第八章 動き出す運命 第9話

文字数 2,960文字

 マヌエラは強情なグレーテルに腹を立てていました。

「まったく腹の立つガキだよ。やっぱりあたいには母親なんて無理だね。母親どころか乳母だってできっこないよ」

 苛立ち紛れに、乱暴に食卓に残ったブドウをぶちまけました。使い魔のヴェラは一声鳴いて逃げました。

「それにしても、グレーテルはいつまでも外の世界の家を恋しがってばっかりだね。父さん、兄さんって、あいつらに頼ってりゃあ全てうまくいくんだって甘えが抜けないみたいだ。そんな考えさっさと捨てて、真実に気が付いてほしいもんだよ。あいつらは助けてくれもしないし守ってくれもしない、むしろ自分のために真っ先にグレーテルを犠牲にするくらい、娘や妹なんざ、虫けら程度にしか思ってないってね」

 話を聞いていたヴェラは、机の上にのって、ニャーと鳴きました。

「なに? ヘンデルを人質にしてグレーテルに言うことを聞かせりゃあいいって? なるほどね。あんたが反抗したら、大好きな兄さんの命はないよってか。そりゃあいい。ひとまずは大人しくなるだろうね」

 さらにヴェラはニャンニャンと、自分の考えを述べました。

「ヘンデルの方も厄介払いするって? まぁ、魔女見習いになれるわけでもなし。ずっとここへ置いとくつもりはなかったけど。なに? ははぁん、なるほどね」

 マヌエラはにやりと笑って、次の日出かけていきました。ヘンデルとグレーテルは、昨日のお仕置きと称して、部屋に閉じ込めたままにしていました。

 返ってくると、マヌエラは二人を部屋から出しました。

「反省したなら、食事していいよ。それで明日からまた前と同じようにするんだよ」

 グレーテルはヘンデルに言い聞かせられたこともあって、大人しく頷きました。

 翌日から、前と同じように、ヘンデルに家のことを任せて、マヌエラとグレーテルは外へ出ました。

「この前畑を作ったけど、薬草を植えるのは今度にしよう。それにより先にやることができたからね」

 マヌエラはそういって、グレーテルを連れて森の中へ入り、つたを何本も切ってきました。そして二人で大きな籠を編みました。

「こんなに

が大きくていいの? これじゃあ大きいばっかりで何を入れても落ちちゃうわ」

「いいんだよ。そんな小さなものを入れるものじゃないからね」

 それから、今度は薬草をいくつか摘んできて、煮出したり乾燥させてすり潰したりして薬を作ります。それも鍋一つ分ではなく、大きな酒樽一杯分です。これには数日かかりました。

 ヘンデルはいったいどんな薬を作っているのか興味津々でした。だからといって、家事の手を抜くことはありませんでした。またお仕置きされたら嫌ですから。元々賢い子でしたから、気を付けてやれば、洗濯も、料理も、繕い物も、掃除も、一通りきちんとすることができました。

「よくやったね。これらいできれば合格だよ」

 珍しくマヌエラはヘンデルを褒めてお菓子をどっさり食べさせました。ヘンデルはマヌエラの機嫌が良くなってきた証拠だと、これからもきちんとやらなくてはと気を引き締めました。

 薬がたっぷり出来上がると、マヌエラは巨大な籠を台所に運び込ませて、さかさまに置きました。その上からグレーテルと一緒に薬をかけていきます。するとつたはだんだん固くなり、しまいには頑丈な鉄に変ってしまいました。

 グレーテルは急に怖くなりました。なぜって、鉄に代わった籠は、まるで悪い人を捕まえる牢獄のようなのですから。

「これでよし。ヘンデルを呼んでおいで」

 マヌエラはグレーテルに言いつけました。

 どうしてヘンデル呼んでくる必要があるのでしょう。ですがそんなことを聞いたらマヌエラを怒らせてしまいます。グレーテルは大人しく言いつけに従いました。

 ヘンデルは突然台所に現れた檻をみてびっくりしました。マヌエラは二人を呼びにやっている間に、丸パンのクッションとパンケーキの布団をその中にいれていました。

 そして、ヘンデルが来ると、その肩を掴んで、檻の中へ押しやり、ガシャンと鍵をかけてしまいました。

 グレーテルがびっくりして鍵のついた扉に取りすがりましたが、不思議なことに、鍵も扉も継ぎ目がなくなってしまい、どこからどうしても開けられなくなってしまいました。

「さぁ、兄さんはこの中に閉じ込めたよ。あんたはきちんと心を入れ替えて魔法の勉強をするんだ。それであたいの見習いになってもらうからね。嫌だと言ったら、兄さんがどうなっても知らないよ」

 グレーテルは泣き出しました。

「ひどい。最近はあたしたちとてもいい子にしていたのに。どうしてこんな意地悪をするの? にいさんを今すぐ出して。一緒にあのお部屋で暮らしたい」

 マヌエラは溜息をついて、しゃがんで言い聞かせました。

「あのね、兄さんとはずっと一緒にいられやしない。自分で生きていく力を身につけなきゃいけないんだ。魔法を勉強するのがそれなのさ。だからあんたはあたいの見習いとして、魔女を目指すんだ。いいね。

 それに、あんたが真面目に頑張るなら、兄さんにひどいことはしないよ。見てごらん、柔らかいクッションと布団を入れてあるだろう。この檻の中は、あの部屋にいるのと大して変わらないんだよ。むしろこれまでみたいに家のことをしなくてよくなるんだから、楽ちんだよ」

 気に入られようとしていた矢先にこんなことになって、兄妹は不安と恐怖で顔を引きつらせています。マヌエラは檻のできばえと中にいるヘンデルを見て満足そうに頷きました。

 マヌエラは数日前、魔女の館へ出かけていました。館の二階の廊下の曲がり角には、たくさんの張り紙がしてあって、結婚相手を募集する魔女たちの名前や相手に求める条件が書いてあります。

 結婚相手を欲しがるのは大抵エルフリーデの家のような名門魔女一族でした。そういうことですので、年齢、家事の能力から容姿に至るまで、事細かに注文がついています。

 その中には、小さい男の子と書いてあるものもいくつかありました。幼い魔女の娘の許嫁として、お屋敷で一緒に育てるというのです。マヌエラにしてみれば、なんだか奇妙なことですが、貴族みたいな人たちのやることというのは、奇妙なことが多いものです。

 奇妙であったとしても、男の子を求めている人が多いのはマヌエラにとって幸運でした。ヴェラが提案したとおり、こういう人たちの所へ、ヘンデルをやってしまうつもりなのです。

(貴族のお屋敷みたいなところなら、家事なんてしなくていいんだろうけど、それでもできるに越したことがないみたいだ。ただ面倒な仕事をやらせていただけだけど、役に立ちそうだね。あの子は見た目が悪くないから、きっと欲しがってくれる人がいるだろう。でもやせっぽちじゃあ見栄えがしないね。もう少しふっくらつやつやしてないと)

 というわけで、マヌエラはヘンデルを少し太らせることにしたのでした。仕事もさせないで手荒れも直してやって、そうして綺麗になったところで、張り紙を出している魔女と会わせるつもりです。

(魔女の世界じゃ、男は誰かの夫になる以外に生きる道はないんだからね。それにお屋敷で何不自由なく暮らせるんだから、これ以上ない幸せってもんだろう)

 一つはグレーテルを脅し、一つはヘンデルの厄介払いをする。ヴェラの考えはまったく一石二鳥でした。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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