第一章 魔女の館 第6話

文字数 2,933文字

 ケルスティンとペドラはあの部屋を出てから、ケルスティンにあてがわれた部屋へ入りました。

 彼女の部屋は壁の全てが落ち着いた木の棚で覆われていて、魔術書や魔法道具や、貴重な宝物が並べられています。空いているところには猫やらカラスやら蛇やら、彼女の使い魔が陣取っていました。

 部屋に唯一の窓を背にした木の立派な机と揃いの椅子に、ケルスティンは腰かけました。ペドラは机の近くにあった、木の丸椅子に腰かけました。

 しばらくは二人ともだんまりでしたが、ついにペドラが口を開きました。

「ヨハンナの対象をマルティン王子にしたのは、あなたの一存なのですか」

 どこか責めているようでした。ケルスティンは意地の悪い笑顔を浮かべた。

「五人の対象を選んでよこしたのは上だ。だが誰と誰を組み合わせるか決めたのはわたしだ。試験を受ける者が最も力を発揮できるであろう組み合わせにしたつもりだ。何か文句でもあるのか」

 ペドラは重苦しい表情で黙り込んでしまいました。ケルスティンは更に笑みを深くして、それをじっと見つめていました。彼女ばかりではなく棚に陣取る使い魔たちもペドラをじろっと見ます。

「もし選ばれた五人の中にマルティン王子がいなかったら、わたしだってこんな愉快な組み合わせはしなかった。文句があるなら上に言うんだな。

 だが、上も何も考えていないわけではなかろう。そうでなければお前がわたしの補佐役になったことへの説明がつかない。

から丁度100年目だ。おまえにとっても運命が決まる時。奇しくもヨハンナが試験を受けるというのだからな。いや、あるいはヨハンナもこれを狙っていたのかもしれない。

だがいいじゃないか。復讐と執着でもって試験に挑むとは、魔女らしくていい。一人前の魔女を目指して、元気に明るくひたむきに! なんて、我々の本分ではないからな」

「それはそうかもしれませんが、あたしには大きな問題なのです。もしヨハンナがあたしの息の根を止めようとしたら、全てが無駄になってしまいます。それこそ100年前、あんなことをしてまで魔女になったのに」

 苛立ちと不安を隠せないペドラを、ケルスティンは嘲笑いました。

「だからこそ補佐役になったんだろう。お前はわたしと同じように、見習いたちを監視し、評価する。さっき彼女らにことわったではないか、ペドラも様子を見に行くと。ただ見守るだけなんてそんなつまらぬことはない」

 その言葉の意味がわかると、ペドラはぎゅっと唇を引き結び、静かに立ち上がって部屋を出て行きました。ケルスティンがくつくつと笑いますと、使い魔たちも合わせて声を上げて笑いました。

「今年の試験は面白くなりそうだ」

「ねぇ、誰が一番上手に課題をこなして、この館の住人になるか、賭けをしましょうよ」

 使い魔たちは棚から出てきて、ケルスティンの周りに集まると、ああだこうだと好き勝手予想しました。

 まず名前が挙がったのはエルフリーデでした。館の魔女を何人も輩出している由緒正しい魔女の一族の一番若い娘で、魔女になるべくして生まれたのです。幼いころから偉大な魔女たちから魔法や道具の作り方を学んできました。そういった力が誰よりも優れていることは、本人のあの傲慢さを見ればわかることでしょう。

 きっと彼女は一番優秀な評価を得て館に入ることを望んでいるはず。いまだって彼女の親戚の数人は館にいます。彼女たちはきっとエルフリーデが館に入ることを望んでいるでしょう。むしろ、入るのが当たり前だと思っているかもしれません。エルフリーデは皆の期待を裏切らないために、他の魔女を邪魔してでも最優秀者となろうとするでしょう。

 いつだって、引っ掻き回す人がいると物ごとは大げさに楽しくなるものです。エルフリーデはそういう使い魔たちの期待も一心に集めているのです。

 次に名前が挙がったのはイルゼでした。彼女は代々魔女の家系に生まれたわけではありませんが、とても勉強熱心で、まだ見習いだというのに、魔法の力で困っている人を助けたり、悪い人をやっつけたり、王様を助けたりしてきました。それでついには王妃様にまでなってしまったのですから、魔女の世界でも彼女の名前は広く知れ渡っていました。

 イルゼはもっと大きな力を手にいれて、もっともっと世の中のためになることをしたいと思っているようです。よしんば館に入りたいという気持ちも強そうです。それはただの魔女よりも、館の魔女の方が大きな力を手にいれられるのですから。

 ヨハンナも有望です。彼女の一族も長く続く名門ですが、今はすっかり力を失って、かつての権勢は見る影もありません。一番優秀な魔女になれたなら家も力を盛り返すはず。そして一族の救い主となれたなら、それほど心が満たされることは無いでしょう。そのために最優秀者を目指して、精一杯のことをするはずです。

 気になるのはペドラとの因縁です。彼女の心が館へ入ることよりもペドラへ復讐することに向いていたら、もしかしたらあまりいい結果を得られないかもしれません。

 マヌエラはどうでしょう。彼女も随分大人になってから魔法を学び始めたのですし、どうにも生まれ持った魔力はそこまで大きくはないようです。しかしずる賢く抜け目がないところは、五人の中で一番魔女らしいと言っていいでしょう。ひょっとしたら彼女が一番になるかもしれません。

 このように、使い魔たちは次々と取りざたしましたが、一匹とて、ヘルガの名前を挙げるものはいませんでした。

「あんな老いぼれが他の奴らに敵うわけがない」

「魔法の力も大したことはないし、箒にだって満足に乗れないんだ」

「それにとってもやる気がない。すれすれで合格できればそれでいいなんて、はなから諦めて、『大いなる魔女』様のお口に入ろうとしているのと同じさ」

 これまで様々な魔女や見習いを見てきた使い魔たちも、ヘルガの優れたところを見つけられませんでした。見つけられなければ、褒めることも、期待することもできません。無事に魔女になれるかどうかを賭けた方がいいくらいですから。

 使い魔たちはあれこれ言い争った末に、それぞれ一人を選んで賭けました。ケルスティンはどうするのかと尋ねると、彼女はきっぱりと、賭けに乗らないとと言いました。

「魔女試験の見届け人を任せられたのは四回目だが、いつも驚くようなどんでん返しが起きて、思いもかけない結末を迎えるものだ。これを賭けのダシにするのは、愚か者のすることだ。

 ペドラは早速見届けに行ってしまったが、わたしは他にも館の仕事が残っているから、それが終わったらもう休むことにするよ。ちょっと手の込んだ魔法を使ったから少し疲れてしまった。それに、対象を見つけ出すのなんて、ほんの始まりに過ぎない。わたしが注視すべきはそこから先、彼女らがどう動くかだよ」

 それはとてももっともな考えでした。使い魔たちも気持ちが落ち着いたようで、大人しくそれぞれの決まった棚の仕切りの中へ戻りました。この時、窓の外はすっかり明るくなっていました。

 見習いたちは明るい世界で、自分が幸せにするべき人を探して走り回っています。なにもおかしいことはありません。魔女は昼だって夜だってへっちゃらなのですから。
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