第十三章 新たなる魔女たち 第1話

文字数 2,895文字

 試験残り4日は、驚くほど早く過ぎてしまいました。試験の結果発表は、さらにその五日後です。その日には魔女の館へ来るようにと、ケルスティンから連絡がありました。

「誰が合格で誰が落第かはもうわかってるのに、どうしてあと五日も勿体つけるんだ?」

 ラルフがシンデレラから貰ったチーズをかじりながら言いました。

「館の魔女になる者を決めるために時間が必要なの。試験の結果だけはなく、課程でどのような魔法を使ったか、どれだけ巧みな策略を巡らせたか、そういうことを吟味する。選ばれた者は全ての魔女の頂点に立つ存在なのだから、慎重に見極める必要がある」

 ヨハンナはマントの裏に隠している魔法道具や薬を取り出して、点検しながら言いました。

 ヘルガは小屋の中で古びた鍋の中に薬草をつけこみ、シンデレラの父親から持った真珠を四粒入れました。これは、シンデレラの義姉たちの義眼です。師匠のところへ戻って、色々やり方を教わり、ヨハンナにも手伝ってもらって、ようやく作る準備が整いました。成功すれば、本当の人間の目のように、綺麗で、何を見るのにもまったく不自由しない目が出来上がるはずです。

 エルフリーデの魔法で傷つき、変形してしまった二人の足のほうも、ヘルガが痛み止めを作ってやって、定期的に飲ませていました。目の方が上手くいったら、今度は足を元に戻す魔法を練習して、かけてあげようと思っています。

「そんなものより、シンデレラの結婚式のドレスを作ってやったらいいんじゃないの」

「それはお父様が準備してくださるそうだから。魔女の力を借りなくてもいいなら、それに越したことはないのよ」

 王子様と結婚するわけですから、準備に時間がかかります。シンデレラの結婚式は、魔女試験の結発表の後になります。義姉たちの目も足も、それまでには綺麗に治っていればいいですが、ヘルガの腕前で果たしてどこまでできるかわかりません。

 秋の始まりとともに行われた魔女試験ですが、一ヶ月経って、季節は冬に近づいていました。冷え込む日が増えたので、ヘルガはイルゼの黒い毛皮のマントがとてもありがたかったです。

 白雪姫と仲直りしたイルゼは感謝のしるしとしてこのマントをヘルガにくれたのです。なので前に身に着けていた黒いフードは脱いで、今はこれを愛用しています。といっても、夏は暑いと思いますので、前着ていたマントは捨てたりしませんでした。

 白雪姫が一生懸命説明したので、イルゼが姫の命を狙っていたことなどは誤解であったと、人々は信じてくれました。王様も、優秀な王妃を羨ましく思ってすこし邪険にしてやろうという思いがあったことを反省し、もう一度二人で国を治めて行こうと誓い合いました。

 イルゼを王妃として、また白雪姫の母として遇することについて、ドルン国は当初、あまりいい顔をしませんでした。結婚披露宴で鉄の靴を履かせるという刑罰を見せつけられたので、イルゼの罪が全て誤解によるものだったなどと、納得できなかったのです。

 ですが、マルティンは一人、白雪姫の考えに強く賛成を唱えました。彼はヨハンナに助けてもらい旅をしたことに感謝しており、最後は白雪姫という素敵な女性と出会えたのに、疑いを抱いてしまったことを悔やんでいました。だから魔女であるイルゼの罪も、甚だしい思い違いの結果であると納得できましたし、今からでも過ちを償いたいという白雪姫の思いもよくわりました。

 マルティンが一生懸命に説得したので、ドルン国の人々もついにイルゼを王妃に戻すことを認めました。こうして、イルゼはすっかり元通りの生活に戻ったのです。

「でもなぁ、いくら事情があったにせよ、一度は殺されそうになったんだ。白雪姫はよく母親を許せるよなぁ。俺だったら、一生恨み続けるけどね。もしかして、今は嫁ぎ先で苦労して気弱になってるだけで、あとになったらやっぱり許せないってなっちゃうんじゃないか」

「どうかしらね。そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。白雪姫がイルゼ王妃様を許したことは、ひょっとしたら間違いかもしれないけれど、とにかく今は、彼女は許したいと思ったのよ。それならその決断を受け入れるしかないわよね。

 だいたい、殺されかけた張本人が許すと言っているのに、わたしみたいな、たまたま成り行きを見ていただけのおばあさんが口出しすることじゃないわ」

「まぁ、そうだよなぁ」

 こうやって、穏やかに日にちが過ぎてゆき、いよいよ結果発表に陽がやってきました。ヘルガはラルフを連れて箒で飛んでいきました。エメリヒを抱いたヨハンナも一緒です。

「それにしても、一体誰が館の魔女に選ばれるのかしらね」

「イルゼだと思う。あの人の魔法の道具や魔法はとても高度だった。おまけに白雪姫の事で苦難も多かった。評価されるに違いない」

「そうねぇ。あの人が選ばれるなら、納得だわ。

 でも、ヨハンナさんも頑張っていたわよね。見習いの身で、ペドラさんみたいな一人前の魔女を相手に、マルティン王子に伴侶を見つけてあげて、きちんと幸せにしてあげたんですからね」

 イルゼはここ数日ヨハンナと一緒にいて、彼女もまた、一族のしがらみに囚われて、ただの合格では満足できないのであろうことを察していました。だから元気づけるためにそういったのです。

 ですが、その気づかいは却ってヨハンナの気持ちを暗く沈めてしまったようです。彼女は口をきつく引き結んで、まっすぐ前を見据えて、ただ飛んでいきました。

 途中で、右手の方から、同じく空を飛ぶ人影がやってきました。

「よう、ばあさん。五日ぶりかな」

 マヌエラでした。彼女はシンデレラがガラスの靴を履き、お城へ行ったのを見届けた後、お菓子の家をもう一度作り直していました。また森に捨てられた子供たちがいたら、とりあえず預かって、おいしいお菓子を食べさせてやろうと考えたようです。

 館への道すがら、マヌエラはヘンデルとグレーテルのその後について話してくれました。こっそりヴェラをやって様子を見たところ、父親は継母を追い出して、二人を森に置き去りにしたことを深く反省し、家族三人で力を合わせて暮らしているようです。ヘンデルもグレーテルも、今を生きるのが精いっぱいだからか、お菓子の家のことはすっかり忘れ去ってしまったようです。

「まぁ、お父さんも心を入れ替えたのね。それなら二人の子どもたちは、幸せね」

「さぁ、どうかな。男ってのは信用できない生き物だからね。また飢饉でも起きたら、すぐ心変わりして、二人を捨てちまうんじゃないか」

「そうなったら、またマヌエラさんが助けてあげればいいじゃないの。今度は無理やり魔女にしようとしたり、魔女の一族に婿入りさせようとかしちゃだめよ」

「そんなことわかってるよ。まぁ、あの二人はもうあたいの所へ来ることはないだろうけどね」

 三人は箒を並べて澄んだ青空の中を飛んでいきます。雲を避けて右に左に、先頭を交代しながら、遠くから見ていると、空の散歩を楽しんでいるようでした。

 やがて、館の五本の塔が見えてきました。三人は速度を緩めて、館の入り口にぴったりと降り立ちました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み