第五章 心の支え 第5話

文字数 2,963文字

 ヘルガは溜息をついて、やっとの思いで完成させた魔法陣を箒で払って消しました。また最初からとなると、うんざりしてしまいますが、じつをいうとこれまでにも何度か描き直しをしていましたので、もうさほど苛立つこともありませんでした。

 ヘルガは何度も書き直しながら、途中までを完成させました。一段落したところでシンデレラの母親の墓へ行って、ハシバミの木の下に、杖の先で魔法陣を描きました。それから戻って、小屋の中でまた続きをしました。夕方になるまで続けて、なんとか完成しました。

「おい、シンデレラが来たぞ」

 ラルフが知らせてくれたので、ヘルガは急いでハトに意識を向けました。先ほど木の下へ行ったときに、あらかじめ魔法をかけておいたのです。

 シンデレラは木を見上げてハトに呼びかけました。ヘルガは二匹のハトをシンデレラの側へ行かせ、その口を借りて話しました。

「ねぇ、あなたは昨日、綺麗に着飾ってみたいと言っていたわよね。だからドレスを用意してみたのよ」

「まぁ、本当に? でも、なんだか悪いわ。それにどうやってそんなに早くドレスを用意したの?」

「それはねぇ……、天国お母様のお力よ。お母様が立派な方だから、神様が特別にご加護を下さったのよ。だから遠慮せずに着てみてちょうだい」

「そう、お母様の真心が神様に伝わったのね。そういうことなら、着てみなければいけないわね。それで、ドレスはどこにあるの」

 ヘルガは一匹のハトを魔法陣の方へ歩かせて、その上に立つようシンデレラに言いました。シンデレラは言う通りに魔法陣の真ん中に立ちました。

 ヘルガはいそいそと魔法陣の描かれた机に向かいました。頭の中ではハトと繋がってしっかりとシンデレラの姿を見ています。その状態で、机の上にできたドレスを魔法陣同士をつなぐ糸のような魔法の繋がりを通して、シンデレラのいる場所にも現れるようにします。

 シンデレラの立っている魔法陣がうっすらと光ります。そしてシンデレラの体は足元から光に包まれました。少しの間シンデレラは光に包まれていました。そして頭の先から光が消えていきますと、先ほどまでの杯に汚れた姿とは打って変わって、目の覚めるような黄色いドレスに身にまとっていました。

「まぁ、なんて素敵なの! とっても美しい色。それに羽のように軽いわ」

 シンデレラは大はしゃぎして、魔法陣から飛び出して、スカートを翻しながら、墓の前で軽やかに動き回りました。

「ああっ、待って、動かないで」

 ヘルガは思わず悲鳴に近い声を上げました。魔法陣から出てしまうと、ドレスが消えてしまうかもしれません。消えてしまったら、シンデレラは何も身にまとっていないことになります。若い娘にそんな恥をかかせるわけにはいきません。ヘルガは咄嗟に魔力を送って、なんとかドレスを保ちました。

 そんなヘルガの苦労など知る由もないシンデレラは、暫くはしゃぎまわって、おもむろにハトに話しかけました。

「ねぇ、まるで黄色く染まった落ち葉を着ているみたい。どうかしら、素敵なドレスを着たら、わたしは素敵な人になったかしら」

 ドレスを維持するのに必死なヘルガは、ハトを通して声を出すなんてことにまで手が回りません。ハトが急に口を利かなくなったので、シンデレラは首をかしげてハトを見つめています。

「……あ、えーと、なんだったかしらね。あ、そうね。似合ってるわ、素敵よ」

「そうかしら? ありがとう」

 シンデレラは時間が許す限りドレス姿で墓石のまわりを踊るように動き回りました。誰もその姿を見ていないのが残念なくらい、それは美しい光景でした。その光景を作るのに、ヘルガが必死に魔力を送っていたのですが。

 やがて夕食を作る時間が来ましたので、シンデレラは変身を解いて欲しいとハトに頼みました。ヘルガは元の魔法陣のところへ彼女を立たせ、もとのつぎはぎだらけの薄汚れた服に戻してやりました。

「とっても楽しかったわ。なんだかとても心が軽くなったよう。ありがとうハトさん。それにお母様。わたし、またお屋敷で奥様たちに認めてもらえるように頑張るわ」

 シンデレラはハトに手を振って、ドレスを着ていた時のように軽やかに去っていきました。それを見届ける前に、ヘルガとハトとの意識の繋がりは切れてしまいました。それだけ魔力を使いすぎて、気力も体力もすり減っていました。

「なんだよ。あれっぽっちの魔法でくたびれちゃったのかよ。 まぁ、少なくともシンデレラは喜んでいたみたいだ。ダサいドレスに文句も言わなかったしね。

 シンデレラが魔法陣を出て動き回った時は、俺もヒヤッとしたけど、ドレスは消えなかったし、ピタッと体に沿っていて、ゆらゆら裾が揺れて、本当の布みたいだったよ。ヘルガもやればできるじゃん。ちょっとは見直した」

 ラルフは珍しく褒めましたが、当のヘルガはベッドに座り込んだままずるずるとおしりをずらして横になってしまいました。それほど疲れていたのです。

「まだ夜じゃないのに居眠りかよ。まぁいいや。それじゃあ俺はちょっとお屋敷へ行ってシンデレラの様子でも見てこようかな。戸棚の中に食べ物があるかもしれないしな」

「そうするといいわ……。わたしはちょっと、休憩させてもらうから」

 ヘルガはそう言って目をつむりました。シンデレラがこれから夕食の支度をするようなときです。本当なら横になるには早いですから、ラルフに呆れられるの無理はありません。でもそんなことを気にしていられないほどでした。

 ですが、その疲れは決して嫌なものではありませんでした。反対に清々しく、幸せすら感じられます。疲れていて嫌な気持がしないなんて、生まれて初めてのことでした。

 そのまま少し眠って目が覚めた時は、とてもすっきりとしていました。こうやって爽やかに目覚められたのも、随分若い頃に何回かあったきりでしたから、若返ったような気がして嬉しくなりました。

 それから、ヘルガは毎日シンデレラにドレスを着せてやりました。最初の黄色いドレスに、緑の葉を足してやったり、赤い落ち葉を集めて深紅のドレスを作ったり工夫してやると、シンデレラはいつでも大喜びしました。葉っぱばかりでは面白くありませんので、町を離れて森や野原へ行って、コスモスやサルビア、ダリア、プリムラ、キンモクセイなどを摘んできて、それを材料にしました。時には畑に打ち捨てられたくず野菜を使うこともありました。

 そうやって毎日ドレスを作っていますと、段々と慣れてきて、早く簡単に作ることができるようになりました。そればかりか、シンデレラがどれだけ動き回ってもドレスが消えそうになることは無くなりましたし、ドレスを保ちながらハトを通してシンデレラとおしゃべりするのも全く平気になりました。

 それに、材料を工夫して、色々なドレスを作るのがヘルガにとって楽しみになっていきました。相変わらず形は流行おくれでしたが、時々は素敵なものを思いつくこともあり、ラルフに褒めらることもありました。そういうときはとても嬉しくて、次ももっと素敵なドレスを作ろうという意欲がわいてきました。

 師匠に言われて半ばイヤイヤ参加し、ただ落第して食べられないようにと、そればかり考えていた魔女試験だというのに、今は毎日ウキウキと心が踊っていました。。
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