第二章 それぞれの対象 第4話

文字数 2,993文字

 国民を不幸にするのは、白雪姫だとは。イルゼはすっかり動転してしまいました。侍女も困惑しきりです。

 鏡が間違ったのかもしれないと、何度も問いかけました。けれど答えは変わりませんでした。

「姫様が国民の禍いとは、一体どういうことでしょう? 王妃様の課題は国民を幸せにすること。国民を不幸にするのが姫様なら、姫様を除かなくてはいけない……」

 侍女は思わず自分の口をふさぎました。白雪姫を除く、つまり殺してしまうということです。魔女の侍女であるからには、人を殺すことを恐れはしませんが、主が愛情を注いで育てている姫を殺すという考えは、恐ろしくて口にできるものではないのです。

 当然イルゼも、愛する娘を殺すなんて、そんなことできるはずがないと思っています。

「もしや、鏡が間違っているのかも」

「いいえ。この鏡は間違わないわ。過去に何度も助けられてきたからわかる。でも納得できないわ。姫を殺すことがどうして国民を救うことになるの」

 賢いイルゼも、一体どういう理由で白雪姫が国民の不幸になるのかわかりませんでした。確かに少々はねっりかえりなところはありますが、明るく素直で、国民から愛されています。もし姫がいなくなるとなったら、国民は悲しむはずです。

 侍女と二人でうんうん唸って考えても、答えは出ませんでした。そして王様にお目通りできる時間になりましたので、ひとまずこの事はおいて、王様に会うことにしました。

 王様は広い謁見のための部屋で立派な玉座に座っていました。他の大臣たちは、用事を終えて帰ってしまったので、広間には王妃イルゼと王様の二人だけでした。

「王妃よ、白雪姫から外国語の授業を減らしてほしいと頼まれた。少々教育熱心すぎはせんか。姫はまだ16歳なのだから、そう厳しくせんでも良かろう」

 王様は一人娘の白雪姫を目に入れても痛くないほどかわいがっています。そのため姫のお願いはなんでも叶えてしまうのです。

「まぁ、それでは王様はドルン語の授業をやめさせてしまったのですか」

「ああ、教師には明日から来なくてよいと申し伝えた」

 イルゼは思わず片手を頭にやりました。王はあからさまに不服な態度を取られたのが、少し気に障ったようでした。

「姫はもうすでに三か国語の勉強をしておる。ドルン語を使っている国は少ないし、第一当のドルン王国でも公用語は我が国と同じ言葉だ。外交のためというが、既に習っておる三か国語でこと足りる」

「陛下、たしかに公用語は我が国と同じです。ですが古くからその国で話されていた言葉は根強いものです。実際にドルンで使われている単語はドルン語そのままになっているものが多いとか。また言い回しや発音などもドルン語の影響が残っていて、我が国の言葉とまったく同じとは言えないのです。何より庶民の多くはドルン語を話しています。我が国とドルンの間で友好を築く時に、ドルン語を喋ることができたら、あちらの国の国民から支持を得られやすいでしょう」

 王様はむっとして口をつぐみました。イルゼの言い分には反論する隙がまったくありません。

「とにかく、姫には負担が多すぎる。新しい言語を学ぶのは、今習っている言語を学び終えてからにすればよい」

 王はあくまで姫の味方のようです。王の意見を覆すことはできないと悟ったイルゼは、渋々引き下がりました。

 そして、先ほど報告書を見て気になったことを王に報告しました。王も不機嫌な気持ちを切り替えて、この話は真剣に聞きました。そしてこう言いました。

「王妃の懸念はもっともだ。シュネーヴィッテン王国は近頃領土拡大の野心を見せている。ほかの国からも警戒すべきではないかと書状が届いておる。何とか先手を打って抑え込めないものかと考えていたところだ。

 しかし、今日の午前中に、そのシュネーヴィッテン王国から書状が届いたのだ。先方は何と我が国との同盟を求めている。そして第二王子を我が国へ婿入りさせると言っているのだ」

「ええ? それはつまり、白雪姫シュネーヴィッテン王国の王子と結婚するということですか?」

 イルゼは目をまん丸くしました。まさか姫の縁談が持ち上がるなんて。しかも警戒すべき国とのです。

「わしはこれは良いことなのではないかと思っている。同盟を組めれば我が国が侵略されることはないだろうし、我が国がとりなしてやれば、他国への侵略も防げるのではないか。それにあちらは大国だ。我が国とも釣り合いが取れるではないか」

 驚くことに王様は乗り気です。先ほどまでまだ子供だと言っていた娘を、結婚させるというのです。国王たるもの、国の行く末のためには娘も利用するということなのでしょうか。

 しかしイルゼは賛成できませんでした。

「もしこれがこちらから持ち掛ける縁談ならば、陛下のおっしゃるとおり、色々と良い効果が期待できるかもしれません。ですが向こうから持ち掛けてきたとなれば話は別です。きっと何か狙いがあるに違いありません。婚姻関係のある同盟を結べば、むしろ領土拡大の戦いに我が国が巻き込まれる可能性もございます。シュネーヴィッテン王国には野心があるようだと今しがた確認したばかりです。警戒すべき相手と手を組むのは、危険かと思います」

 話しながらイルゼは、これこそ鏡が国民を不幸にするのは白雪姫だといった理由だと思い至りました。きっとこの結婚が成立してしまったら、戦争に巻き込まれ、国民が大変な苦労をすることになるのでしょう。だとするならば、これは絶対に反対しなければなりません。むしろ、結婚させなければ白雪姫は国民を不幸にする人ではなくなるので、白雪姫を殺すなんて恐ろしいことをせずに済みます。

「しかし、縁談を断るとなると、それこそ我が国が攻撃されかねん。危険を回避し、むしろこれを利用するほうが、理にかなっていると思うが」

 王様は、敵の計略を利用してこちらが手玉にとってやることを思いついたとき、賢いイルゼにも負けない妙案だと、うぬぼれていました。なのでイルゼが反対してきたことが気に入らないようで、イルゼの助言を聞き入れませんでした。

「それに白雪姫に結婚は早すぎます。なにより、まだ手元においておきたいのです」

 これは王様の気持ちを変えるための方便ではなく、イルゼの本心でした。姫が立派なお姫様になっていないというのもありますが、たとえどこへ出しても恥ずかしくない女性となっていても、もう少し一緒に暮らしたいという親心があります。

「16歳なら結婚してもおかしくない年頃だ。それに我が国が王子を迎えるのだから、姫はここで一緒に暮らせるのだぞ。そうやって難癖をつけるのは、やはり血がつながらない姫を疎んじているからではないのか」

「まさか、そんなことはありません。わたくしは姫とこの国の行く末を案じて反対しているのです」

「どうかな。近頃は教育と称して姫に厳しく当たっているようだし、姫もそなたを嫌っているようだしな」

 イルゼは言葉を失いました。後妻に迎えられてから今日まで、実の娘と思って姫をかわいがってきたことは、王様が一番わかっているはずです。それなのに意地悪な継母だといわれるなんて。

「まぁよい。もう使者が我が国へ向かって出発しているという。使者に会ってから決めようではないか」

 王は不機嫌に言って退出するよう命じました、イルゼは黙って謁見の間から出てゆくしかありませんでした。

 
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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