第八章 動き出す運命 第1話
文字数 2,945文字
継母はシンデレラの腕を乱暴につかんで、無理やり屋敷の中へ連れ戻しました。そしてぺちゃくちゃしゃべくりながら、着飾って化粧をして、馬車に乗り込んで去っていきました。空が薄暗くなる中、シンデレラは言いつけられた通りに、継母たちの別のドレスにアイロンをかけて、皺にならないよう衣文かけにかけてそれぞれの部屋につっておきました。
つるされたドレスを見つめていると、涙が溢れてきました。拭っても拭っても止まりません。シンデレラは亡きながら勝手口を飛び出して墓場まで走りました。
ヘルガは一度に七羽もの鳥を使役してすっかり疲れてしまい、二羽のハトをハシバミの木まで戻すと藁のベッドに横になって休んでいました。どうして豆を拾っていたのかもよくわかっていませんでしたし、シンデレラのことも気がかりでしたが、疲れというのはそれを超えてしまうものです。
シンデレラが来たとラルフにたたき起こされて、慌ててハトと意識を繋げました。
ハシバミの木の下にうずくまったシンデレラは、声を殺して泣いています。ヘルガは一羽のハトを近づけました。
「まぁ、そんなに悲しまないで。あんなひどい意地悪をするなんて、あの継母も義姉たちもひどいわね。辛かったわね。でもここにいれば安心よ、お母様が守ってくれていますからね」
優しい言葉をかけるとシンデレラは声を放って大粒の涙をながし、こう訴えました。
「わたしがいけなかったのよ。欲を出してしまったから。ドレスを着るだけで満足していればよかったのに、舞踏会へ行ってみたいなんて、不相応な望みを持ったばっかりに」
シンデレラが言うには、今日から三日間お城で盛大な舞踏会が開かれるのだそうです。継母と義姉たちは、それはそれは楽しみにしていました。
(お城の舞踏会ですって。きっと白く輝く広間に優雅な音楽に満ちて、色とりどりの衣装を着た人たちがクルクル踊るのね。それは、とっても素敵な光景に違いないわ)
いつも遠くに眺めている立派なお城を思い浮かべ、シンデレラの空想ははかどりました。そして、いつしか空想の中に、自分自身が入り込んでいました。ほかの人たちと同じように、美しく着飾って踊りの罠の中に入っています。
(一度でいいから、そんな素晴らしいところへ行って、夢のようなひと時を過ごしてみたいわ)
望みはどんどん膨れ上がっていきました。そしてついに昨日、我慢できなくなって継母に言ったのです。舞踏会に連れて行ってほしいと。義姉たちを押しのけて楽しむ気はありませんし、もちろん継母に娘らしく扱ってもらえなくてもいいのです。ただ後ろにそっとついていって、広間の隅で眺めているだけでいいのです。
すると、継母は皿一杯の豆を庭にぶちまけて、二時間以内に拾ったら、舞踏家に連れて行ってやると言いました。だからシンデレラはハトに手伝ってもらって、豆を拾ったのです。二回目に一時間以内にと言われた時も、約束通り拾い集めました。ところが、継母はあっさり約束を破って、シンデレラに留守番をさせたのでした。
「わたしなんかが舞踏会へ行けっこないって、そんなのわかりきっていたことよ。それに舞踏会で着飾って踊って夜中まで遊ぶなんて、そんな贅沢なこと、望んではいけないんだわ。お母様もお怒りになったのよ。だからこんなに胸が痛いんだわ。
毎日ここへきて、綺麗なドレスを着せてもらっているあいだに、欲張りになってしまっていたの。だってあんなに素敵な服を着ていると、わたしはただの若い娘じゃない、何でもできるし、どこへだって行ける、望む通りにすることができるって、なぜだかそんな気持ちになるんですもの」
シンデレラは灰で薄汚れたスカートとエプロンを撫でました。灰まみれのみすぼらしい衣服は、彼女をやせっぽちの可哀そうな召使にしてしまいます。ヘルガの作ったドレスは、少なくとも召使より自由で自らのために人生を歩む娘にしてくれるのです。
ヘルガはなんと言って慰めたらよいかわかりませんでした。母親の教え通り、常に謙虚でいて贅沢を遠ざけることは、彼女の好ましいところでもありましたが、純粋な興味や憧れから生まれた願いを悪いものとして、そんな願いを持った自分自身を責める姿をみていると、とてもいたたまれません。
「泣き止まないね。あの継母、はなから連れて行ってやる気がないのに期待させるなんて性悪だな。そうだ、今日作ったドレスを出してやりなよ。少しでも楽しい気分になれるかもしれないだろう」
ドレスで慰めてあげようというのがラルフの考えでした。ヘルガは一度魔法陣の前に立ちました。しかし杖を持ち上げたはいいものの、なかなか振りません。そして、一度魔法陣から離れました。そしてハトを通して言いました。
