第十二章 めでたしめでたしの先へ 第7話

文字数 2,980文字

 エルフリーデを倒す、ということはつまり戦って命を奪うということです。これまでの人生で、命のやり取りなんて一度もしたことがありません。誰かを殺すなんてそんな恐ろしいことは、考えたこともありませんでした。

 だいいち、エルフリーデに勝てる気がしません。命のやり取りとなれば、彼女も本気でかかってくるはずです。ヘルガが敵うわけがありません。

 かといって、このまま手をこまねいていたら、シンデレラは元の姿に戻れず、ガラスの靴も履けず、幸せになれないので落第です。そうしたら『大いなる魔女』様に食べられてしまいます。生き延びる道は他にないのです。

(もう、どうしてこんな目に遭うのかしら。わたしには荷が勝ちすぎるわよ)

 心の中で不運を嘆きましたが、嘆いていても時間を無駄にするだけでなにも始まりません。

 ヘルガは決心を固めて、足許で不安そうにしているネズミの姿のシンデレラを両手で掬いあげました。

「ごめんなさいね。どうしても普通の魔法じゃあなたを元の姿に戻せないの。でもあなたを幸せにする魔女なんだから、それじゃいけないわよね。だから、わたしはエルフリーデさんと戦うことにするわ。少し待っていてね」

 そしてシンデレラをヨハンナに渡します。

「シンデレラを墓地へ連れて行ってちょうだい。人間の姿に戻ったら、準備していたドレスを着せてあげてね」

 それからヴェラに向かって話します。

「マヌエラさんは、私たちの戦いが終わるまで、靴を変形させて時間を稼いでもらえるかしら」

「わかったよ。もともとそういう役目だっただろ」

 答えを聞いてヘルガは少し安心しました。そして最後にヨハンナとマヌエラにこうお願いしました。

「わたしが負けてしまったら、二人は何とかしてシンデレラを元の姿に戻してやってちょうだい。あなたたちが時間をかけてゆっくりやれば、もとの戻すことなんて訳ないでしょう。それから、出来ればどうにかしてお城へ連れて行ってあげて、王子様に会わせてあげて。顔を見れば王子様もはすぐにわかるでしょうからね」

 ヨハンナが頷くのをみとめ、マヌエラの了承の声を聴いて、ヘルガは今度はラルフに言いました。

「わたしが負けたら、あなたは普通のネズミの戻ることになると思うけど、申し訳ないけれど、それはそれで受け入れて、のびのび楽しく生きてちょうだい」

「なんだよそれ。そんな遺言みたいなこと言って、面白くなんともないぞ。俺は普通のネズミなんて嫌なんだからな。必ず勝てよ。負けたら承知しないぞ」

 ラルフは涙声で精一杯強がり、励ましてくれました。

「魔女さん。わたしはもう、お城に行かなくてもいいから、どうか無理はしないで」

 シンデレラもヘルガの身を案じてくれました。

「大丈夫よ。やるだけやってみるわ。ひょっとしたら勝てるかもしれないもの」

 ヘルガはシンデレラに笑いかけると、箒を手にして屋敷の前へ行きました。

 丁度、お使いが義姉たちの前にガラスの靴を置いたところでした。

「エルフリーデさん! どういうわけか知らないけれど、邪魔をしないでちょうだい」

 エルフリーデはゆっくり振り向くと、不敵な笑みを浮かべました。

「ようやくお出ましですのね。もう諦めたのだとばかり」

「そういうわけにはいかないわ。自分のためにも、シンデレラのためにもね」

 エルフリーデは、何事かと動きを止めた継母たちやお使いに、早く靴を合わせるよう促して、箒にまたがりました。

「ここではなんですから、場所を変えましょう」

 そういってすいっと空中へ飛んでいきます。ヘルガもそれに続きました。シンデレラの屋敷はぐんぐん小さくなり、人がゴマ粒のように見えるところまで昇ると、エルフリーデはとまりました。

