第六章 魔女たちの争い 第8話
文字数 3,031文字
窓から差し込む爽やかな朝日と小鳥のさえずりに白雪姫は目を覚ましました。ベッドの上でうーんと伸びをして、すぐに体を起こし、寝巻きからドレスに着替えます。
最初はお城の部屋と違って居心地がよくないと思っていましたが、この丸太小屋にもすっかり慣れました。全てが少し小さいのですが、姫も特別背が高いということはないので、なんてことはありません。
朝食はこびとたちがどこからともなく持ってきたパンとスープと果物です。彼らは食べ物に一切口をつけません。まるで人形のようです。しかし人形であったら動いて喋るはずはありませんから、森にすむ不思議な生き物なのだろうと、姫は思っていました。
「お姫様、おはようございます。それではわたしたちはまた働きに出かけますよ」
こびとたちは毎日一回整列して出かけます。鉱山で宝石を掘るそうです。白雪姫は彼らの取ってきた宝石を一度も見たことがありませんが、ツルハシや袋を担いでいますし、本当なのだと信じ切っていました。
今日も彼らを見送ると、姫は小屋の中で掃除をしたり、針仕事をしたりして時間を潰しました。お姫様なので、これまでそういう仕事はしたことがありませんでしたが、なにせ一日中暇なので、自然とやるようになったのです。
「それにしても、お父様はいつわたしを探しに来てくれるかしら。待ちくたびれちゃうわ」
小さな家なので、掃除などすぐに終わってしまいます。繕い物も、そう毎日衣服が破けるわけでもありません。姫は早く小人たちが帰ってこないかと、壁にかかった鳩時計を眺めていました。
すると、コンコンと、扉をたたく音がしました。扉を開けると、そこには小さな老婆が立っていました。手には綺麗なリボンが沢山入った籠をさげています。
(もしかして、おばあさんのこびとなのかしら)
そうであるなら、悪いものであるはずがありません。姫はニコニコ笑って挨拶をしました。すると老婆は籠の中のリボンを見せて言いました。
「わたしはリボン売りです。お嬢さん、お好きなリボンをおひとついかが? この色なんて、よくお似合いだと思いますよ」
老婆は真っ赤なリボンを差し出しました。こういう綺麗なものを見るのは久しぶりだったので、姫は目を輝かせました。老婆がためにしに着けてみればよいというので、しゃがんで頭を差し出します。
すると、リボンはシュルシュルと音を立てて伸び、あっという間に白雪姫を縛ってしまいました。老婆はリボンの端を手に持って白雪姫を引きずり、滑るように丸太小屋を離れます。
この老婆はヨハンナの作った人形でした。
「まずは白雪姫をエルフリーデの手から奪還しなくては。そうでなくてはマルティン王子に会わせられない。小屋の周りの結界は、イルゼを通さないようになっている。恐らくは他の魔女にも警戒して、魔力の高い者も通さないはず。だったら、こちらも人形を使う」
といって、エルフリーデが用意したのと同じような人形をヨハンナも用意したのです。赤い魔法のリボンはイルゼの魔法道具です。
姫を連れ去られてからというもの、イルゼは結界の外から丸太小屋を観察していました。そしてこびとたちは一日一回、どこかへ出かけることに気が付きました。どこへ行くかは検討が付きました。彼らはエルフリーデが作った魔法の人形なので、魔力が切れると動かなくなります。そのため一日一回はエルフリーデが魔力を伝えてよこす場所へ行って魔力を蓄えるのです。ならば、その隙に姫を連れ出そうとなったのでした。
人形の老婆は遂に結界の外へ白雪姫を連れ出しました。姫は縛り上げられて引きずられてきたので、とうに気絶していました。
「ちょっと、あんな乱暴な運びかたってないわ。持ち上げるとかできなかったの?」
姫がかわいそうで、イルゼは抗議しましたが、ヨハンナはまったく気にせずに冷静でいました。
「人形へ込める魔力が強すぎると、結界に阻まれる可能性がある。最低限の魔力で操っているから、姫を持ち上げるのは無理。
それより早く姫をあなたの隠れ場所へ連れて行かないと」
もっと文句を言いたかったのですが飲み込んで、イルゼは急いで出て行って、ぐるぐる巻きになった姫の隣に、小さな箱を置いて杖を一振りしました。
箱は立派なガラスの棺になりました。棺の中は絹のクッションが敷かれ、薄いピンクや黄色、水色の小さな花が飾ってあります。この花は魔女が使う眠り薬の材料で、花粉だけでも、吸い込むとぐっすり眠ってしまいます。
白雪姫を取り戻したとして、イルゼの言うことを聞かないでしょうから、かわいそうですがしばらく眠っていてもらおうと考えたのです。棺なんて縁起が悪いとも思いましたが、ずっと仰向けの姿勢でいられて、花の花粉を充満させるため蓋が必要となると、自然と棺桶の形になってしまったのです。