「シンデレラさん、涙を止めてちょうだい。今からお城の舞踏会へ連れて行ってあげるわ」
シンデレラは大きな目を見開いてハトを見つめました。ラルフもピンと後ろ足で立ち上がって、まじまじとヘルガの顔を見ました。
「それ、ほんとに言ってる? お城はここから離れてるんだよ、ドレスを着せたままにできるの? だいたいお城まではどうやって行くのさ。ヘルガはこれまで自分以外の人間を移動させたことなんてないだろう」
ラルフの言う通りです。ヘルガも無理かもしれないと思っていました。
「だけどね、これじゃあシンデレラさんの悲しい気持ちはなくならないわ。ドレスを着てみたいというのが最初の望みだったけれど、今度は舞踏会へ行ってみたいっていう望みができたのよ。わたしはシンデレラさんを幸せにしなくちゃいけないんだから、それも叶えてあげるべきなのよ」
「だからって、どうするつもりなのさ。失敗したらあの継母以上にシンデレラをがっかりさせることになるよ」
「わかっているわよ。でも、やらなくてはいけないわ。わたしだってね、この試験の間に、ちょっとくらいは魔力も強くなったはずだもの。今まではできなかったけど、できるかもしれないわ」
ヘルガはいつものように、シンデレラを魔法陣の上に立たせました。そして魔力を送ってドレスを着せました。
銀色に輝くドレスは暗い墓場の中ででキラキラ光っていました。いつもよりもさらに素敵なドレスにシンデレラの顔は明るくなりました。
「今から王宮の前まで送ってあげるわ。ちょっと待っててね」
ヘルガは杖を取り出して、目を閉じてハトの目から見えるシンデレラの姿に意識を集中させました。
「お城はここから東の方角だよ」
ラルフが教えてくれたので、もう一匹のハトの目を通して、お城を探します。夜会が開かれているために、灯りがついていたので、すぐに場所はわかりました。
ヘルガの頭の中には、お城の門の前の広場と、ハシバミの木の下に佇むシンデレラ、二つの景色が浮かんでいます。ヘルガは歯を食いしばって魔力を高め、小さな気合の声とともにシンデレラをお城の前へ移動させました。
ラルフがちょろちょろと出て行ってみると、シンデレラの姿は墓場から消えていました。
「やった! 移動の魔法初めて成功だ! すごいぜヘルガ」
ラルフが小躍りしていましたが、ヘルガはまだ目をつむったままでした。というのも、もう一匹のハトの目から見ている広場にシンデレラの姿がなかったからです。
つるされたドレスを見つめていると、涙が溢れてきました。拭っても拭っても止まりません。シンデレラは亡きながら勝手口を飛び出して墓場まで走りました。
ヘルガは一度に七羽もの鳥を使役してすっかり疲れてしまい、二羽のハトをハシバミの木まで戻すと藁のベッドに横になって休んでいました。どうして豆を拾っていたのかもよくわかっていませんでしたし、シンデレラのことも気がかりでしたが、疲れというのはそれを超えてしまうものです。
シンデレラが来たとラルフにたたき起こされて、慌ててハトと意識を繋げました。
ハシバミの木の下にうずくまったシンデレラは、声を殺して泣いています。ヘルガは一羽のハトを近づけました。
「まぁ、そんなに悲しまないで。あんなひどい意地悪をするなんて、あの継母も義姉たちもひどいわね。辛かったわね。でもここにいれば安心よ、お母様が守ってくれていますからね」
優しい言葉をかけるとシンデレラは声を放って大粒の涙をながし、こう訴えました。
「わたしがいけなかったのよ。欲を出してしまったから。ドレスを着るだけで満足していればよかったのに、舞踏会へ行ってみたいなんて、不相応な望みを持ったばっかりに」
シンデレラが言うには、今日から三日間お城で盛大な舞踏会が開かれるのだそうです。継母と義姉たちは、それはそれは楽しみにしていました。
(お城の舞踏会ですって。きっと白く輝く広間に優雅な音楽に満ちて、色とりどりの衣装を着た人たちがクルクル踊るのね。それは、とっても素敵な光景に違いないわ)
いつも遠くに眺めている立派なお城を思い浮かべ、シンデレラの空想ははかどりました。そして、いつしか空想の中に、自分自身が入り込んでいました。ほかの人たちと同じように、美しく着飾って踊りの罠の中に入っています。
(一度でいいから、そんな素晴らしいところへ行って、夢のようなひと時を過ごしてみたいわ)
望みはどんどん膨れ上がっていきました。そしてついに昨日、我慢できなくなって継母に言ったのです。舞踏会に連れて行ってほしいと。義姉たちを押しのけて楽しむ気はありませんし、もちろん継母に娘らしく扱ってもらえなくてもいいのです。ただ後ろにそっとついていって、広間の隅で眺めているだけでいいのです。
