第六章 魔女たちの争い 第2話

文字数 2,971文字

 姫が驚いて立ち尽くしていると、かさかさという音がして、木立の影から何か出てきました。獣ではありません。小さな人でした。数えてみると全部で7人、それぞれ色違いの帽子を被り、ツルハシやトンカチを持ち、袋を背負っています。髭を生やしていたり、いなかったり、金髪だったり黒髪だったり、太っちょだったり痩せていたり、小さな家でも背が高かったり低かったりします。

 そのうちの一人が白雪姫に近づいて言いました。

「お姫様、危なかったですね。でももう大丈夫、この悪い人はこうしてやっつけてしまいました。

 わたしたちはこの森に住んでいるこびとです。お姫様は悪い人に命を狙われているのでしょうね。だったら、しばらく私たちの家で暮らしませんか」

 とても親切な様子でしたし、こびとは人形のように可愛らしかったので、白雪姫の緊張は解けました。

「ありがとう親切なこびとさんたち。でもあなたたちのお家へ行くわけにはいかないわ。お城に戻って、お父様に言いつけなければ。お母様が私を殺そうとしたってね! 

 そうだわ、こびとさんたちも来てちょうだい。森番がお母様の命令で私を殺そうとしたって、みんなに話してほしいの。いずれにせよ、わたしを助けてくれたのだから、お礼をしなければいけないのだし」

 すこしの間、こびとたちは無言で顔を見合わせていました。そしてさっきの一人が答えました。

「それはいけません。お城には王妃がいるのでしょう。戻ったら今度こそ本当に殺されてしまいますよ。今は一度私たちの家に隠れていましょう。お姫様がいなくなったと知ったら、王様はきっと探しに来るはずですよ。それを待ちましょう」

 こびとの言うことはもっともに思えました。何より自分を救ってくれたのですから、悪意があるはずがありません。どのみち、ここがどこで、どちらがお城で、どちらが森番の小屋なのかもわからなくなってしまっていましたから、帰るのは難しそうです。

「わかったわ。親切なこびとさんたちの所へ泊めてもらいましょう」

 姫は七人のこびとについて歩きだしました。その少し後に、箒に乗ったイルゼがやってきました。イルゼは森番が血を流して倒れているのに仰天しました。そして白雪姫の姿がないので、不安でたまらなくなりました。こんな森の中で一人きりでは、幻ではない本当の狼に食べられてしまうかもしれません。

 イルゼは森番に魔法をかけて薬を飲ませました。ツルハシが頭に当たったのですから、普通は生きていられませんが、イルゼの魔法の力で、何とか命を取り留めました。

「王妃様、許してください。わたしには、姫様を殺すなんてとてもできません」

「わたしは殺せなどと命じていませんよ。いいえ、今はそれはおいておきましょう。姫はどこへ行ったの? いったい何が起きたの」

 しかし森番は気を失ってから後のことはまったく覚えていないようでした。イルゼは猫の姿で合流したユッテに森番の介抱を任せ、魔法道具の耳飾りを使って、ここで交わされた会話を聞きました。

「姫はこびとの家へ行ってしまったのね。でもこびとなんてこの森には住んでいないはずなのに。 ああ、とにかく探さなくては」

 イルゼは箒に乗って空へ飛びあがり、森のあちこちに目を凝らして、それらしい家を探しました。すると少し離れた所に、小さな丸太小屋が見えました。それこそこびとの家にちがいありません。イルゼは箒の先を向けて、その家へ向かいました。近づくと白雪姫が、まさに小屋へ入ろうとするところでした。

「姫、迂闊にそんな家へ入ってはいけませんよ」

 しかしそれ以上小屋へ近づくことはできませんでした。どうやら結界が張ってあり、近づくとバチっと弾かれてしまいます。

「やはり、誰かほかの魔女見習いの仕業ね」

 イルゼが呟くと、このできごとのいっさいを仕掛けた魔女見習いが箒に乗って姿を現しました。エルフリーデでした。

「ごきげんよう。白雪姫様はしばらくわたくしが預かってさしあげますわ。わたくしが作ったこびとたちがお守りしますから、王妃様にはどうぞご安心なさってくださいな」

「結構よ。わたしが自ら作った隠れ家があったの。そこへ連れて行くつもりだったのに。わざわざ奪って結界の中に入れてしまうなんて、一体何が狙いなの」

「そんなに怒らなくても良いじゃありませんか。どのみち姫を隠そうとしていたのではなくて。わたくしが協力してさしあげるというのに、そんなにお嫌かしら?」

 エルフリーデがイルゼと協力するはずがありません。

「さては、白雪姫をここに閉じ込めておいて、シュネーヴィッテン国の王子と結婚させるつもりなのね。そうすればわたしは国民を幸せにできなくなり落第する」

 イルゼは見事にエルフリーデの狙いを言い当てました。エルフリーデは高笑いしました。

 館入りを目指すエルフリーデにとって、優秀なイルゼと落ちぶれたとはいえ名門一族の出であるヨハンナが有力な対抗馬でした。その二人さえ蹴落とせば、きっと館に入れるはず。

 ヘルガが喋ってくれたことを思い出して、貝殻を通して様子を見てみると、ヨハンナはペドラと争っていて、放っておいても高い評価を得られそうにありませんでした。だからイルゼを落第させることにしたのです。

「あなたは白雪姫を隠してしまって、王子との結婚を阻止しようとしていたのですから、その前にわたくしが攫ってしまえば、あとはもうこちらのもの。もう手遅れですわよ。この結界はかなり強力ですの」

 イルゼは怒って杖を取り出しエルフリーデに無数の氷の刃をお見舞いしました。エルフリーデは炎の傘を出して氷をすっかり溶かしてしまいました。イルゼは解けて落ちてくしずくにキラキラ輝く粉をふりかけ、自らの周りに集めました。集まったしずくはハヤブサの形になって、火の傘に襲いかかりました。

 水と火がぶつかり合って湯気が上がります。しかしエルフリーデの魔力の方が強かったのか、ハヤブサはすっかり蒸発して消えてしまいました。

 イルゼはネックレスを外しました、するとネックレスの鎖は太く丈夫に伸びて、先の飾りが蛇の頭のような形になりました。空流へ放り投げると、この鎖の蛇はエルフリーデめがけて飛び、その腕に絡みつきました。魔女や使い魔を捕まえてしまう道具なので、簡単には解けません。

 エルフリーデは杖を持っている腕を封じられてじたばたしましたが、すぐにネックレスの中から蛇の嫌いなハーブの入ったロケットを開けて鎖の蛇に振りかけました。鎖の蛇は力を失くして地上へ落ちていきました。

 エルフリーデはそのまま小瓶に入った灰をイルゼに向かってかけました。灰はたちまち赤くなって、イルゼにまとわりつきました。これはエルフリーデの屋敷のかまどの灰ですから、容易に消せません。イルゼが逃れると、一粒一粒の灰がまるで蜂の群れのように追いかけてきます。イルゼはたまらずお城へ引き返しました。

 エルフリーデは追い打ちをかけようと後を追いましたが、今度はイルゼの結界に阻まれて、お城の塀より内側に入ることができませんでした。

「まぁいいわ。白雪姫が手に入ったのだから、もう勝負はつきましたわ」

 エルフリーデは不敵に笑って去っていきました。イルゼは這う這うの体で部屋に戻り、魔法の香水を振りかけて、ようやくは灰は燃えるのをやめて床に落ちたのでした。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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