今はもたもたしていてはいけません。イルゼは魔法のリボンを解いてしまうと、白雪姫を浮かび上がらせて、棺に横たえようとしました。しかし、そこへ七人のこびとが現れました。
「お姫様を返せ!」
こびとたちはいっせいにイルゼに襲い掛かりました。一度に七人も相手にするのは、イルゼでも難しく、姫を奪われてしまいました。
ヨハンナが飛び出してきて、雷を落としてイルゼにかかっているこびとを打ち払いました。そこはヨハンナに任せ、イルゼは姫を連れていった小人を追いかけました。
ここに残った小人は四人です。ツルハシやトンカチを振りかぶってヨハンナに襲い掛かります。ヨハンナは老婆の人形にも魔力を込めて、一緒に戦いましたが、エルフリーデが時間をかけて準備した人形と、急いで作った人形では、まったく勝負にならず、すぐに壊されてしまいました。
一方のイルゼは箒を飛ばして追いかけますが、気絶した姫を担いでいる二人の足はとても速く、追いつけそうにありません。おまけに残りの一人が背負った袋の中から石を投げつけてきます。これは魔法の石で何かに当たると粉々になって、その一かけら一かけらが、また強い力で周囲に飛び散り当たると痛い目を見るという、いわば石の爆弾でした。イルゼはもちろん避けましたが、避けても地面に当たった石の破片が、足や手にチクチク刺さるようで、箒を操るのがおろそかになります。あと一歩、というところで、こびとたちは結界の中へ入ってしまいました。イルゼは急に止まることができず、結界にぶつかって箒から落ち、全身をしたたかに打ちました。
ヨハンナと闘っていたこびとたちは、仲間が白雪姫をとりもどしたとわかると、風のように小屋へ戻って行ってしまいました。流石はエルフリーデの作った人形だけあって、かなり手ごわかったです。
一回目の作戦は失敗に終わりました。二人は一度お城へ帰って、もう一度作戦を練りました。
一方、エルフリーデはこびとたちとの魔力の繋がりを通して、異変があったことを知りました。そして小人たち以外の人形が、結界の中へ入れないようにしてしまいました。
白雪姫は丸太小屋のベッドで目を覚ましました。恐ろしい老婆のこびとに捕まったことだけは覚えています。
「またわたしを救ってくれたのね。ありがとうこびとさんたち」
白雪姫は胸に手を当てて礼を言いました。
「お姫様は王妃に狙われています。今後どんな手を使ってくるかわかりませんから、私たちが留守の時は、くれぐれも気を付けてください」
姫は今度こびとの老婆がきても、絶対に扉を開けないと胸に刻みつけました。
最初はお城の部屋と違って居心地がよくないと思っていましたが、この丸太小屋にもすっかり慣れました。全てが少し小さいのですが、姫も特別背が高いということはないので、なんてことはありません。
朝食はこびとたちがどこからともなく持ってきたパンとスープと果物です。彼らは食べ物に一切口をつけません。まるで人形のようです。しかし人形であったら動いて喋るはずはありませんから、森にすむ不思議な生き物なのだろうと、姫は思っていました。
「お姫様、おはようございます。それではわたしたちはまた働きに出かけますよ」
こびとたちは毎日一回整列して出かけます。鉱山で宝石を掘るそうです。白雪姫は彼らの取ってきた宝石を一度も見たことがありませんが、ツルハシや袋を担いでいますし、本当なのだと信じ切っていました。
今日も彼らを見送ると、姫は小屋の中で掃除をしたり、針仕事をしたりして時間を潰しました。お姫様なので、これまでそういう仕事はしたことがありませんでしたが、なにせ一日中暇なので、自然とやるようになったのです。
「それにしても、お父様はいつわたしを探しに来てくれるかしら。待ちくたびれちゃうわ」
小さな家なので、掃除などすぐに終わってしまいます。繕い物も、そう毎日衣服が破けるわけでもありません。姫は早く小人たちが帰ってこないかと、壁にかかった鳩時計を眺めていました。
すると、コンコンと、扉をたたく音がしました。扉を開けると、そこには小さな老婆が立っていました。手には綺麗なリボンが沢山入った籠をさげています。
(もしかして、おばあさんのこびとなのかしら)
そうであるなら、悪いものであるはずがありません。姫はニコニコ笑って挨拶をしました。すると老婆は籠の中のリボンを見せて言いました。
「わたしはリボン売りです。お嬢さん、お好きなリボンをおひとついかが? この色なんて、よくお似合いだと思いますよ」
老婆は真っ赤なリボンを差し出しました。こういう綺麗なものを見るのは久しぶりだったので、姫は目を輝かせました。老婆がためにしに着けてみればよいというので、しゃがんで頭を差し出します。
すると、リボンはシュルシュルと音を立てて伸び、あっという間に白雪姫を縛ってしまいました。老婆はリボンの端を手に持って白雪姫を引きずり、滑るように丸太小屋を離れます。
