第六章 魔女たちの争い 第6話

文字数 2,965文字

 けれど、矛盾に気が付いたからと、ヘルガはすぐに考えを変えられませんでした。マヌエラも、まったく眼中になかった、試験のあとのことをを突きつけられて、とまどっています。

「まぁ、それはお互い試験が終わるまでに考えておくしかないね。それじゃあ、あたいはちょっと別の所へ顔を出してくるよ」

 そう言ってマヌエラはまた飛びたってしまいました。

 ヘルガとその姿を見送ったラルフは、ヘルガの肩の上で言いました。

「マヌエラもするどいね。シンデレラは、このまま墓地に来られるときだけ、着せ替え人形みたいにして遊んで、それで終わりっていうのは、やっぱりダメなんじゃないかな」

「そんなことないわよ。それだけだって、幸せな思い出になるはずよ。世の中にはそれがまったくない人だっているのだから、十分幸せになったとわたしは信じてるわ」

 ヘルガの頭は柔らかくないので、せっかくマヌエラが教えてくれた矛盾をつっぱねました。

「それじゃだめだよ。ヘルガ自分で言ったんじゃないか。試験が終わってヘンデルとグレーテルを放り出すのはかわいそうだって。シンデレラは放り出してもいいっていうの?」

 ラルフは根気よくヘルガの前に矛盾を突きつけました。

 小さな兄妹は、もともととても貧しくて、そのうえ子どもですから、放り出されて生きていくことができません。シンデレラは裕福な家の娘なのですし、若いといっても子どもではありませんから、放り出されても踏ん張って生きていくことができるだろうというのが、ヘルガが考えた理由でした。

「そんなの屁理屈じゃないか。さっきシンデレラは子供みたいな服を着ていてもおかしくないって、それも自分で言ってたくせに。まぁ、ヘルガみたいなおばあさんだと、誰でも子どもに見えるかもしれないけどさ。

 俺は心配なんだよ。これもヘルガが言っていたことだけどさ、マヌエラが二人をお菓子の家に連れてきただけで、試験が終わったら放り出すっていうのは、本当に幸せにしたことにはならないって。ヘルガもこのままドレスを出すことだけ続けてたら、同じことを言われて落第になるかもしれなんだよ。そしたら全部終わっちゃうじゃないか」

「そんなこと言ったって、着飾ってみたいっていうのはシンデレラの望みなのよ。あの娘、他に何も望まなかったじゃない。望んでもいないことをやらせたら、それこそ幸せじゃないわ」

 そうです。本人の気持ちこそが大切なのです。ヘルガはそれ以上このことを考えるのをやめました。ラルフは釈然としないようで、ずっとぶつぶつ言っていました。

 さて、マヌエラは他の誰の所へ行くか決めずに、空の上をゆっくり旋回していました。

(試験が終わった後か。あんまり考えてもいなかったけど、あの子たちにこの世界には居場所があるなんて言った手前、放り出すってのはやっぱりないよねぇ。だからって、あたいが母親になるってのは、しっくりこないんだよね。

 グレーテルはあたいの弟子にしてやるって手がある。あたいも試験のあとはいっぱしの魔女なんだから、弟子を取ったっていいわけだ。それに色々手伝ってくれる人間がいるってのは便利だろうからね。なにより魔女になるってのは、普通の世の中で女として生きていくより、よほどいいんだ。弟子にしてやって魔女に育ててやるのが、幸せにしてやるってことじゃないか。

 ヘンデルはどうしようね。男だし、魔女の世界じゃ無用の長物。まぁ、賢いし見た目もそう悪くないだろうから、グレーテルと一緒にあの家に置いておいて、将来はどこか魔女の一族に婿入りさせりゃあいいかな)

 などと考えていると、首にかけた小さな笛がピーピー鳴りました。この笛は、お菓子の家とその家を作る魔法陣が危なくなったときに鳴るのです。マヌエラは急いで戻っていきました。

 空から見て、お菓子の家は何ともありませんでした。ほっと胸をなでおろしましたが、次の瞬間、煙突のパンが消えてしまいました。屋根の干しブドウのパンも一枚一枚消えてゆき、骨組みのジンジャークッキーが見えています。何者かが魔法陣に近づいたに違いありません。マヌエラはすぐに、お菓子の家の材料があり拠点の小屋へ行きました。

 小屋に入ると、中にはつやつやした長い毛をした猫が、机の上に並んだお菓子を囲む魔法陣をひっかいていました。

「くそ猫め!」

 マヌエラは杖を振って水鉄砲を浴びせました。猫は驚いて机の上から飛びのき、牙をむいて威嚇しました。

「誰の使い魔だい。あたいを邪魔するなんて、いい度胸じゃないか」

 マヌエラはスカートの下からポプリケースを取り出て、猫の側に投げました。

 猫はポプリケースが気になって仕方がないようで、ちらちらとみていましたが、ついに誘惑に負けてポプリケースに花を押し当てて、ゴロゴロと喉を鳴らし、仰向けに寝転がってしまいました。

「マタタビで作ったちょっとしたものさ。他の魔女が邪魔しに来るなら、使い魔を大人しくさせると戦いやすくなるからね。準備しておいてよかった」

 マヌエラは猫を持ち上げて、蓋つきのバスケットの中に閉じ込めてしまいました。もちろん魔法の道具なので、容易に開きません。それから壊された魔法陣を書き直し、結界をもう一度強く張って、バスケットを持ち外へ出ました。

「あんたの飼い主にご挨拶しないといけないからね」

 マヌエラは森の奥の滝壺の真上へ来ました。

「いいかげん出てきな。でなきゃ、この使い魔を滝に放り投げちまうよ」

 すると、すぐに森の中から箒に乗った人物が浮かび上がってきました。エルフリーデでした。

「あなたのような人、使い魔であしらえばいいと思っていましたが、少し甘かったようですわ。カトリンをお返しなさい」

「はいどうぞ、なんて返すと思うかい?」

「なら、力づくですわ!」

 エルフリーデは急に箒の速度を上げてマヌエラに近づき、右手の杖から火の玉を出しつつ、反対の手に糸巻を握り、その白い糸を伸ばして、バスケットをからめとろうとしました。マヌエラは火の玉を避け、伸びてきた糸の端をわざと杖の先に絡ませると、冷酷にバスケットを下に落としました。かわいそうに、エルフリーデの使い魔のカトリンは滝壺へ真っ逆さまです。

 しかし、バスケットが水にどぶんと沈んだ後、急に川の水が溢れて、こんな川に似つかわしくない、巨大な魚の姿になりました。カトリンはシャチに変身する魔法をかけられていましたが、エルフリーデは水に浸かるとシャチになるように新たに魔法をかけていたのでした。

 狭い川でしたが水の中であることにかわりありません。カトリンは命を失うことはなかったのです。マヌエラは驚いて、思わず動きを止めてしまいました。

「わたくし相手によそ見なんて!」

 エルフリーデは杖の先を糸に着けました、すると青白い炎が糸を伝ってマヌエラの杖の先から腕へと渡っていきました。マヌエラは体が焼かれると思って、必死に抵抗し、何とか糸を切りました。ただ、腕をひどく火傷してしまい、逃げざるを得ませんでした。

「わたくしが家を壊すなんて、そんなちんけな妨害をするとお思い? せいぜい火傷を治してがんばりなさいな。きっと後で落第することになりますから」

 逃げ去るマヌエラにエルフリーデは意地悪い言葉を浴びせます。そしてカトリンを救い出すと、そのまま去っていきました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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