第九章 再び舞踏会へ 第7話

文字数 2,974文字

 しかしヘルガの人生は吹雪の森で終わりませんでした。たまたま通りかかった師匠の魔女に助けられたのです。魔女の住まいで五日間養生すると、師匠の魔女は村へ戻りたいか訊ねてきました。

 村の人たちは、吹雪の森で迷ってどこかで野垂れ死んだと思っているかもしれません。ひょっこり戻ったらきっとびっくりさせてしまうでしょうし、なによりまたお荷物になるのは気が引けました。さりとて、ほかに身の置き所もありません。

「まぁ、なに、行くところがないなら、ここで暮らしたらどうだい」

 との言葉に甘えて、そのままずるずる居つきました。師匠の手伝いをしているうちに自然と魔法を学ぶことになりましたが、それもなりゆきです。そして師匠から魔女試験を受けるよう言われました。

「魔女は誰でも受けるものだから。そういうものだから」

 と言われ、それならばと魔女の館へ行ったのです。魔女の世界へ来てからも、ヘルガは

に逆らったことがありませんでした。

 シンデレラが王子と愛し合い、もしかしたら結婚するかもしれないなんて、ヘルガにとって、

への反抗です。だから、受け入れられません。

 マヌエラはキイチゴのジャムを挟んだスコーンに手を伸ばしました。

「まぁ、ばあさんのいうこともわからなくないよ。

って思っときゃあ、痛みも悲しみも恨みも薄れるし、あれこれ考えなくて済むし、動き回る必要もないから楽なんだよね。それが幸せってこともあるだろうさ。

 けど結局それは誤魔化しなのさ。それで幸せだって思うのは、誤魔化しがきくくらいのマシなところで生きてる人間だけだろうね。あたいなんかは誤魔化しが効かなかったから、結構あれこれやってみたよ。最後は危なかったけど、魔女の世界に来れたんだから、

に逆らって良かったと思ってるよ」

「じゃあ、あんたはシンデレラが王子様と結ばれた方がいいっていうのかい?」

 ラルフが大粒のブドウを一粒もぎ取って言いました。

「いいや。たった一回で惚れたってのはどうも信用ならないね。その王子は惚れっぽい性格で、結婚しても次から次へと浮気するだろうよ。まぁ、男なんてろくでもない奴ばっかりだからね、誰と結婚したってどっこいどっこいさ。その点、金と立派なお城は、男がろくでなしかどうかとは関係ないからね、そう考えりゃあ、やっぱり玉の輿ってのはいいもんだよ」

「あの王子様はそんなひどい奴には見えなかったけどなぁ。でも、そう考えると、王子をあきらめて、ヘルガの言うちょうどいい相手を探しても、そいつがろくでなしの可能性だってあるもんな。そうなると、何がシンデレラにとっていいのかわからないや」

 ヘルガは食べかけのお菓子を放ったまま、ぼうっと二人の会話を聞いていました。

(本当にそうね。どうするのが一番いいか、わからないわ)

 前にもこんなことがありました。課題の最初の頃です。家を作ってやろうとか、色々考えましたが、最後はシンデレラ本人の望みを聞くことにしたのでした。

(だけど、わたしの力じゃ、舞踏会に連れていけないのよ)

 急に情けなくなりました。魔女だというのに願いをかなえてやれないことも、平民の娘は王子と結ばれないもの、ということを持ち出して、自身の力不足から目を背け誤魔化していたことも。

 マヌエラはしばらくラルフとおしゃべりをして、お菓子の家へ戻っていきました。その頃には雨は小降りになっていました。

 ラルフはマヌエラが残していったお菓子の側でゴロンと横になっています。ヘルガはもうしばらくぼうっとしていましたが、意を決して立ち上がり、箒を持って小屋の外へ出て、空へ飛びあがりました。飛ぶ力など残っていないので、いつにもましてフラフラの低空飛行でしたが。

「マヌエラさーん、待ってちょうだい」

 フラフラしながら、何とか前方に目当ての人影を見つけると、ヘルガは声を張って呼び止めました。

「なんだい? 忘れ物でもあったかな」

「お願い、わたしを手伝ってほしいのよ。シンデレラを今夜、舞踏会へ連れていきたいの」

「ええ? 行かせないって言ったんじゃないか。王子とくっつくのは嫌なんだろ」

「それはやっぱり反対なのよ。でもシンデレラだって、このままだったらいつまでも気持ちを引きずってしまうわ。あの娘が言うように、区切りをつけるために、会せるべきなのよ。

 だけど、本当にわたしに力が残っていないから、マヌエラさんに手伝ってもらいたいの。お願いよ、俺は必ずするから」

「なんであたいが? 嫌だね。他の奴の、ましてばあさんの手伝いなんてまっぴらだよ。ばあさんからのお礼なんて、たかが知れてるだろうしね」

 それでもヘルガは何度も何度も頼み、遂にマヌエラは根負けしました。

 ヘルガがマヌエラを連れて墓地へ戻ると、ラルフは突然ヘルガが飛び出していったので目を白黒させていました。ヘルガはやっぱりシンデレラを舞踏会へ連れて行くと、ラルフにドレスの材料探しを言いつけました。お菓子をたくさん食べて動くのがおっくになっていたようで、ぐずぐずいっていましたが、ヘルガが首をつまんで小屋の外へ出すと、仕方なく材料を探しに行きました。

「お城へ連れて行くのに、前は移動の魔法を使ったの。その次は船だったけど、今の私にはどちらも無理なの」

「移動の魔法はあたいも苦手さ。じゃあ乗り物を作ってやるっきゃないんじゃないかい。船だと行ったっきりになるし、この天気じゃあ雨に濡れちまう。やっぱり馬車がいいんじゃないか。いいよ、あたいが用意してやる」

 マヌエラはため息交じりで馬車を作るために外へ出ました。この前ヘルガが船を作ったのと同じように、何かを変身させるはずです。ヘルガは材料くらいは用意した方がいいかと小屋の中を見回し、前にドレスの材料にならないかと持ってきておいたカボチャを取り出し、マヌエラに渡しました。

 マヌエラはもっと馬車らしい形のものが良かったとか、ぶつぶつ言っていましたが、魔法陣を描いて、そこにカボチャを乗せ、杖を二振りしました。すると変え愛らしい丸い馬車が現れました。

「すごいわ! あのカボチャがこんな素敵な馬車になるなんて」

「まぁ、ちょっとカボチャの形丸出しだけど、こんなもんだろう」

 馬が必要だと、マヌエラはハシバミの木のハトを白馬に変身させました。

 そこへラルフが戻ってきました、めぼしいものがなかったようで、持って帰ってきたのは割れた陶器の破片や、うっすら水色に見えるガラスの破片だけでした。

「これでドレスになるかね、ガラスは透明だから、服には向かないんじゃないか?」

「そうね。でも陶器の破片と組み合わせたら、良いかもしれないわ。マヌエラさん魔法陣を描くのを手伝って」

 ヘルガはドレスの形を葉っぱに書いたあと、マヌエラと交代しながら魔法陣をかき、その上に陶器の破片とがエラスの破片を置きました。

「これでいいわね。それじゃあ、シンデレラを呼んできましょうか」

「誰が呼びに行くのさ」

 いつもはシンデレラが墓地へ来ていたので、こちらから呼びに行ったことはありません。それに二羽のハトは白馬に変身しています。

「もう舞踏会は始まってるんじゃないかな。急がないと」

 ラルフに急かされて、ヘルガはとうとうこう言いました。

「わたしが馬車でお屋敷へ行って、そのまま舞踏会へ行かせるわ」
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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