第九章 再び舞踏会へ 第1話

文字数 3,003文字

 風が冷たい季節にしては、珍しくお日様が顔を出して、町中をキラキラ照らしています。そういう気持ちのいい昼間に、ヘルガは藁のベッドの上でのんびり眠っていました。

「まったく。昨晩ちょっと頑張ったからって、昼まで起きれないなんて、魔力が強くなったってのは勘違いだったのかな」

 ラルフは墓地の小屋の中をウロチョロしながら、時々ヘルガの様子を見てぼやいていました。

 すると、小屋の扉をコンコンとたたく音がしました。

「おい、ヘルガ、誰か来たぞ」

 ラルフはヘルガの顔を足先でちょいちょいとひっかきました。ヘルガはボンヤリと目を覚ましました。そして人が来たらしいと聞くと、慌てて顔をブルリと振って、ぼさぼさになった髪をひと撫でしてフードを被り、扉を開けました。

 てっきりマヌエラが遊びに来たのかと思ったのですが、以外にもそこにいたのはヨハンナでした。

「あら、まぁ。この前は王妃様の所にいたわよね。あの時は、なんだか元気がなさそうだったけど、もう大丈夫なの? 自分の課題は放っておいていいの?」

 ヘルガの質問に言葉少なに答えたヨハンナは、小屋の中へ入り、たてつけの悪い椅子に腰掛けて、早速話を切り出しました。

「前に聞いたけど、あなたの対象のシンデレラさんというのは、美しく気立てのいい娘さんなんですってね。

 わたしの対象のマルティン王子は、生涯を共にする伴侶を探して旅をしている。けれど、良い人がなかなか見つからない。イルゼの所にいたのは、イルゼの娘の白雪姫ととマルティン王子を結婚させようと思ったから。そうすればイルゼもわたしも課題をこなしたことになるから」

「まぁ、それはいいわね。王女様と王子様の結婚なんて、素敵だわ。でも、それとシンデレラと何の関係が?」

 ヘルガが首をかしげますと、ヨハンナは椅子のに座ったまま、すこしだけ居住まいを正しました。

「じつは、マルティン王子とシンデレラを結婚させられないかと思って」

「ええっ、シンデレラと王子様が、け、結婚?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまいました。そして突然大声を出したので胸や喉が引きつれて咳き込んでしまいました。ヨハンナはヘルガの咳が収まるのを待って、詳しく話をしました。

「白雪姫とマルティンを結婚させようと思ったけれど、雲行きが怪しくなってきた。万が一イルゼが白雪姫をエルフリーデから取り戻せなかった場合、当然その話はなかったことになってしまう。だから、今のうちに予防線を張りたい。

 あなたのシンデレラは、身分こそ平民だけれど、裕福な家の生まれで、殊更蔑まれるようなことはないはず。それに、身分が低くても、ほかの要素が素晴らしければ、必ずマルティンも気に入るはずだし、運命を覆すことができそう……。それはこちらの話。

 これはあなたにとってもいい話。綺麗なドレスを着て舞踏会へ行って、それで幸せになりました、っていうのは、試験に受かるためには少し弱い。もっと確実な幸せを与えてやれば、合格も確実になる」

 これが実現したら得になりますし、実現しなかったとしても損にはなりません。じつに良い取引です。しかし、ヘルガはちっとも嬉しそうではありません。

「それはねぇ、あまりいい考えだと思わないわよ。だって相手は王子様でしょう? いくらシンデレラさんが素敵な娘だからって、王子様なんて、ちょっと大それているわよ」

「大それているではなく、玉の輿というの」

「言い方を変えればいいってもんじゃないわ。人にはそれぞれ身の丈に合った場所というのがあるのよ。そこから飛び出していってしまったら、幸せどころか不幸になるわ。そんな気がする」

 玉の輿なんて、普通の世界の若い娘なら誰もが一度は憧れるものだと思っていたヨハンナは、ヘルガがシンデレラにそれを望まないので困惑しました。ずっと魔女の世界で育ったので、普通の世界の常識がわかっていなかったのかと、一度は自分の知識を疑いましたが、どう考えても玉の輿は良いことに違いありません。

「最初から順序だてて考えてみて。平民の娘が王宮へ嫁いでいったら、これまでよりも美味しくて栄養のある料理を食べられるし、これまでよりも着心地が良くてきれいな服を着られて、これまでよりも清潔で立派な広い部屋に住めるの。召使も大勢いて、用事はみんなやってくれる。身の丈に合った世界から、もっと過ごしやすい世界へ行くということ。これのどこがいけないの」

「そりゃあ、良い暮らしができるかもしれないけれど、おなじくらい苦労もあるでしょう」

「それは、身分のことで後ろ指を指されたり、姑と仲が悪くなったりするということ? 出自で後ろ指を指されるのは、たとえ王族の出であっても同じ。どこの国の人だからとか、どこの地域の人だからとか、言いたい奴は粗探しする。姑と仲が悪くなるのも、庶民から王族まで、どこの家庭でもある話。ことさら大きな苦労ではない」

「どこの家でもある苦労でも、身の丈に合った場所で起きるのと、会わない場所で起きるのじゃあ、感じ方が違うのよ。本人も嫌がると思うわ」

 何を言ってもヘルガは考えを変えませんでした。歳をとって頭が固くなっているのだろうとヨハンナは思いました。あまり強く勧めたら却って意固地になるかもしれません。

「まぁ、無理にとは言わない。そもそも白雪姫の方が駄目になったらの話だから」

「ええ、そうよ。王子様はお姫様と結婚するのが一番よ。それがお似合いというものよ」

「でも、もしどうしようもなくなったら、シンデレラをマルティンにちょうだい。そうしないと私は落第だから」

 それだけ言って、ヨハンナは去っていきました。

「なんで断っちゃうんだよ。シンデレラが将来の王妃様になるなんて素敵じゃないか」

 ラルフは髭をぴくぴくさせて言いました。

「そんなのは、おとぎ話の中だけの話なの。現実にはあり得ないわ。シンデレラだって、同じように言うはずよ。欲がない娘だから。昨日だって、踊った相手が王子様だったからと、あんなに驚いて、恥ずかしがっていたじゃない。あれがまともな人の反応よ」

 などと話していると、シンデレラがやってくる時刻になりました。ヘルガはハトと意識をつないで待ちます。

 シンデレラはやってくると、木の上に話しかけました。

「ハトさん、昨日は本当にありがとう。今朝目覚めてもまだお城にいた時の素晴らしさが消えていなくて、とても気持ちよく過ごせたわ」

「それは良かったわ。楽しいひと時っていうのは、そうやっていつまでも心に残るものよね」

「ええ。きっと一生忘れられないわ」

 シンデレラはそこで何かをためらうように目を泳がせました。そしてすこしだけ頬を赤く染めて、内緒話をするような小さな声で言いました。

「ハトさんお願い、今夜もわたしを舞踏会へ連れて行ってくれないかしら」

「えっ?」

 ヘルガもラルフも声を上げてしまいました。シンデレラは、恥ずかしそうにもじもじしながら言いました。

「舞踏会は三日つづけてあるのよ。今日も奥様と義姉様たちはでかけるの。それで、わたしもう一度行きたいのよ。そして、王子様にもう一度おめもじしたい。あんなに親切にしていただいたのに、わたしったら浮かれていて、きちんとお礼をしていないから、それだけがどうにも引っかかっているのよ。お別れも言わずに出て行ってしまったし。だから、もう一度お城へ行ってお話したいの」

 ヘルガとラルフは顔を見合わせました。

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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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