すると、継母は皿一杯の豆を庭にぶちまけて、二時間以内に拾ったら、舞踏家に連れて行ってやると言いました。だからシンデレラはハトに手伝ってもらって、豆を拾ったのです。二回目に一時間以内にと言われた時も、約束通り拾い集めました。ところが、継母はあっさり約束を破って、シンデレラに留守番をさせたのでした。
「わたしなんかが舞踏会へ行けっこないって、そんなのわかりきっていたことよ。それに舞踏会で着飾って踊って夜中まで遊ぶなんて、そんな贅沢なこと、望んではいけないんだわ。お母様もお怒りになったのよ。だからこんなに胸が痛いんだわ。
毎日ここへきて、綺麗なドレスを着せてもらっているあいだに、欲張りになってしまっていたの。だってあんなに素敵な服を着ていると、わたしはただの若い娘じゃない、何でもできるし、どこへだって行ける、望む通りにすることができるって、なぜだかそんな気持ちになるんですもの」
シンデレラは灰で薄汚れたスカートとエプロンを撫でました。灰まみれのみすぼらしい衣服は、彼女をやせっぽちの可哀そうな召使にしてしまいます。ヘルガの作ったドレスは、少なくとも召使より自由で自らのために人生を歩む娘にしてくれるのです。
ヘルガはなんと言って慰めたらよいかわかりませんでした。母親の教え通り、常に謙虚でいて贅沢を遠ざけることは、彼女の好ましいところでもありましたが、純粋な興味や憧れから生まれた願いを悪いものとして、そんな願いを持った自分自身を責める姿をみていると、とてもいたたまれません。
「泣き止まないね。あの継母、はなから連れて行ってやる気がないのに期待させるなんて性悪だな。そうだ、今日作ったドレスを出してやりなよ。少しでも楽しい気分になれるかもしれないだろう」
ドレスで慰めてあげようというのがラルフの考えでした。ヘルガは一度魔法陣の前に立ちました。しかし杖を持ち上げたはいいものの、なかなか振りません。そして、一度魔法陣から離れました。そしてハトを通して言いました。
「シンデレラさん、涙を止めてちょうだい。今からお城の舞踏会へ連れて行ってあげるわ」
シンデレラは大きな目を見開いてハトを見つめました。ラルフもピンと後ろ足で立ち上がって、まじまじとヘルガの顔を見ました。
「それ、ほんとに言ってる? お城はここから離れてるんだよ、ドレスを着せたままにできるの? だいたいお城まではどうやって行くのさ。ヘルガはこれまで自分以外の人間を移動させたことなんてないだろう」
ラルフの言う通りです。ヘルガも無理かもしれないと思っていました。
「だけどね、これじゃあシンデレラさんの悲しい気持ちはなくならないわ。ドレスを着てみたいというのが最初の望みだったけれど、今度は舞踏会へ行ってみたいっていう望みができたのよ。わたしはシンデレラさんを幸せにしなくちゃいけないんだから、それも叶えてあげるべきなのよ」
「だからって、どうするつもりなのさ。失敗したらあの継母以上にシンデレラをがっかりさせることになるよ」
「わかっているわよ。でも、やらなくてはいけないわ。わたしだってね、この試験の間に、ちょっとくらいは魔力も強くなったはずだもの。今まではできなかったけど、できるかもしれないわ」
ヘルガはいつものように、シンデレラを魔法陣の上に立たせました。そして魔力を送ってドレスを着せました。
銀色に輝くドレスは暗い墓場の中ででキラキラ光っていました。いつもよりもさらに素敵なドレスにシンデレラの顔は明るくなりました。
「今から王宮の前まで送ってあげるわ。ちょっと待っててね」
ヘルガは杖を取り出して、目を閉じてハトの目から見えるシンデレラの姿に意識を集中させました。
「お城はここから東の方角だよ」
ラルフが教えてくれたので、もう一匹のハトの目を通して、お城を探します。夜会が開かれているために、灯りがついていたので、すぐに場所はわかりました。
ヘルガの頭の中には、お城の門の前の広場と、ハシバミの木の下に佇むシンデレラ、二つの景色が浮かんでいます。ヘルガは歯を食いしばって魔力を高め、小さな気合の声とともにシンデレラをお城の前へ移動させました。
ラルフがちょろちょろと出て行ってみると、シンデレラの姿は墓場から消えていました。
「やった! 移動の魔法初めて成功だ! すごいぜヘルガ」
ラルフが小躍りしていましたが、ヘルガはまだ目をつむったままでした。というのも、もう一匹のハトの目から見ている広場にシンデレラの姿がなかったからです。