第八章 動き出す運命 第5話

文字数 2,966文字

 ヨハンナが最下位なのは当然です。自らマルティンをいばら姫から遠ざけて幸せを奪っているのですから。このまま試験終了を迎えたら、ヨハンナは間違いなく落第します。

「ヨハンナを落第させたいわけじゃない。むしろわたしがマルティンを奪えば、ヨハンナも合格するのだから。ただ、ヨハンナ自身はひどく不幸になるだろうけれどね」

 そんなことをつぶやいて、ペドラは箒に乗ってエルフリーデのもとを訪ねました。

「あら、やっと来ましたわね。遅かったじゃありませんの」

 エルフリーデはイソギンチャクの椅子に腰掛けたままペドラを迎えました。

「こちとら、やらなくてはいけないことがありますんでね。協力するといっても、あなたにかかりきりというわけにはいきません」

「そうでしたわね。ヨハンナの連れている王子が見つかりませんの? まぁ、きっとヨハンナは強い目くらましの魔法を使っているに違いありませんわ。それにあなたお得意の地図の魔法に対抗する魔法も施しているはずです。やはり狙い目は次に別の場所へ移動するときでしょうね」

「ヨハンナが今の町から動きますかね。このまま王子を隠しておいて、白雪姫をそこへ連れてくるかもしれません」

「いいえ、動きます。だってわたくしが白雪姫を渡しませんもの」

 エルフリーデは自信満々です。一応中間結果でも彼女の名前は合格を示す緑色でしたので、大きな口をたたいても気になりませんが。

「ところで、中間結果はどうなりましたの? まだ最終結果ではないとはいえ、一族の魔女たちをがっかりさせたくありませんわ。わたくしは当然一番だったでしょうね?」

 途中の結果を本人たちに知らせてはいけないのでペドラは黙っていました。するとエルフリーデはブレスレットから小さな虫眼鏡を取りました。手の中で適当な大きさになったそれを、見せびらかすように軽く振ります。

「これはわたくしの魔法道具の一つですが、目くらましの魔法がかかっていても、これを通してみればよく見えるという虫眼鏡ですの。これであなたの地図を見れば、マルティンがどこにいるのかすぐにわかるのではなくて?

 貸してさしあげてもいいですわよ。わたくしたちは手を組んでいるのですからね。けれど、いくら手を組んでいるといっても、ただでお貸しすることはできませんの。だから」

「結果を教えろというんですか。わかりました、内緒でお教えしますよ。結果は、あなたのご想像通りですよ。一番優秀なのはあなたです。今のところはね」

 エルフリーデは満足して微笑んで、虫眼鏡を差し出しましたが、ペドラが手を伸ばすと、さっと手を引きました。

「結果を教えただけでは、まだ足りなんじゃなくて? もう少しわたくしに協力してくださらなくては」

 ペドラは溜息をつきました。

「この前あなたの人形を修理して差し上げましたけどね」

「あれっぽっちのことで……」

「はいはい、わかりましたよ。それで、何をすればよろしいので」

 エルフリーデの頼み事は、もちろん人魚姫のことです。王子は教会の娘が死んでしまったと聞いて、ずっと悲しんでいました。人魚姫はその哀しみが癒えるよう、そして王子の心をつかむために、一生懸命努力しています。ただ、エルフリーデが思っていたより、すこし時間がかかってしまっています。試験が終わる前までに二人が結婚するか、少なくとも結婚の約束をしなければいけません。

 ですから、すこしだけ手助けをしてやろうというのです。王子と人魚姫がもっと親密になれるようなきっかけをたくさん作ってあげれば、きっと二人の恋心は燃え上がるでしょう。

「それで、あたしが人魚姫を助けてあげている間に、あなたは何をするんです?」

「もちろん白雪姫をなんとかするんですわ。というより、イルゼをね。イルゼ自身の魔力は高いですが、あの人、これまでに作った魔法道具を持っているし、お城の庭園には貴重な薬剤があるので、魔法道具や薬でこちらに対抗してくるのですわ。あの人が手ごわいのはその恵まれた環境があるためともいえますの。ですから、そこから追い出してやるんですわ。そうすれば、もうわたくしに手も足も出ませんわよ」

 エルフリーデはそういって高笑いしました。ペドラはつまらなそうに黙ってみていました。二人はもう少し具体的なことを話し合うと、それぞれで行動を開始しました。

 まず、エルフリーデはイルゼの国へ行きました。城下へ着くと、庶民の娘の姿に変身して、町の中を歩きました。

 白雪姫が行方不明になったことは、町の人々にも知れ渡っていました。誰もがその行方を心配しています。それから、王妃と白雪姫の仲が悪くなっているということも、既に知れ渡っていました。みんながそのことに心を痛め、そして早く姫が戻ってきて仲直りすることを願っていました。

「でも不思議ね。王様の兵隊たちが探しているのに見つからないなんて。森はそう広くないし、お姫様の足ではそう遠くまで行けないはずよ。それなのに見つからないなんて、もしかしたら、魔法で隠されているんじゃないかしら」

 エルフリーデは人々の世間話に自然に混ざりました。

「王妃様は白雪姫様の結婚に反対していたのでしょう。ひょっとして、王妃様がお姫様を隠しているのではないかしら。だってそうでしょう。王妃様はすごい魔女だもの、お姫様を隠すなんてわけないわ」

 そんな馬鹿なと、人々は笑い飛ばしました。しかしエルフリーデはもっともらしく喋り、そのうえ何度も姿を変えて、町のあちこちで同じことを言いましたので、だんだんと、みんなそれを信じるようになりました。

 さらに、エルフリーデは大臣の姿に化けて、王宮の外で他の大臣たちを集めて話しました。

「巷では王妃様が白雪姫様を攫ったともっぱらの噂だ。信じたくはないが、その可能性は高いと思わんか。

 早く姫様を見つけなければ、シュネーヴィッテン国は婚約を破棄されたと怒って、我が国に攻め込むやもしれん。そうなれば大戦争になってしまう。国民のためにも、それを避けねばならん」

 大臣たちは、もっともだと頷きました。

「白雪姫様を王妃様の手から取り戻さなければならん。王様にお願いして、王妃様に白雪姫様を連れ戻すよう命令を出していただこう」

「しかし、王妃様は結婚に反対するために姫様を隠しているのだ。命令に従いますかな」

「もし王様のご命令に従わないというなら、王妃様といえども捕まえて牢獄に入れる必要がある。そもそもおかしいではないか、一国の姫を誘拐し、国難を招こうとしている者が、未だにお城の部屋にいるというのは」

 これも、複数の大臣になりすまして、イルゼを罪に問うことを話し合いました。それで、大臣たちの意見は完全に一致してしまいました。

 大臣たちは遂にある日、全員で王宮へ行きました。そして、玉座に座って、まだ姫が見つからないのかと困り果てて、兵隊たちの前で頭を抱えている王様の前へ出て、王妃イルゼを捕まえて、牢獄へ閉じ込めてしまえと訴えました。

 王様も町の噂は聞いていましたし、内心でイルゼが何かしているのではないかと疑っていました。ですが流石に捕まえるというのは気が引けていました。

 すると、王宮の門の外から、大勢の人の声が聞こえました。様子を見に生きますと、なんと、町の人々が集まって、しきりに王妃を捕まえろと叫んでいます。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み