第十一章 失意の幕切れ 第3話

文字数 2,942文字

 姫を殺そうとしただけでも許せません。それに国民はもう彼女を支持していません。王様は結婚式の前にイルゼに処罰を下さなければいけないと考え、大臣たちと話し合いました。

 イルゼはすっかり大罪人となってしまいましたので、捕まえて首をちょん切ってしまおうという意見が出て、皆それに賛成しました。そこへ白雪姫がやってきて言いました。

「お母様に虐められた一番の被害者はわたしよ。あの人にどんな罰を与えるか、わたしの言う通りにしてほしいの」

 王様はもちろん白雪姫のいうことを全て聞き入れました。


 イルゼはしばらく隠れ家で暮らしていました。エルフリーデとの戦いで魔力の限りを出し尽くしてしまったこともありますし、姫が無事だったという安堵と、自分が姫に対してとんでもないことをしようとした罪悪感などから、なかなか元気になれなかったのです。そして、これからどうするかも、まったく考えることができませんでした。

 側にいるユッテは主を慮って、回復を急かしたり、これからのことを尋ねたりはしませんでした。そのため、しばらくは奇妙なことに、平穏でゆったりとした時間を過ごしていました。

 その静かな時間を破ったのは王国の兵士たちでした。以前お城の部屋に入り込んできたときのように、ずかずかと隠れ家へやってきて、イルゼとユッテをがっちりと捕まえました。

 そして二人を黒い冷たい馬車に押し込んで、頑丈な閂のついた扉をしっかりと閉めて、どこかへ向かって出発しました。

「王妃様、どこへ連れていかれるのでしょう」

「どこでもいいわ。わたしが身を落ち着ける場所なんて、どこにもないのだから」

 ずいぶん長いこと馬車に揺られて、到着したのは見たことのない城下町でした。外から聞こえる言葉から、ここはドルン国だということがわかりました。馬車から出されて、鮮やかな町の風景に目を細めていると、また乱暴に腕をつかまれて、お城の中へ連れていかれました。

 お城では今、盛大な結婚披露宴が行われていました。広間の奥には立派な椅子が並べられ、その中央には白いドレスに身を包んだシンデレラと王子としての正装を身に着けたマルティンが座っています。王様やドルン国の王様と王妃様、その他の人々はそれぞれ身分に相応しい席についています。音楽隊の奏でる音楽や、踊り子たちの踊り、芸人たちのお手玉や玉乗りが次々と披露され、皆楽しんでいました。

 そんな最中に、イルゼが引っ立てられてきたのです。会場は急に静まり返りました。

 白雪姫はこれまでの笑顔を消して、イルゼを睨みつけ、立ち上がって指さしました。

「この魔女は長いあいだ魔術で我が国の国民を騙し、王妃として国を支配していました。それのうえ継子であるわたしを嫌って嫌がらせを繰り返し、最後は攫って命を奪おうとした大罪人です」

 ドルン国の人々はそのこと初めて聞きましたので、驚き怖れてイルゼを見ました。イルゼはというと、自分を罵る白雪姫の姿を目にして、なんて美しい花嫁姿だろうと、涙を流しました。もう姫のこんな姿を見ることはないだろうと思っていたので、憎しみをぶつけられていることも、人々から怖がられていることも、全てどうでもよくなるくらいでした。

「白雪姫、なんて綺麗なんでしょう。あなたがこんな立派な花嫁になって、素敵な王子様と一緒になるなんて。これ以上の幸せはないわ」

「なによ、いまさら優しい母親みたいに振る舞って命乞いをするつもり? そんな芝居に騙されるほどわたしは馬鹿じゃないのよ。いつまで子ども扱いして見下すつもりなの。本当に、最後まで、あなたはわたしをきちんと見てくれない。気持ちをわかってもくれない。一度でもあなたをお母様なんて呼んでいたことを悔やむわ」

 白雪姫が合図すると、二人の兵士が三又の槍の先に、赤黒いものをひっかけてやってきました。イルゼの目の前にごろんと転がされた赤黒いものは靴でした。鉄でできていて、今の今まで暖炉にくべられていたのです。

「この魔女の犯した罪は大きいわ。本当はその首をちょん切ってしまうのが一番ふさわしいのだけれど、今日は結婚のおめでたい日だから、殺すのはよしてあげる。そのかわり、その鉄の靴を履いて踊りなさい。それが終わったら森の奥の塔に閉じ込めるわ。一生そこで寂しく暮らしなさい」

 あんなに熱い鉄の靴を履いたら、足が爛れてとても耐えられないでしょう。人々は白雪姫の刑罰の恐ろしさに震えあがりましたが、本当なら首を切られるような悪者なのですから、当然の報いだと、納得もしていました。

 はっきり言って、魔女であるイルゼに鉄の靴だの、森の奥に幽閉だのは、まったく効きません。ただイルゼは我が身に降りかかる災いを魔法で防ごうとは思っていません。

「そうね。今のわたしは恐ろしい罪を犯した魔女だわ。だからこれでいい。これでいいのよ白雪姫。将来の王妃として、立派な判断だわ」

 あるいは姫に毒リンゴを食べさせようとしたことの罰を自らに課そうとしているのかもしれません。イルゼは全く抵抗しませんでした。

「白雪姫様、これはあまりにもひどすぎます。幼い頃、姫様は王妃様に懐いて、仲良く暮らしていたではありませんか。これまで王妃様がどれだけ愛情を注いで育ててきたか。それをすべて忘れて、こんな惨いことをなさるなんて」

「お黙りなさい! この魔女の手下のくせに、わたしを非難するなんて許さないわ。早くその女を黙らせなさい」

 ユッテの涙の訴えなど梨のつぶてでした。すぐに兵士がさるぐつわを噛ませて口をふさぎます。

 その間にも、兵士は槍の先で熱い靴を突っついて足にはめられるようにひっくり返しました。他の兵士は二人がかりでイルゼを立たせて、その足を無理やり熱い靴につっこみました。

 イルゼは耐えきれずに悲鳴を上げました。熱すぎてとても立っていられず、右へ左へと、まるで踊っているように広間を動き回りました。人々はそのむごたらしさに悲鳴を上げ、しかし興味津々で眺めていました。

 やがて、イルゼは気を失った倒れてしまいました。その頃には鉄も少しは冷めていました。兵士たちはイルゼを引きずって馬車の中へ乱暴に押し込むと、ガチャンと扉を閉めて森の奥へと出発しました。

 一緒に馬車に乗せられたユッテは気絶しているイルゼを精一杯介抱して、おいおい涙を流しました。

 森の奥のさびれた塔に到着するころには、イルゼの目は覚めていましたが、足は火傷で爛れて、立ち上がることすらできませんでした。

 兵士たちは乱暴に引きずって、塔の中の粗末部屋に押し込み、今度は錠前でがちゃんと鉄格子の扉を閉めました。

 ユッテは猫の姿になると、鉄格子をすり抜けて、森の中で薬草を見つけて帰ってきました。それを張ると傷は少しずつ良くなりました。

「どうしてこんなことに。魔女試験には合格できたのに、これでは国民のために力を使うこともできなくなってしまいました。それが王妃様の望みだったのに」

 イルゼは悔し涙を流すユッテを慰めるように言いました。

「いいのよ。国民を戦火から救うことができたし、姫も幸せになれた。わたしがここに閉じ込められるくらい、なんてことはないわ」

 イルゼは真っ白い顔で、小さな鉄格子のはまった窓の外に見える月を見上げました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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