきます。

「マヌエラさんもすごいわ。これは対象の所まで道しるべになってくれる毛糸なのね」

「うん、まぁ、そういうものに違いないけど、流石にぴたりとってわけにはいかないんだよ。大体こっちって方角を示してくれてるのさ。外に出ればめいっぱい伸ばせるけど、伸ばしきっても大した距離はないから、長さが尽きたらまた魔法をかけなきゃいけならないんだ」

 それでもとてもいい道具に違いはありません。ヘルガは目を輝かせて感心していましたが、マヌエラは呆れたような溜息をついて、おいておいた箒にまたがり、猫を肩に乗せて浮かび上がりました。

「あたいはもう行くよ。ばあさんも早く何とかしなきゃいけないよ。なにしろ一ヶ月しか猶予はないんだから。まさか探すのに一ヶ月かかるなんてことはないだろうけどね」

 そのまま箒で扉を潜り抜けて行ってしまいました。ヘルガはたった一人部屋に残されました。

「おい、どうするんだよ。対象を探しに行かないと」

 服の中に隠れているラルフが甲高い声で急かします。ヘルガははっとして、どうやってシンデレラを探すか考えました。しかしすぐにいい方法を思いつきません。それに他の人たちと違って、手持ちの魔法道具もろくにありません。

 とにかく館の外に出なければ。ヘルガは歩いて館から出ることにしました。気が付けば、もう空が白み始めていました。もうすぐ夜明けです。魔女の館は暗闇の中で見るよりも、恐ろしさがなくなり、目新しく面白い屋敷に見えました。柵までの間にある植物も、毒々しい色味のものばかりでしたが、却って賑やかで楽しげに見えました。

 柵を出てしまうと、ラルフはようやく服の中から出てきました。

「ねぇ、わたしが幸せにする娘さんの名前はシンデレラよ。わたしが忘れてしまうかもしれないから、覚えておいてね。ずっと隠れていたけれど、額縁の中をちらっとでも見れたかしら」

「いいや。猫がうじゃうじゃいたから、おっかなくって首を出すのだって無理だったよ。でも名前は覚えたよ。シンデレラ、ね。それで、どうやってシンデレラを探すんだい」

 ヘルガはうーんと唸って立ち尽くしていました。そして、良いことを思いついたと、顔を上げました。

「お師匠様は人探しのための杖をもっていたわよね。あれを貸してもらいましょう」

「ええ? お師匠様に頼るのかよ。それじゃあ試験の意味ないじゃんか。ヘルガが自分の力で探し出さなきゃいけなんじゃないの?」

「だって、みんなみたいに良い道具をもっていないし、今から作れるわけではないし、そうする以外にやりようがないもの。自分の力でっていうなら、箒に乗ってあちこちしらみつぶしに探すしかないけど、そんなことしていたら一ヶ月どころか、一年かかるかもしれないでしょう」

 ラルフはいっぱしの人間のように溜息をつきました。その後発せられるお小言が想像できて、ヘルガは先に言いました。

「どういう形であれ、課題を達成できればそれで合格なのよ。

 だいたい、わたしは試験なんて嫌だったのよ。あのエルフリーデというお嬢さんの言う通り、このまま見習いとしてお師匠様の所で暮らして、いつか天に召されればそれで満足だったの。でもお師匠様が許してくれないから、仕方なく参加しているのよ。実力だって足りないのはさっきの部屋で見た通りでしょう。それで落第した食べられちゃうっていうんだもの、たまったものじゃないわ。

 とにかく、余計なことはせず、目立たず、欲をかかずに、できることだけをして、合格を目指すの。わたしにはそれが精一杯だわ」

 ヘルガは箒にまたがって師匠のもとへ帰っていきました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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