この老婆はヨハンナの作った人形でした。
「まずは白雪姫をエルフリーデの手から奪還しなくては。そうでなくてはマルティン王子に会わせられない。小屋の周りの結界は、イルゼを通さないようになっている。恐らくは他の魔女にも警戒して、魔力の高い者も通さないはず。だったら、こちらも人形を使う」
といって、エルフリーデが用意したのと同じような人形をヨハンナも用意したのです。赤い魔法のリボンはイルゼの魔法道具です。
姫を連れ去られてからというもの、イルゼは結界の外から丸太小屋を観察していました。そしてこびとたちは一日一回、どこかへ出かけることに気が付きました。どこへ行くかは検討が付きました。彼らはエルフリーデが作った魔法の人形なので、魔力が切れると動かなくなります。そのため一日一回はエルフリーデが魔力を伝えてよこす場所へ行って魔力を蓄えるのです。ならば、その隙に姫を連れ出そうとなったのでした。
人形の老婆は遂に結界の外へ白雪姫を連れ出しました。姫は縛り上げられて引きずられてきたので、とうに気絶していました。
「ちょっと、あんな乱暴な運びかたってないわ。持ち上げるとかできなかったの?」
姫がかわいそうで、イルゼは抗議しましたが、ヨハンナはまったく気にせずに冷静でいました。
「人形へ込める魔力が強すぎると、結界に阻まれる可能性がある。最低限の魔力で操っているから、姫を持ち上げるのは無理。
それより早く姫をあなたの隠れ場所へ連れて行かないと」
もっと文句を言いたかったのですが飲み込んで、イルゼは急いで出て行って、ぐるぐる巻きになった姫の隣に、小さな箱を置いて杖を一振りしました。
箱は立派なガラスの棺になりました。棺の中は絹のクッションが敷かれ、薄いピンクや黄色、水色の小さな花が飾ってあります。この花は魔女が使う眠り薬の材料で、花粉だけでも、吸い込むとぐっすり眠ってしまいます。
白雪姫を取り戻したとして、イルゼの言うことを聞かないでしょうから、かわいそうですがしばらく眠っていてもらおうと考えたのです。棺なんて縁起が悪いとも思いましたが、ずっと仰向けの姿勢でいられて、花の花粉を充満させるため蓋が必要となると、自然と棺桶の形になってしまったのです。
今はもたもたしていてはいけません。イルゼは魔法のリボンを解いてしまうと、白雪姫を浮かび上がらせて、棺に横たえようとしました。しかし、そこへ七人のこびとが現れました。
「お姫様を返せ!」
こびとたちはいっせいにイルゼに襲い掛かりました。一度に七人も相手にするのは、イルゼでも難しく、姫を奪われてしまいました。
ヨハンナが飛び出してきて、雷を落としてイルゼにかかっているこびとを打ち払いました。そこはヨハンナに任せ、イルゼは姫を連れていった小人を追いかけました。
ここに残った小人は四人です。ツルハシやトンカチを振りかぶってヨハンナに襲い掛かります。ヨハンナは老婆の人形にも魔力を込めて、一緒に戦いましたが、エルフリーデが時間をかけて準備した人形と、急いで作った人形では、まったく勝負にならず、すぐに壊されてしまいました。
一方のイルゼは箒を飛ばして追いかけますが、気絶した姫を担いでいる二人の足はとても速く、追いつけそうにありません。おまけに残りの一人が背負った袋の中から石を投げつけてきます。これは魔法の石で何かに当たると粉々になって、その一かけら一かけらが、また強い力で周囲に飛び散り当たると痛い目を見るという、いわば石の爆弾でした。イルゼはもちろん避けましたが、避けても地面に当たった石の破片が、足や手にチクチク刺さるようで、箒を操るのがおろそかになります。あと一歩、というところで、こびとたちは結界の中へ入ってしまいました。イルゼは急に止まることができず、結界にぶつかって箒から落ち、全身をしたたかに打ちました。
ヨハンナと闘っていたこびとたちは、仲間が白雪姫をとりもどしたとわかると、風のように小屋へ戻って行ってしまいました。流石はエルフリーデの作った人形だけあって、かなり手ごわかったです。
一回目の作戦は失敗に終わりました。二人は一度お城へ帰って、もう一度作戦を練りました。
一方、エルフリーデはこびとたちとの魔力の繋がりを通して、異変があったことを知りました。そして小人たち以外の人形が、結界の中へ入れないようにしてしまいました。
白雪姫は丸太小屋のベッドで目を覚ましました。恐ろしい老婆のこびとに捕まったことだけは覚えています。
「またわたしを救ってくれたのね。ありがとうこびとさんたち」
白雪姫は胸に手を当てて礼を言いました。
「お姫様は王妃に狙われています。今後どんな手を使ってくるかわかりませんから、私たちが留守の時は、くれぐれも気を付けてください」
姫は今度こびとの老婆がきても、絶対に扉を開けないと胸に刻みつけました。