第九章 再び舞踏会へ 第3話

文字数 2,982文字

 ここからヘルガはラルフを通してシンデレラを見ます。魔法の力で動かす船は、川の流れの力を借りて、すいすいと流れていきます。曲がり角やすこし流れが急になったところでは、ぐらっと揺れて、船べりに水が跳ねましたが、シンデレラが濡れるようなことはありませんでした。

 シンデレラも怖がることなく、むしろ真夜中の舟遊びを楽しむかのように、月明かりに照らされた街並みを眺めていました。

 城の側まで行くと、ヘルガは船を止めました。そして舗装された土手の階段の方と近づけてやります。この時は川の流れに逆らっているので、すこし魔力がいります。

 シンデレラはそドレスをたくし上げて、落ちないように粗末な階段を上り、お城の広場へ続く通りへ出ました。そしてお城の方へと早足で歩いていきます。ラルフもちょろちょろとその後に続きます。

 小舟はシンデレラが去ってからすぐに小さな枝に姿を変えて、ゴミのように川を流れていきました。帰りは使わないので、最初からそうするつもりだったのです。

「ずっと船の形を保っていたら、魔力がいくらあっても足りないものね」

 後はシンデレラとラルフと意識をつないでおくだけです。ヘルガは藁のベッドに腰掛けて、ラルフの目から見える風景に意識を向けました。

 この前ネズミがいると見つかって大騒動でしたので、ラルフはシンデレラのドレスの裾の下へもぐって会場へ入りました。

「よし。これで何とかなったな。さて、シンデレラがよく見える場所で、それでいて見つからないところへ行かないとな。箒で潰されるなんて嫌だぜ」

 ラルフはさりげなくスカートの下から出ると、壁にぴったりと沿って走り、壁の彫刻やドアノブ、手すりなどをつたって、壁にくっついた燭台の柄の所に身を落ち着けました。

「こりゃあいいや。蝋の受け皿が影になって、ここは却って暗いから気が付かれにくいし、あったかいし、高いところだから会場を見渡せるよ。ほら、シンデレラもちゃんと見えるだろ」

 確かにラルフの視界には、金色のドレスを纏ったシンデレラの姿があります。

「ちょっと遠すぎるわよ。よく見えないわ」

 ヘルガの目にはボンヤリとしか姿が見えません。これではドレスが消えてしまうのではないでしょうか。

「大丈夫だって。今はどこも消えかかってないよ。多少見えなくても何となるんじゃないのか」

 ラルフは気楽に言いますが、ヘルガは気が気ではありません。もっと若ければ、この舞踏会会場の隅から隅まで見渡せたはずなのに。他の魔女見習いたちの若さが羨ましくなります。

 でも、いくら魔女でも若返ることはできません。ヘルガは眼をしょぼしょぼさせながら、シンデレラのぼんやり見えるシンデレラの姿を追いかけました。幸い、金色のドレスは、それはそれは目立っていましたので、見失うことはありませんでした。

 また昨日の美しい娘が現れたと、青年たちは色めき立ちました。そして何とか仲良くなろうと、次々と名前や住まいを尋ねにきました。

「名乗るほどの家のものではありません。すみませんが人を探しておりますから、お話はまたこんど」

 シンデレラはそうやって、上手く正体を隠しました。そうやって人々を描き分けて歩き回っていると、やっと王子を見つけました。

 王子の方もシンデレラを見て顔を輝かせました。じつは彼も、昨日のあの美しくて気持ちのいい娘に会えはしないかと、その姿を探していたのです。

 二人は磁石のように歩み寄りましたが、シンデレラは先に足を曲げてお辞儀しました。王子様と知ってしまったら、もう昨日のように馴れ馴れしくはできません。

「王子様、昨夜はとんだご無礼をいたしました。王子様だとは知らなくて、わたし、とても不躾で生意気な態度でしたわ。どうかお怒りにならないでください。

 それから、初めて舞踏会へ来て、右も左もわからないわたくしのような者に、あんなに親切にしてくださったこと、心からお礼を言います。王子様なんてとても偉い方なのに、とてもお優しいのだと、感動しました。

 今日は、そのことを伝えようと思って来ましたの。昨夜はわたし驚いてしまって、ご挨拶もせずに帰ってしまったので、それもとても失礼だったと、心苦しかったのです」

 そんなこと、王子はまったく気にしていませんでした。

「お嬢さん、顔を上げて。そんなに畏まらないで。昨夜のように気兼ねなく話してください。わたしはまたあなたと過ごせるのではないかと期待していたのですよ」

 シンデレラは恐縮しながら、王子が差し伸べた手をとりました。

「昨夜のようになんて、畏れ多いです。わたしなんて、本当はお側に近寄ることも叶わない娘なのに。ましてダンスを踊るなんて、とてもできませんわ」

「近寄ることも許されないなんて、謙遜が過ぎますね。あなたはこの会場の中で、一番わたしの隣に相応しい人だ。それにわたしの心に従えば、やはりあなたと踊りたい。あなたは踊りたくない?」

 シンデレラはその問いにフルフルと首を振りました。

「いいえ。お許しいただけるなら踊りたいですわ。昨夜のように」

 そして、シンデレラと王子はダンスフロアへ立ち、音楽にのって踊り始めました。

「シンデレラったら。感謝と謝罪をしたいだけと言っていたのに、ダンスなんか始めちゃって。何を話しているのかしらね。聞こえないわ」

「そりゃしょうがない。がやがやしてるし、こんなに離れてるからね」

「ちょっと近づいてみてちょうだいよ」

「嫌だよ。また見つかって大騒ぎになるぞ」

 もどかしいですが、このまま見守るしかないようです。

 踊る二人はまた優しい声色で語り合っていました。

「お嬢さん、あなたの名前が知りたい。こうして呼びかける時に不便だから」

 王子もやはりシンデレラの素性を知りたがっていました。

「わたしの名前なんて、お知りになる必要はありません。だってわたしに呼びかけることなんて、今夜12時を過ぎたら、もうないのですから」

「それはどういう意味ですか。 わたしは今夜を過ぎても、あなたと語り合いたいし、踊りたいと思っているのです」

「なんてうれしいお言葉。でもそれは叶わぬことです。わたしは今日は12時きっかりに、家へ戻らなくてはいけません。そして明日の舞踏会にも、その後に開かれるどんな集まりにも顔を出しません。あなたとこうしていられるのは、もう今日かぎりですのよ」

「そんな悲しいことを言わないでください。もし遠いところに住んでいるというなら、住まいを教えてください。わたしが迎えに行きますから」

「わたしがどこに住んでいるかは関係ありません。たとえお城の隣に住んでいたとしても、もうこれっきり会うことはないのです」

 どうして名前さえ教えてくれないのでしょうか。それに今後はもう会えないなんて悲しいことを言うのでしょうか。王子はすっかり困ってしまいました。

「あなたはわたしがお嫌いですか。そんなことはないでしょう。こうしてお一緒に踊っているのだから。ならば名前でも、住まいでも、あなたの手がかりを少しでもいいから教えてください。何か理由があってもう二度と会えないというのなら、わたしがあなたを探しに行きます。それほど、わたしはあなたに焦がれているのです。できることなら、今夜はこのまま城に閉じ込めて、ずっとわたしの側にいてほしいとすら思っているのですよ」

 王子は真剣にそういいました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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