第五章 心の支え 第2話

文字数 2,983文字

 さて、シンデレラの父親は四日後に隣町まで出かけました。シンデレラは相変わらず家の仕事を押し付けられ、その合間に継母たちに虐められていました。シンデレラは父親が持ってくる木の枝を楽しみにしていました。

 父親が戻ってくると、義姉たちはすぐに頼んでいた物を見せてくれとせっつきました。父親からハンカチと靴下を受け取ると、二人とも大喜びしました。それを部屋の隅で見ていたシンデレラに、父親は頼まれていた木の枝を渡しました。

 継母は最初父親がシンデレラに何か買ってやったのかと顔をしかめましたが、それが面白くもない木の枝だとわかると、文句をつける気はなくなりました。義姉たちは、木の柄を欲しがるなんてと、馬鹿にしてくすくす笑いました。

 シンデレラはその枝を空き瓶に活けました。そしていつも通り母親の墓へ行く時間に、その枝を持っていきました。そして、墓の側にその枝を植えました。もっとも、手で軽く地面を掘り起こして、そこに突き立てて土をかぶせた程度でしたが。

「お母様見て、お父様から枝をもらったわ。この枝が根を張って大きな木になれば、雨宿りができるわ」

 シンデレラは満足そうに微笑んで墓に語り掛けました。それを見ていたラルフは思わずひっくり返りました。

「なんてこった。あんなちっぽけな枝が雨宿りできるくらいでかくなるのに何年かかると思ってるんだよ。いくらなんでも気が長すぎるだろう。だいたい、あんな植え方して、きちんと根を張るわけがないだろう。そもそも枝を地面に刺して根っこが生えてくるもんか?」

 ラルフの言う通り、あのやり方では大きな木になるのは無理でしょう。

「まぁ、やはり都会育ちのお嬢様だから、木を植えるってどうやればいいのかわからなかったのね。せいぜいお花を植えるくらいしかやったことがなさそうだもの。わたしだって木を植えたことはないけれど、畑仕事をしていたから、なんとなくわかるわ、あれじゃあ無理だって」

「せめて父親に苗木を頼めばよかったのに。それにしてもヘルガ、これからどうするんだよ。四日間を無駄にしちゃってさ。一ヶ月の期限って、長いようで短いよ」

 急かされてもヘルガは慌てません。それどころか、シンデレラが戻ってしまうと、彼女が植えた枝に近づきました。

「とにかく、まずはこの木をどうにかしなくちゃね」

 ヘルガは箒の柄のほうを地面につけて、簡単な魔法陣で枝を囲いました。そしてポケットからくたびれたハンカチに包んだ粉薬を魔法陣の上に振りかけました。すると、枝がミシミシと音を立て、まるで背中がかゆくてもぞもぞしているみたいにうごめくと、少しずつ太く、大きくなっていきます。そして最後には魔法陣と同じくらいの太さの幹を持つちゃんとしたハシバミの木になりました。

 立派な大樹とまではいきませんが、シンデレラが雨宿りするには、高さも枝の広がりもちょうど良いです。

「へぇ、シンデレラそっちのけであれこれ薬草を集めてたみたいだけど、この薬を用意してたんだ。結構やるじゃん」

 この四日間何もしていなかったわけではないのです。ヘルガなりに考えて、準備をしていたのでした。もちろんシンデレラをほったらかしてはいません。ちゃんとラルフに見守っていてもらいました。

「まさか、お望み通り木を生やしてやったから、これで終わりってつもりじゃないよね」

「もちろんよ。これはシンデレラさんと話すためなのよ」

 それからヘルガは森へ行きました。森の中の背の高い木の枝に、籐の籠がちょこんと置いてあります。そこにハトこのよっかかが二羽いました。まるで巣に収まっているようでした。

 この籠はヘルガの魔法道具でした。この籠の中に入った鳥は、一ヶ月の間これを巣として住みつくようになっています。

「あんまり不細工だったり怖い鳥が来たらどうしようかと思ったけれど、ハトならシンデレラさんも嫌わないだろうし、何より大人しくて扱いやすいわ」

 ヘルガは魔法で籠ごとハトを枝から降ろし、両手で抱くようにして墓地へ戻りました。

「やっぱりわたしが出て行くのは良くないと思うから、このハトを通してお話しようと思ったの。四日前にどうしようか考えている時に、あなたに話してもらえたらって思ったのよ。それで動物を使役することを思いついたってわけ。鳥くらいならわたしでもなんとかなるからね」

「ふぅん。でも、それなら俺でいいんじゃないか」

「だめよ。普通の人はネズミをみたら退治しようとするからね」

 それは最初にシンデレラに会った時に、身をもって体験していたので、ラルフはそれ以上言いませんでした。

 ヘルガは墓地に着くとハトの巣となった籠を適当な木の枝に乗せました。

「ふぅ。これで一仕事終わったわ。後は明日シンデレラさんが来るのを待ちましょう。それからね、ラルフ、今日は野宿じゃないのよ」

 ヘルガは墓地の隅にある掘っ立て小屋へ向かいました。隙間風が吹くあばら屋でしたが、一応机があり、ベッドもありました。ベッドの上には藁が敷き詰められています。

「この小屋は物置ってわけでもなくて、恐らく墓の番人の家だったのだと思うけど、今は誰も使っていないみたいよ」

「ちょうどいい。じゃあここを試験が終わるまでの拠点にするんだね。ヘルガにしては周到だね」

 ラルフは嬉しそうに小屋の中をちょろちょろ駆け回りました。確かに拠点まで見つけてしまうなんて、ヘルガにしては随分よくやったものですが、じつは墓地の中で少し迷ってしまって、それで偶然みつけただけでした。

 一応小屋の周りに魔法陣を張っておきました。本当は人から見えなくしてしまうのが理想でしたが、そんなことはできなかったので、なんとなく、人の目につきにくく、気にされなくなる程度の魔法をかけたのでした。その程度でも、墓地の隅の小屋なんて、誰も気にしないのですから十分でした。

 さて、その翌日、シンデレラがやってくる時刻の少し前に、ヘルガは二羽のハトに魔法をかけておくことにしました。ハトはすっかりハシバミの木が気に入ったようで、枝から枝へと飛び移っていました。そのせいでヘルガの杖の先がピタリと合わず、魔法をかけるのに苦労しました。

 何度か杖を振って、ようやく二羽を使役することに成功しました。ちょうどその時、シンデレラがやってきました。ヘルガは急いで小屋へ戻りました。

 シンデレラは大層驚きました。昨日植えた枝が、立った一日で大きな木になっているのですから。

「どうして急に大きくなったのかしら。きっと神様がお墓で一人ぼっちのお母様を憐れんでくださったのよ。いいえ、それともお母様がわたしのためにしてくれたのかしら」

 そうとでも考えなければ、この不思議な出来事に説明がつきません。

 ヘルガはハトを操って、シンデレラの周りを戯れるように飛ばせました。

「可愛いハトさん。お母様がくれた友達なのかしら」

「そうよ。わたしはあなたのお友達なのよ」

 ヘルガはハトを通してそう語りかけました。シンデレラははっとして、二羽のハトから離れました。動物が人間の言葉をしゃべったのですから、それは驚くはずです。

「怖がらないで。わたしは悪いものじゃないわ。あなたの味方よ」

 シンデレラはそれでもしばらく怯えているようでしたが、言葉をしゃべる以外は、普通のハトとまったく変わりないようでしたので、恐怖は少しずつ薄れてきました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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