「ここなら邪魔も入らないし、普通の人たちをびっくりさせることもありませんわ」

 向かい合って箒を止めたヘルガに、エルフリーデは杖をかざしました。

「さぁ、わたくしに敵うかどうかお手並み拝見ですわ」

 エルフリーデが杖を振ると、竜巻が生まれて、ヘルガを包み込んでしましました。強い風の中で、それでもヘルガは箒の柄を握って空中にとどまっていました。エルフリーデはさらに雷を呼び、ヘルガを打たせようとします。ヘルガはピカピカ光る稲光を間一髪でよけ続けました。

 やられっぱなしではいけません。ヘルガは結界を破った時に出した炎の玉を出して、エルフリーデめがけて投げつけました。エルフリーデは全て雷で打ち消してしまいました。ヘルガは頑張ってエルフリーデに近づき、杖の先から水を噴き出して水でっぽうを食らわせましたが、ちょっと塗れたくらい、エルフリーデにはどうということはありませんでした。

「その程度の魔法しか使えなくて、よくわたくしに勝負を挑んだものですわね。いまいましい。あなたのような惰弱な見習いが何事もなく試験を終えて、わたくしが落第なんて」

「では、やっぱりマヌエラさんの妨害が原因で?」

「あのあばずれ、よくもこのわたくしに。今思い出してもはらわたが煮えくり返りますわ。わたくしがあんな女にしてやられるなんて。

 あなたも馬鹿にしているんでしょう。名門の出でありながらただ一人落第するなんて。館入りを目指してイルゼを出し抜いてやろうと思ったのにできず、おまけにマヌエラに陥れられるなんて、とんでもない屈辱ですわ。

 皆に嘲笑されて死にゆくなら、せめて道連れが必要ですわ。あなたが落第すれば、少なくとも今年の試験は、わたくし一人が落第したわけではなくなりますもの。これがわたくしにできる最後の抵抗ですのよ」

 ひときわ大きい雷が落ちてきました。ヘルガは避けましたが、箒の先の枯れ枝が焦げてしまいました。

「落第はお気の毒だけれど、だからってわたしとシンデレラを巻き込むのはやめてちょうだい。試験はまだ4日あるし、もしかしたら落第を免れる方法があるかもしれないわよ。なんなら、わたしも協力するから、シンデレラを元に戻してちょうだい」

「そんな方法、あるならとっくに試してますわよ。あなたの助けが何になりましょう。これ以上馬鹿にしないでくださる」

 エルフリーデはめちゃくちゃに雷を落としました。ヘルガは避けるのに必死で、言葉をはすることすら出来ません。

「いつまで避けられるかしら」

 エルフリーデは逃げ惑うヘルガを嘲笑っていました。

(マヌエラさんもいつまでも時間を稼げないわ。早く決着をつけないと)

 そう考えた矢先、ついにヘルガは雷に打たれてしまいました。びりびりと全身が痺れ、目の前がチカチカします。全身の力が抜けて、箒から落ちそうになりました。

(だめよ、諦めてはだめ)

 ヘルガは残った意識で箒にしがみつくと、まっすぐにエルフリーデへ向かって飛んでいきました。エルフリーデは何度も雷を落としました。すべてヘルガに命中しましたが、ヘルガはそれでも箒から落ちず、エルフリーデめがけて突進しました。

 最後はヘルガとは思ないほどの速さでしたので、エルフリーデはよけきれませんでした。ヘルガはエルフリーデの胴体をがしっと掴むと、杖から水を出しました。濡れたエルフリーデの体に、ヘルガの体に残っていた雷がうつります。

 エルフリーデは自らの雷に打たれ、悲鳴を上げて箒から落ちました。ヘルガももう限界だったので、箒から滑り落ちます。

 箒と二人の魔女は、ぐんぐんと町へ向かって落ちていきました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み