第一章 魔女の館 第4話

文字数 2,710文字

「未来の魔女たちよ、魔女の館へよく来た。これより魔女試験を開催する。わたしは試験の見届け人を務める館の魔女、ケルスティンだ。

 わかっていると思うが、魔女は館が主催するこの試験に合格しなければ、正式に魔女と認められず、人間とは違う長い寿命も、世の中をそっくり変えてしまうような強大な魔力も手に入らない。試験に受かれば、普通の人間としてのそれよりも素晴らしい人生を長く楽しむことができるのだ。

 ここへ集った5人はいずれも館の名簿に記されている魔女のもとで修業を積む者たち。20年に一度の機会を無駄にすることなく、全力で課題に取り組み、魔女となりたまえ」

 みな引き締まった顔で聞いていますが、返事をする者はありません。魔女というのはそういう

ではないので当然です。

 ケルスティンはきびきびと話を続けます。

「試験では毎回館が課題を出す。その課題をこなした者は魔女と認められる。特に優秀な成績を修めた者は、『大いなる魔女』様の直属の配下としてこの館に住まい、全ての魔女を監督する仕事を担ってもらう。

 もし課題を望ましい形で果たせなかった場合、または成果が著しく低い場合は落第とみなす。落第した者は釜茹でにして『大いなる魔女』様に供される」

 聞くなりヘルガは恐ろしさに身震いしました。いくら魔女といっても人を茹でて食べてしまうなど、あまりにも惨酷で考えられないことです。『大いなる魔女』様とは全ての魔女の頂点煮立つ存在だと聞いていますが、一体どんな恐ろしい怪物なのかと、恐れずにはいられません。

 しかし、他の人たちは誰も顔色を変えていません。絶対に合格する自信があるのでしょうか。それとも魔女たるものこの程度のことを恐れはいけないのでしょうか。

「諸君の課題の出来をどう評価するかは、見届け人のわたしの胸次第だ。賄賂やゴマすりは……、大いに結構。ただしわたしが見返りをくれてやるかどうかは定かではない。魔女とは無慈悲で気まぐれなものだからな。

 わたしは結果だけでなく課程もしっかりと審査するつもりだ。そのため試験の最中はこの部屋で諸君の活躍を見守らせてもらう」

 ケルスティンが腰のベルトにさした杖を一振りすると、真っ暗だった部屋の窓という窓に、風景が映し出されます。都市であったり、森の中であったり、畑のなかであったり、様々な場所の夜景です。つまりこの窓を除けば、遠く離れた所が見えるということです。これを使って五人の見習いたちを見守るということなのでしょう。

「気が向いたら出向いて直接見物させてもらうが、まぁ、あまり緊張しすぎず、いつも通りでやってくれたまえ。また、そこにいるペドラはわたしの補佐役だ。彼女も諸君の様子を見に行くと思うが、それは承知しておいてくれ」

 ドアの前でじっと立って待機していた色黒の魔女が素早く目を動かして一同を見回しました。そしてまた少しうつむいてしまいました。堂々としたケルスティンとは違って、ずいぶん陰気な魔女です。

「それでは課題を発表しよう」

 ケルスティンがまた杖を一振りすると、どこからともなく額縁が現れて、五人の目の前へ降りてきました。ヘルガの前にはひし形の額縁が来ました。ただ、この額縁は絵がはまっておらず、向こう側が丸見えでした。

 すると、ほどなくして額縁の中がうっすらと光り、人の顔が映し出されました。絵画のようではなく、額縁の向こう側にその人が立っているかのように、目で見た通りの人間がの姿なのです。ただこれが本物ではないことは、全てが薄い光の濃淡で浮かび上がっている事でわかります。いずれにせよ素晴らしい魔法に違いなく、また幻想的で美しかったので、ヘルガは思わずぼうっとしてしまいました。

 額縁の中の人は愛らしい若い娘でした。ただほっそりとしていて、未ぼらしい服を着ていたので、きっと貧乏な家の娘なのでしょう。

「課題はこの額縁に浮かび上がった人物を魔法の力を使って幸福にすることだ。どうやって幸福にするかは、諸君に任せる。期限は一ヶ月だ。一ヶ月の間に彼らを幸せにしなければいけない。出来なかったら落第だ」

 幸せにするとは、簡単なようでとても難しい課題です。世の中には数え切れない人がいて、それぞれの幸せはまったく異なるのですから、数えきれないくらいの幸せの中から、その人に見合った幸せを見つけてあげなければいけないのです。

 しかも、人にとっての幸せというのは変化するものです。若い頃これこそが幸せだと思っていたことも、年を取ってから幸せを感じなくなることもしばしばです。手にいれた途端、色あせる幸せもあります。

 それに額縁の中の人物には、会ったこともないし、どこに住んでいるかもわかりません。どうしてその人の幸せを見極められるでしょう。そしてどうやってその人を幸せにできるでしょう。

「額縁に人物の名前が記してある。名前だけわかれば、探し出すことは造作もないだろう。それくらいの魔法なら、見習いでも使えるはずだ」

 まるでヘルガの心を読んだように、ケルスティンは言いました。

「君たちは修行を積んで試験を受けるくらいの力を身に着けているのだから、わたしがこんなことを言うのはとんだお節介なのだが、とにかくまずは対象のいるところへ行って観察することから始めるのがいいのではないかね」

 これまた、途方に暮れているヘルガへやるべきことを教えてくれたようにも思えました。ただ、ヘルガには探し出す方法すらまったく見当もついていません。

 話はそこで終わりました。額縁はすっとヘルガの前から離れて、窓と窓の間の壁に張り付きました。額縁が行ってしまう前に、ヘルガは縁に書いてある名前を必死に覚えました。

(シンデレラ、ね。シンデレラ、シンデレラ。それがあの娘さんの名前ということよね)

 何度も反芻して頭に刻み込みます。最近は物忘れがひどいので、こうでもしないと覚えていられません。ほかの人たちはきっとそんな苦労もないのだろうなと、ちょっと羨ましくなりました。

「それでは今日から一ヶ月、課題に取り組んでくれたまえ。諸君の健闘を祈る」

 ケルスティンは最初と同じようにさっそうと部屋の中央を歩いて扉から出てゆきました。その後にペドラも続きます。ペドラは扉の方へ振り返る直前、ヨハンナに鋭い視線を送りました。ヨハンナも険しい顔をしてその視線をまっすぐ受け止めてました。

 この二人の間にある、のっぴきならない感情の交錯は一瞬の出来事でしたからほかの人たちは気がついていません。扉が閉まるとヨハンナは少し息を吐いて、強張った肩の力を抜きました。

 さて部屋に残った魔女見習いたちは、早速それぞれに行動を起こし始めました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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