第九章 再び舞踏会へ 第2話

文字数 2,898文字

 一度でいいから叶えたい夢。たった一晩でも願ったとおりになればそれでいい。シンデレラにとって、お城の舞踏会というのはそういうものだったはずです。ヘルガもそのつもりでいましたから、まさかまた行きたいと言い出すなんて思ってもいませんでした。

「やっぱり駄目かしら。そうよね。あんなきらびやかなところへまた行きたいなんて、贅沢よね。たった一回だって、わたしには過ぎた望みだったのに、もう一度なんて欲張っては罰が当たるわね」

 シンデレラはかわいそうなくらい、しゅんと項垂れました。

「いいえ、その、行ってはいけないとは言わないけれど、わたしはてっきり昨日一晩だけのことだと思っていたから」

 ドレスは用意していませんし、何よりまた同じようにするのに、魔法を持たせられるかどうかわかりません。なにせ昨日の大仕事で、すっかりくたびれてしまっているのですから。

 けれど、ヘルガが言う前から、無理に決まっていると思ってしょんぼりしているシンデレラを見ると、断りづらくなってしまいます。

「ヘルガ、何とかしてやるしかないよ。ドレスは何回だって出してやったのに、舞踏会へ行きたいってお願いは一回しか聞きませんってのは、ちょっと道理が通ってないしさ」

 ラルフにそういわれて、ヘルガはとうとう願いを聞くことにしました。

「あなたがそこまで言うのならいいわ。特別に、もう一回だけ舞踏会へ行かせてあげます。この前と同じように、夜にここへ来てちょうだい」

 シンデレラはパッと顔を明るくして、ハトに礼を言って、急いで仕事を片付けてなるべく早いうちに歩地へ来られるよう、早足で屋敷へ帰っていきました。

「どうするのよ、安請け合いして」

「ええ? 最後に決めたのヘルガじゃないか。それに、あのまま聞いてやらなかったら、不幸になったってことで、落第だったかもしれないぞ」

「そうかもしれないけれど、道理がどうとかなんとか言って、言いくるめたのはあなたでしょ。責任を取ってちょうだい。ドレスの材料になるような物を見つけてきて」

「俺一人で? 良い物が見つからないかもしれないし、でかすぎて運べないかもよ」

「引き受けたからには、どうにかしなくちゃいけないでしょう。つべこべ言わずに行きなさい」

 ラルフはぶつぶつ言いながら小屋の壁の隙間から外へ出て行きました。

(困ったわ。移動の魔法だって、昨日のように成功させられないでしょうし、ドレスだって長い間もたせられるかどうか。あーあ、どうしてこんなことになっちゃったのかしら。ラルフに乗せられて安請け合いしなければよかったのに)

 ヘルガはベッドに腰掛けたまま、心の中で愚痴を言っていました。ヨハンナに無理やりたたき起こされたので、なんだか頭はすっきりしないし、体は鉛のように重たいし、これでシンデレラを舞踏会へ送り出すなんて、億劫なことの上ありません。

 ですが、暫くしてヘルガは深い溜息をつき、よっこいしょ、と声をかけてベッドから立ち上がりました。

(まぁ、こうやっていてもしょうがないわよね。もうやると言ってしまったんだから。何とかしなくちゃね)

 ヘルガはえっちらおっちら小屋を出て、墓地の裏手にある川っぺりへ行きました。川が流れる先には、お城の塔が見えました。ヘルガは川に沿って歩いていきます。まだ明るいので、箒に乗ったら目立ってしまいますし、何より余計な魔法を使ったら、夜にシンデレラを舞踏会へ行かせられなくなりますから、歩いていきました。

 ずっと歩いていくと、城の横っちょの通りに着きました。ちょうど、舗装された川辺べりから階段が伸びています。この通りからなら、お城の前の広場は目と鼻の先です。

 ヘルガは今度は反対に墓地へむかって川辺をのたのたと歩いていきました。

 そして墓地に戻るとハシバミの木の下で何度か飛び上がって、親指くらいの太さの枝を捕まえると、ぽっきり折ってしまいました。それを更に適当な長さに折って、余計な枝葉を落としてしまうと、小屋の中で蝋燭をつけて、真ん中をちょっとずつ炙って、炭になったところを杖の先で削って、それを何度か繰り返して細長いくぼみを作りました。

 それから、もう一度川辺へ出て行って、杖の先で地面に何やら魔方陣を描きました。先ほどの枝の先に紐をつけて、川辺の木に括りつけて、川へポチャっと浮かべます。そして呪文をぶつぶつ唱えて杖を振りました。何度か空振りして、ようやく成功すると、枝が人一人乗れるくらいの小舟になりました。

 丸太をくりぬいたような形で、しかし一応へさきは尖っており、全体はやすりがけされていて、ささくれ立ったところなどありません。座る所には毛氈が敷いてあります。

「あんまり豪華じゃないけれど、まぁ、お城の門の前に乗りつけるわけではないものね」

 ヘルガはこの船で川を下ってお城へ送り届けることにしたのです。瞬間移動の魔法よりも、こうやって川の力を使ったほうが、魔力を節約できます。

 小屋へ戻るとラルフが戻っていました。

「どこ行ってたんだよ。もう暗くなっちまうよ」

「ちょっと準備をしていたのよ。それで、ドレスの材料は持ってきた?」

 ラルフは机の上に黄金色のサテンのリボンを引っ張り出しました。金持ちの家のタンスの裏に落ちていたそうです。埃を被っていましたが、金糸の線が入っていて、ドレスの材料にはふさわしいものでした。

 ヘルガは急いでドレスを作りました。といっても、形は昨日の銀のスプーンのドレスと同じでした。色がガラッと変わっていますので、同じだと気がつく人はいないでしょう。

 すっかり暗くなってから、シンデレラがやってきました。ヘルガはいつものようにドレスを着せてやり、ハトを使って川辺へ案内しました。

「今日は船で行ってもらいたいのよ。こちらの都合で申し訳ないんだけれど。見た目はそりゃあ、なんだか頼りな船かもしれないけれど、きちんと浮くし、ちゃんとお城のそばまで行きますからね」

 いざシンデレラに船を見せると、もう少し立派にできたのではないかと恥ずかしくなって、言い訳を並べてしまいます。ですが心の清いシンデレラは、素敵な船だと胸に手を当てて喜び、ここまで準備してくれたことに感謝しました。

「そう? 気に入ってくれたなら嬉しいわ。それでね、この船は一方通行なのよ。この前あなたは走って帰ってきたと思うけれど、帰りは同じように歩いて戻ってきてくれるかしら。こっちの都合で申し訳ないんだけれどね」

「あら、それくらい平気よ。さほど遠くはないんですもの」

「ならよかったわ。あと、今日はちょっといろいろ都合があってね、長い間このドレスを着せていてあげることはできないの。だから、12時には必ずお城を出て戻ってきてね」

 これはヘルガが自身の魔力と体力を鑑みて、ドレスを持たせられる限界の時間でした。

「わかったわ。12時ね。約束は守るわ」

 シンデレラはそういって、ドレスの裾を持ち上げてゆっくりと船に乗り込みました。流石に少し揺れましたが、ひっくり返ることはありませんでした。

 ラルフはこっそり後ろのヘリに乗りました。ハトが紐をほどくと、船は流れに乗って進んでいきました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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