第十二章 めでたしめでたしの先へ 第2話

文字数 2,949文字

 王子のお使いは、シンデレラの住むお城のある町からずいぶん離れた、国境に近い田舎にいました。王子様はシンデレラはずいぶん遠い所に住んでいるのだと推理して、遠い所から回るように言いつけたのでした。

 立派なお家が並ぶ町とは違って、ここは畑ばかりの田舎の農村です。川辺には水車がゆっくりと回り粉をひき、アヒルやカモがうろうろしています。もう麦を刈り取った畑はすっかりはげていて、家畜小屋からは牛と鶏の鳴き声が聞こえます。

 こんな所にガラスの靴を履いて舞踏会に現れた娘がいるとはとても思えません。王子のお使いたちはやる気なくのろのろ歩いて村の中心へやってきました。村人たちは、何事だろうかと集まって、彼らを遠巻きに囲んで眺めました。

 お使いたちは一応お触れを読み上げました。村人たちは王子が靴で妻となる人を選ぶというのを始めて聞きましたので、おかしなことを考えるものだと、心の中で思っていました。

ですが、お使いが掲げ持っているガラスの靴はとても美しかったので、誰もがうっとりとみとれました。子どもたちなどは珍しがって、近くへ寄って、指さして歓声を上げたり、飛び上がって触ろうとしたりしています。

 お使いは、集まった村人の中から若い娘を差し招いて、ガラスの靴を履いてみろと言いました。娘はおっかなびっくり足を入れました。

「ああ、もしぴったりだったらどうしましょう」

 その様子をヘルガは井戸の陰からどきどきしていました。幸い、その娘はシンデレラよりもやせっぽちで、しかもすこし幼かったようで、靴はぶかぶかでした。

「まずは平気だったみたいだけど、ほかにも若い娘が何人かいる。誰かの足にぴったり合ってしまうかもしれない。どうにかしないと」

 一緒に井戸の陰にいたヨハンナはそういいました。次はもう少し大柄な娘がガラスの靴に足を入れようとしています。

 ヘルガは杖を取り出すと、井戸の釣瓶に止まっていたミツバチに向かって振りました。ミツバチはブーンと村人の中へ飛んで行き、若い娘の足を片っ端から刺していきました。

 刺された足はパンパンに膨れてしまい、どうしたって靴に入らなくなりました。突然元気のいいミツバチが現れて人を刺すのですから、村人たちは騒いでミツバチを避けたり追い払ったりしました。ミツバチは時々お使いたちのほうにも飛んできたので、彼らはうんざりした顔でそれを払いのけました。

 ヘルガが使役をやめると、ミツバチは遠くへ飛んで行ってしまいました。しかし、これで靴を試しても、どの娘の足が靴に合うかどうかわかりません。

「もういいだろう。だいたいこんな田舎の村に、王子様が探している娘がいるわけがない。王子様のご命令で、こうやって遠い所から回っているが、まったく無駄骨だぞ。ここはもう切り上げて、次の村へ行こう]

 彼らはい役目をいい加減にこなしてしまうつもりでいるようです。仕方ありません。国中の娘にガラスの靴を履かせて回るなんて、いくら王子様の命令でも、やっていられないのでしょう。

 真面目に探さなければ、勘違いでお城へ招かれる娘が少なくなるかもしれませんが、かえってしっかり確認せずにたくさんの娘がお城へ召し出されるかもしれません。ヘルガにとっては良いような、悪いようなです。

「こんな農村ではあの人たちも適当にやり過ごすでしょうけど、もう少し立派な町だったら、金持ちの家もあるから、真面目に探すはず。ガラスの靴が合う娘も見つかるでしょう。それにあなたの問題もある。試験の残り時間は少ない。早くシンデレラに靴を履く機会が回ってくるようにしなくては」

「そうね、もっともだわ。でも、マヌエラさんが魔法陣を描いてくれないと、あの靴の大きさをシンデレラの足にぴったりにはできないのよね。だから、マヌエラさんが戻るまで待っていてもらわないといけないのよ」

「あそこに靴があるんだから、やりようがあると思う……。まぁいい。時間稼ぎをするのね、どうやって?」

 ヘルガはすこし考えてから期待のこもった目でヨハンナを見つめました。

「ねぇ、シンデレラを助けに行ったときに迷路にはまってしまったのだけれど、あの迷路はあなたの魔法だったのよね。ちょっと作り方を教えてくれないかしら。お使いの一行を迷路の中に閉じ込めておいて、それでマヌエラさんが帰ってきて準備ができたら、シンデレラのお屋敷の前に出てきてくれるようにすればいいんじゃないかしら」

 いい思い付きではありますが、迷路を作るのはおぼつかないのでヨハンナに手伝ってもらうというのです。ヨハンナも、エメリヒすらも呆れて首を振りました。

「……まぁ、いいわ。時間つぶしになるから。でも教えるだけ、やるのはあなた」

「わかっているわ。わたしもまったくできないってことはないのよ。心もとないだけだから」

 ヘルガとヨハンナは夜になるのを待って、村の出口からしばらく行ったところに、迷路を作り始めました。

 ヘルガは師匠に教えてもらった知識をもとに、まずは一人でやってみました。迷路にする範囲を囲むように魔法陣を描き、魔力でつなぎます。ヘルガの魔力が届く範囲が狭いので、迷路はとても狭くなりました。

 流石に狭い範囲でぐるぐる回らせたら気付かれてしまいます。ヨハンナは仕方なく、少ない魔力で繋げられる魔法陣を教えてやりました。それでどうにか迷路は広がりました。

 それから、ヘルガが魔法を解かないと、迷路の出口にたどり着けないように細工をしました。

「こんどは、シンデレラのお家の前に繋がるようにしなくちゃね」

 これは迷路よりももっと複雑な魔法でした。それもまずは自力でやってみて、ヨハンナに手直ししてもらいました。そして試しにエメリヒに迷路から出てもらいましたが、どういうわけか、シンデレラの家ではない所に出てしまいました。

「ヨハンナさんが直してくれたのに失敗したのかしら」

「いや。じつはここからシンデレラの家までの間に、別の魔力が横たわっている。地図の魔法がかかっているんだ。きっと、魔女試験の最中に張られたものだろう」

「まぁ、誰かが、何かのために魔法をかけたってわけね。それ、誰だかわかるかしら」

 尋ねるとエメリヒは視線を外して黙りこくってしまいました。それでヨハンナは、ペドラの手によるものなのだと悟りました。

 ヘルガはわからなかったので、しつこくエメリヒに尋ねました。エメリヒはその名を口にするの嫌だと言わんばかりに答えを濁し続けましたが、ヨハンナが許したので、遂にペドラの名前を告げました。

「なら、ペドラさんにお願いして、魔法を解いてもらわなくてはね」

「そう。じゃあ行ってらっしゃい。わたしは先に墓地へ行って元通りにしておく」

「あら、ペドラさんを一緒に探して、見つけ出して魔法を解いてもらってら、一緒に帰りましょうよ」

「嫌。自分で探して」

 ヘルガとしては、あわよくばまたヨハンナの手を借りてペドラの所へ行こうと思っていましたので、きっぱりと断られて当てが外れてしまいました。食い下がろうとしましたが、ヨハンナは腕組みをして口を堅く結んでしまいましたので、仕方なく別れることにしました。

 ヘルガはまた例のステッキを使ってペドラを探しに出かけてゆきました。幸運なことに、ペドラもすぐに見つかりました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み