第四章 何が幸せか 第6話

文字数 3,007文字

 朝、鶏が鳴く前に、シンデレラは暖炉の灰のなかで目覚めました。昔使っていた部屋は、継母の連れ子の姉に取られてしまったので、彼女のベッドはこの灰でした。

 まだ薄暗いなかで、手探りで勝手口へ行きました。勿体ないので朝は蝋燭を使ってはいけないと言われています。もちろん、もう慣れっこで、転ぶこともなく勝手口を出られましたが。

 それから水桶を一つ持って、町の中心にある井戸へ行きました。水汲みがシンデレラの朝いちばんの仕事です。必ず朝起きてすぐ、しかも町の中心の大きな井戸から水を汲んでくることと、継母に言いつけられているのです。

 しかも水桶は必ず一つずつしか持ってはいけないのです。水をためておく大きなタルは台所に三つあります。全てを満杯にしなくてはいけませんから、シンデレラは空がうっすら明るくなるまで、何度もお屋敷と井戸を往復しました。

 それから急いで買い物に行って、朝ご飯を作ります。朝食べるものは新鮮なものでないといけないからと、これも継母から言いつけられていることでした。早起きな市場の店で、野菜や肉、卵、パンを買って急いで家に帰ります。お鍋にお湯を沸かしてスープを作ります。野菜と肉を切って、煮込んでいる間に、水差しとたらいにぬるま湯を入れて、タオルを持って二階の部屋へ上がります。

 これは継母たちが顔を洗うための水です。まずは一人目の義姉の部屋をノックします。義姉はまだベッドの上でごろごろしていました。彼女を起こすのもシンデレラの仕事です。

「もう! そんなに強く揺すらないでよ。力加減ってものを知らないの」

 義姉はシンデレラの腕を振り払って起き上がり、水で顔を洗いました。シンデレラはすぐに戻って、もう一人の義姉にも同じように水を持っていきます。

「冷たい! 暖かい水を持って来いと言っているじゃない」

 もう一人の義姉はたらいの水をシンデレラにかけました。シンデレラは濡れてしまったのも構わずに、謝ってすぐに水を取り替えようとしました。

「もういいわよ、さっさと行って。どんくさくてかなわないわ、まったく」

 と言って、義姉は水差しの水をたらいに移して顔を洗いました。

 同じように継母の所へもぬるま湯を持っていきます。今度は少しだけお湯を多くしてあたたかくしました。

「熱すぎるじゃない。火傷させるつもりなの!」

 継母はたらいの水をシンデレラにかけて、やり直しさせました。

 父親の部屋にも水を持っていきます。父親はもうすでに起きていました。商売で成功してお金持ちになった人なので、だらだらしたところがないのです。

「お父様、今日は何時に出かけますの?」

「朝食を食べたらすぐに出るよ」

「では靴を磨いておきますね。着替えも準備しておきます」

「いや、それはいい。忙しいだろうから」

 実の親子だというのに、なんとなく気づまりです。父親はシンデレラが濡れていることに気が付いているようでしたが、気遣う言葉はついぞ出てきませんでした。

 シンデレラはすぐに台所に戻って、スープをもう一度かき混ぜ、卵を焼いて、パンを切って、それぞれお皿に盛りつけて糧食の部屋に運びました。冷めた朝食を出してはいけないので、こうやって食べる直前に仕上げをするのです。

 朝食を食べる部屋に入ると、家族はもう集まっていました。継母たちは持ってくるのが遅いとか文句を言っていました。食卓にはシンデレラの席もありました。これだけが彼女がこの家の娘である証でもありました。ただし、彼女の使うスープ皿は他の人たちよりも一回り小さくて、目玉焼きもなく、パンも切れはしの一番小さいところです。

「お父様、次はいつ隣町まで行きますの?」

 義姉の一人が訊ねました。

「四日後の予定だが、どうしてだい?」

「いつものお店で絹のハンカチを買ってきてほしいのです。ピンクで縁にレースが付いているの」

「わたしは絹の靴下がいいわ。バラの編地のやつ」

 二人は高価な品物をおねだりしました。それくらいなものなら、この父親は娘に買ってやれるのです。

「わかった。買ってきてやろう。あー、シンデレラはどうだ? 何か欲しいものはないか」

 シンデレラがスープを飲む手を止めて顔を上げると、すかさず継母が口を挟みました。

「この子はいつもお姉様たちのおさがりをもらっているからいいのです。それに家のことを手伝っているご褒美に、わたしもよく贈り物をしていますから、余計にもらう必要はないのよ」

 それは嘘でした。ですがシンデレラは反論せずに俯きました。父親はちらちらとシンデレラを見ましたが、継母ににらまれて、ついにシンデレラの欲しいものを訊ねませんでした。

 シンデレラは食事を済ませると、立ち上がって食器を下げて、また戻ってきて他の人たちが食べ終わるまで、立って待っていました。食器を片付けなければいけませんから、誰よりも先に食べ終わらなくてはいけません。もっとも量が少ないので、誰よりも先にお皿が空になるのです。

 厨房で皿洗いを済ませたら、家中掃除します。父親が家にいないときは、真っ先に継母たちの部屋を掃除しなければいけませんが、今日は母親がドレスを整理している最中でした。

「今取り込み中だって見たらわかるだろう。まったく邪魔だよ、後にしな!」

 それで義姉の部屋を掃除していますと、隣の部屋のもう一人から、早く掃除に来いと怒鳴られました。大急ぎで義姉たちの部屋を綺麗にしてから、ほかの部屋を掃除して回ります。やっと会談を終わらせて、さて一階に取り掛かるかというところで、継母が大声で呼びました。

「いつになったら掃除に来るんだい」

「ごめんなさい。でも、お洋服の整理が終わっていないと思って」

「口答えしないで。やれと言われたらやればいいの。それから、これは洗濯しておいて。今日中にね」

 洗濯ものを山の用に押し付けられました。

 シンデレラは掃除を終わらせると、急いで洗濯しました。するとすぐにお昼になって、また食事を作ります。その後は継母たちの爪を磨いてやったり、肩を揉んでやったり、新聞や本を音読したり、三人の気が済むまで付き合わされます。そのあとは表の落ち葉を掃きます。家の前を綺麗にして顔を上げると、もう空がオレンジ色に染まっていました。

 今から夕食の準備までの間が、ほんの少しだけ自由にしていられます。家を出て墓地へ向かいました。

 彼女の生みの母親が葬られているのは、家からさほど遠くない教会の墓地でした。天使の彫刻が施された立派な墓石で、他の墓との間は広くとってあります。

 シンデレラは墓の前に膝まづきました。ここへ来ると、母親が優しく微笑んで見守ってくれているようで心が安らぎます。

「お母様、落ち葉の多い季節だからいつもよりも来るのが遅くなってしまったわ。でも冬になったら雪かきをしなければいけないから、毎日来られないかもしれない。そしたらわたし、今度こそもう耐えられなくなるかもしれない」

 シンデレラは涙を流していました。こんな弱音はここでしか言えません。

 それにこうして思いを語り掛けると、不思議と母親が答えてくれるように思えるのです。

「今日も頑張ったのね。偉いわ。可愛い子、お母様の言いつけを守って、新しい家族と仲良くしようと努力しているのね。だいじょうぶよ。あなたの真心はいつかきっとあの人たちに伝わりますからね」

 病気で弱った母親が、最後に優しい声で言い聞かせた言葉がよみがえります。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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