第一章 魔女の館 第2話

文字数 3,005文字

 小高い丘の上に、もう少し大きければ城と呼んでもいいような、立派な屋敷があります。五階建てで、窓やバルコニーの形や飾りは全てばらばらで、背丈の違う五本の塔が不均衡に伸びています。建物の周りには柵がめぐらされていますが、こっちは鉄格子、あっちは木、こっちはレンガというように、これもまたてんでばらばらでした。

 五つの塔の間をコウモリやカラスが飛び交い、柵の上や窓べには猫の目が光っています。それだけでも恐ろしげなのに、壁にかかったランタンや窓から漏れる灯りが、そういったものたちの影を大きく映して、怪物が集っているかのように見せるのでした。

 植物も恐ろしくなったのでしょうか、まるで建物を避けるように木が生えていません。きっと昼間に見たら、そこだけぽっかり穴があいたように見えるでしょう。

 ヘルガはふらふらしながら、木の生えていない地面に降り立ちました。ゆっくりと箒をまたいでから、初めて訪れた魔女の館を眺めます。真夜中のことですし、年寄りでも目も悪いので、全てをはっきりとみることはできませんでしたが、何もかもがちぐはぐでいびつな様は、恐ろしくもありましたが、少し面白くもありました。

 ラルフも館は初めてです。ヘルガの袖口を滑りおりると、後ろ足ですっくと立って館を眺めました。一通り眺めると、今度は足を伝って黒い服の中へ隠れました。

 ヘルガは柵に近づいて入り口を探しました。すぐにレンガの柵に埋め込まれた木の扉を見つけました。両開きの扉に閂はさされておらず、ヘルガが押すと直ぐに開きました。もちろん、ここは魔女の館ですから、来るべからざる者が扉を押しても、開くことはありません。

 魔法の薬の材料でしょうか、柵から建物の入口へ続くうねった道の左右には、うっそうと植物が生い茂っています。ヘルガもいくつかの植物なら、見て何の効能があるかわかりますが、今は暗くてそんなこともわかりません。

 鉄の立派な扉にたどり着くと、扉はヘルガを招き入れるようにひとりでに開きました。

 館の中は外から見たよりも広いようでした。玄関ホールは大理石での床で、赤いじゅうたんが敷き詰められ、まるでお城のようでした。正面には大きな階段があります。けれども壁は色違いのレンガで組まれていたり、木造であったりと、やはり外と同じように、全ておんなじには作られていないようでした。

 柱にはランタンが下がっているか燭台が取り付けられており、館の中をほの明るく照らしています。頭上には色とりどりの宝石を使ったシャンデリが吊られ、宝石の間にコウモリやクモがぶら下がっていました。

 ヘルガがえっちらおっちら進んで、階段を上がろうとすると、手すりからぬるりと緑色の蛇が現れました。

「魔女試験の参加者だな。案内するからついて来い」

 蛇は赤下をシュルシュル出して喋ると、ずるりずるりと階段を上がっていきます。ヘルガはその後についていきました。

 やがて小窓が付いた扉の前へたどり着きました。ぎぃ、と軋んで開いた部屋の中は石造りになっていて、既に数人が集まっていました。

「よっ、ばあさん、間に合ったね。あの飛び方じゃあ遅刻で失格だと思ってたよ」

 先についていたマヌエラが片手をあげて声をかけてきました。部屋の注目がヘルガに集まります。ヘルガはなんだか気恥ずかしくて、できる限り早足で奥の方へ歩き始めました。前を横切るヘルガを、若い娘が眉根を寄せて睨むように見つめます。

「まさかこの方も試験を受けるんですの? ご冗談を! こんな歳になるまで試験を受けられなかったなんて、よほど魔力が脆弱なんでしょう。そんな人が今更魔女になったからって何になるのでしょう。老い先短いのだから、気楽な見習いのまま死ぬのを待てばいいものを」

 娘はすらりと背が高く、紫の目に鷲鼻、薄い唇と、なかなか整った容姿をしていました。ひっつめにした金髪の上に山高帽を被り、濃い紫色のスタンドカラーのドレスを身に着けています。アメシストはめ込んだ大きな魔法の杖をついて、胸も顔もそらして立っていると、長い首がさらに長くなり、とても尊大に見えました。

「そりゃあ、わたしも気楽な見習いでいられたらと思うけれど、お師匠様が正式な魔女にならなければと言うから」

「まぁ、意思も薄弱なんですのね。わたくしは不運ですわ。正式な魔女として認められる晴れの舞台だというのに、競い合う者たちがどなたも取るに足らないなんて。これではわたくしの能力を示すことができませんわ」

 ヘルガは黙っていましたが、マヌエラは娘の言葉にむっと顔をゆがめました。

「聞き捨てならないね。ばあさんはともかく、あたいら全員相手にならないってのかい」

「もちろんですわ。代々魔女として生きる名門一族に生まれ、幼いころから魔法漬けだったわたくしに、誰が敵うというのでしょう。ましてあなたのような穢れた女には、ほんの少しだって負ける気はしませんわ」

「ふん、あたいが穢れた女なら、あんたはしょんべん臭い鼻たれガキだね。お高くとまるのもほどほどにしときな。後で泣きを見たら、とっても惨めだろうからね」

 二人の口論に、もう一人の娘が口を挟みました。彼女は紫の目の娘よりは少し年が上のようですが、ヘルガから見たら若いことに違いありません。

「エルフリーデ、一族の威光を振りかざすのは見苦しい。誇り高い家門に相応しい言動を心掛けたら?」

 その声にはどこか堅さがありました。小さめの山高帽の下の顔は、肩で切りそろえられた黒髪に囲まれているせいか青白く見えて、綺麗な緑色の目も、帽子のつばと揃った前髪に隠されているようでした。裏地が鮮やかな緑色の黒いマントですっぽりを身を覆っていて、他人を近づけないような刺々しさがありす。

「嫉妬こそ見苦しいですわよ、ヨハンナ。わたくしの言動に口を出すのは、あなたのお家が元通りになった後になさい」

「偉そうに。わたしもあなたと同じく長く続く魔女の一族なのよ」

 ヨハンナはマントの下から翡翠の埋め込まれた長めの杖を、エルフリーデに向かって突き出しました。

 まるで決闘のようです。ヘルガはどうなることかとハラハラして成り行きを見守っていましたが、案外すぐに状況は解決しました。

「あらあら、試験はまだ始まっていないのに物騒だこと」

 そう言って入ってきた新しい人はベールのついた帽子を被り、黒と赤のベロアのドレスを身にまとい、とても高貴な雰囲気でした。首元にはガーネットと金でできたネックレスが光り、緩やかに波打つ栗色の髪が優雅です。意志の強そうなくっきりした眉と高い鼻根、若くはないですが、顔には自信と気品が溢れています。

「ここに集まった目的は魔女試験を受けて正式な魔女になること。その前に乱闘など起こしたら失格になりかねないわ。一族の期待がかかっているならなおさら。二人とも矛を収めるべきよ。

 そして人の過去の職業を蔑んだり、相手を無能だと決めつけるのは感心しないわ。この方だって、昔から修行をしていたのではなく、歳をとってから弟子になったとも考えられることだし」
 
 この人はどうしてここへ来る前の皆の会話を知っているのでしょう。それは彼女の耳飾りが、少し前のその場所の会話を聞くことができる魔法道具だからなのでした。そんなにすごい道具を作るなんて、ヘルガは感心しきりでした。他の人たちは、力をひけらかしているのだと、いい気はしないようでした。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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