第五章 心の支え 第8話

文字数 2,976文字

 エルフリーデはケルスティンの気配が完全に消えると、例の貝殻を取り出し、杖をくるくる回して何やら呪文を唱えました。

 すると、貝殻に何か映し出されます。エルフリーデはイソギンチャクのソファに腰掛けて優雅にそれを鑑賞し始めました。

 ヨハンナとマルティンは木々の深く生い茂った山道を歩いていました。先を行くマルティンが、ツタや枝を剣で切り落としながら進んでいきます。この森を抜ければ、大きな町に出ます。そこでマルティンに相応しい娘を探そうと思っていたのです。

「もうすぐ森を抜けるはず。町に入ったら宿で休めますから、頑張って」

 ヨハンナはマルティンを励まします。そうしてマルティンが倒れた木を乗り越えたところで、開けた場所に出ました。

「よし、森を抜けた……」

 とマルティンの声は途中で消えました。なぜかと言えば、目の前にまた茨の城が現れたからです。

 これというのもペドラの仕業でした。彼女の地図の魔法はとても厄介です。ヨハンナは魔法のかかった場所に足を踏み入れないよう、見つからないよう悪路を行くしかありませんし、魔法のもととなる魔法陣を壊すしか対抗する術がないので、魔法のかかった場所へ来てしまったら、瞬間的にどこか遠い場所へ移動するしかないのです。

「また茨の城か。魔女の仕業とわかっていても、こうも茨城へばかりたどり着くとは、いっそ縁があるのではないか?」

 マルティンは剣を構えて周囲を警戒しつつそんなことを言います。

「縁などありはしません。あったとしたら悪縁です」

 ヨハンナはすぐさま地図と例の小瓶を出して、どこか遠い所へ移動しようとしました。しかし、ペドラの使い魔が小瓶を奪って行きました。すぐにヨハンナの使い魔エメリヒが追いかけていきます。

「ヨハンナ、王子を潔く王子をこちらへ渡しなさい」

 ペドラが箒に乗って現れ、何本もの太い茨がマルティンに向かって伸びてきました。ヨハンナは杖を振って全ての茨に雷を落としました。そしてマルティンに杖を向け、森の中の木の枝の上に移動させます。続けて木に魔法をかけると、枝が集まってきて、マルティンの体をすっぽり包み込んで守りました。茨が伸びてきても、木の枝が打ち払います。

「姑息な手を使って! マルティンが茨の城の眠り姫と一緒になることは運命で決まっているのだ。お前は王子をわざわざ眠り姫から引き離して、自ら落第しようとしているようなものよ。大人しく城へ入れたら、マルティンは幸せになり、お前も魔女試験に合格する。下らない意地は捨てなさい」

 ヨハンナはカッと目を見開いて、ペドラに大きな火の玉をお見舞いしました。

「下らない意地? 一族を没落させたお前を倒すことこそがわたしの宿願。それを成し遂げる日を夢見て、今日まで生きてきた。それをお前がけなすなんて、性根の腐ったろくでなしめ!」

 すんでのところで火の玉を避けたペドラは煙にむせながら空中へのがれました。ヨハンナも箒にまたがってやってきます。

「一族の中でも強い魔力を持って生まれた大叔母様、お前の卑怯な罠にかかっていなければ、今頃は生きて館で高い地位につく偉大な魔女になっていたはず。ペドラ、お前こそ100年前の報いを受けるがいい!」

 ヨハンナは一度も大叔母イーダに会ったことはありませんでしたが、母親や祖母、その他一族の人間から、とても有望な魔女見習いだったのだと聞かされていました。

 そんなイーダも今のヨハンナと同じように魔女試験を受けました。ちょうど100年とちょっと前のことです。

 その時の課題は、ある国に生まれた王女に祝福の魔法をかけることでした。魔女試験に参加する見習いは十三人いました。そのなかにペドラもいました。

 祝福の魔法というのは、魔法をかけたい人に向かって、幸せになれるように呪文を賭けることでした。こういうと簡単なことのように感じますが、対象に触れずに、魔法道具もなく、魔法陣も描かず、言葉だけで遠い将来に幸せになれるような魔法をかけるのは、とても難しいことでした。

 見習いたちはそれぞれ魔法の言葉を練りました。まず美しい言葉で文言を考え、その言葉に魔力がしっかりと籠るよう、声の出し方や抑揚のつけかたを工夫します。そして本番でしっかりと魔法がかけられるように練習しておくのです。

 館に入るだろうと思われていたのはイーダでした。その時の魔女試験も、互いに足を引っ張り合って蹴落とすのは大いに結構となっていましたから、他の見習いはイーダの邪魔をしようとしました。けれど誰もイーダには敵わず、返り討ちにされるだけでした。

 しかし、そんなイーダも最後の最後で足をすくわれました。

 王女の誕生を祝福する宴の会場が試験の場となります。お城の使用人が、その宴でお祝いの呪文をくれる魔女に出すための特別なお皿を一つ割ってしまったのです。

 王女の未来を幸せにしてくれる魔女は大切なお客様です。そのお皿を割ってしまったとなれば、怒った王様にひどいお仕置きを受けることになるはずと、使用人は震え上がりました。

 そこへ、ある人がやってきて、こう囁きました。

「魔女は招待状がなければお祝いの宴には来られません。招待状を一枚この偽物とすり替えて、一人来られないようにすればいいのです。そうすればお皿の数が足りないことが知られませんよ。

 お城に住んでいるあなたなら、招待状を取り換えるくらいわけないでしょう。わたしの言う通りにしてください」

この魔女こそペドラだったのです。じつはお皿が割れるように仕向けたのも彼女でした。そうしてイーダのもとには、偽物の招待状が届きました。

 当日、魔女見習いたちは続々とお城へ入ってきました。ところがイーダだけ現れませんでした。一体どうしたのだろうと、みんな不思議がっていました。宴が始まっても、イーダは現れませんでした。

 ペドラの偽物の招待状には、わざと遅い時間が書いてあったのです。それを信じてお城に到着したイーダは、もう宴が始まっていると知って急いで中へ入ろうとしました。ところが、招待状が偽物であるがために、門を通ることができません。

 このまま王女に祝福の魔法をかけられなければ、落第者となって『大いなる魔女』に食べれられてしまいます。

 イーダは必至に城へ入ろうとしました。彼女は強い魔力を持っていましたから、試験を見届ける魔女が施した結界でも、時間をかければ破ることができました。なんとかお城へ入ることができましたが、宴は終わりに近づいていて、十一人の魔女たちは、既に幸せにする呪文を唱えた後でした。

 それでもまだ宴は終わっていません。今からでも呪文を唱えれば落第は免れるでしょう。ところが、試験を見届ける魔女は冷酷でした。時間を守らなかったこと、途中でやってきて宴をぶち壊しにしたことをもって、イーダを落第としたのです。イーダはこうなった理由を説明して、呪文を述べさせてほしいと頼みましたが、偽物の招待状をつかまされたことも、見抜けなかったのが悪いのだと、まったく聞き入れてくれませんでした。

 イーダは失意のどん底に突き落とされました。そして怒りを爆発させ、まず見届け人の魔女を攻撃して気絶させてしまいました。それから王女を豪華な乳母車ごと奪って、呪いを唱えたのです。

「王女は15歳になったとき、糸車の

に突かれて死ぬ!」
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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