第十二章 めでたしめでたしの先へ 第4話

文字数 3,035文字

 ラルフはお城の中で、王子様が大臣と話しているのを聞いたそうです。

「王子様はシンデレラが遠くから来た娘なんだと思っていて、ガラスの靴を持たせたお使いを田舎から順番に回らせているんだそうだ。だからお城のあるこの町へくるのは最後の最後、そうなると魔女試験が終わっっちゃうぜ。だけどヨハンナから聞いたよ。お使いを魔法でシンデレラの家に来させちまうんだろう。それなら心配ないや」

 わざわざお城へ行って調べた甲斐がないというものでしたが、厨房に忍び込み、高級なチーズや色々な残飯を食べられたので、ラルフは満足でした。

「それなら早くマヌエラを連れてきてガラスの靴をいじれるようにして貰おうよ。それができれば、今すぐにでもお使いをシンデレラの所へ連れてこれるんだろう。はやいとこ決着をつけちゃおうぜ」

「わたしもそれが良いと思うんだけど、マヌエラさんは5日間ほど帰ってこないって」

 その間、ガラスの靴を持ったお使いたちは、迷路の中でぐるぐる回っていてもらえばいいのですが、ラルフとしては少しじれったいです。

「5日ほど帰ってこないって、ペドラが言ったの? 信用できない。あの魔女は卑怯者。あなたを落第させるために嘘を言っているかもしれない」

 ヨハンナは疑いました。

「そうかしらね。でもあの人がわたしを落第させる意味ってないし、なんだ嘘を言っているようには思えないのよね」

「はぁ……お気楽な人。わたしはすぐにでもマヌエラを探した方がいいと思う。試験期間はあと少し。5日待ったら残り4日になってしまう。マヌエラに何か用事があったとして、ちょっと戻ってきてガラスの靴の魔法陣を描いてもらえれば、あとはあなたが何ともできるでしょう」

「でもねぇ、マヌエラさんを邪魔しちゃ悪いしねぇ。待つことにするわ。

 ペドラさんは、むかし卑怯なことをしたかもしれないけれど、今はわからないじゃない。誰だって好き好んで卑怯になるわけじゃないんだから、これから卑怯なことをするとも決まってない。だから信じてみるわ」

 ヨハンナはその言葉を聞くと、反論する気を失ってしまいました。

「ヘルガは最近前向きだね」

 ラルフが言いました。

「そうかしらね。でも後ろ向きよりいいと思わない。

 それに、シンデレラが王子様の所へ行くときに着るドレスも用意してあげなきゃいけないしね。なんだか最後に作って以来、ずいぶん時間が経った気がするから、上手くできるかわからないけどね」

 その日はもう暗くなりましたので、ヘルガは休むことにしました。ヨハンナも暇つぶしだと言って、しばらくここに留まることになりました。

 ラルフはエメリヒが怖くて、せめて別の場所に泊ってほしいと思いましたが、ヘルガは気にせずにいますし、エメリヒに面と向かってそれを言う勇気はありませんでした。エメリヒはそういうラルフの気持ちがわかっていましたので、寝る時は小屋を出て行ってくれました。

 翌日から、ヘルガはペドラが残してくれた魔法陣と地図を使って、迷路の出口とシンデレラの家をつなぐ地図の魔法をかけました。

 ヨハンナはペドラがそんなに気前よく地図や魔法陣をよこしたのかと、やはり罠なのではないかと疑いましたが、作業するヘルガの傍らで検分したところ、なにも裏がないことがわかり、不思議なこともあるものだと思いました。そして、最後はヘルガを少し手伝ってやりました。

 ヨハンナのおかげもあって、魔法は完成しました。

 それからドレスの材料探しをしました。もう秋も深まってきて、あたりは黄色や赤に染まった落ち葉くらいしかありませんでした。

 落ち葉は最初に使った材料でしたので、同じものを使うのは手抜きのようで気が進みません。

「それにね、きっとその時はシンデレラの晴れの日になるわけだから、特別なドレスにしたいのよ。夜会服ではないから、そこまで派手にすることはできないけど、パッとして、誰もが見とれてしまうような、素敵なドレスじゃなくっちゃね」

「ガラスや陶器で作ったドレス以上の特別なドレスなんてある? 良いじゃないまた落ち葉でも」

 ヨハンナはそういいましたが、ヘルガはこだわりました。

「いいえ。それにシンデレラは赤とか黄色とかよりも、青とか紫とか、薄い緑とか、そういう色が似合うのよね。紅葉じゃあだめなのよ」

「じゃあ、もう宝石でも使ったらどう。エメラルドとかトルコ石とか、どこかから盗んでくればいい」

「まぁ、泥棒は良くないわ」

 ヘルガはラルフを連れて町の中から郊外の林の中まで、材料を探しました。なかなかいいものが見つかりません。

 夕方になって、トボトボと戻ってくると、墓地のハシバミの木の上で、二羽のハトがクルクルと鳴いていました。

「そういえば、ハトさんたちには、もうここでシンデレラと話してもらったり、様子を見てもらう必要もないのよね。長いこと付き合わせてしまったけれど、もうここを離れて自由にしていいのよ」

 ヘルガは杖を振って最初に巣箱に賭けた魔法を解きました。二羽のハトはバサバサと夕暮れの空をくるくると輪を描いて飛びましたが、すぐにハシバミの木に戻ってきました。

「へぇ、この木が気に入っているみたいだよ」

「あら、そういうことなら、いつまでも住んでくれていいわよ」

 ふと木の根元を見ると、ハトの羽が落ちていました。根元の方は白いですが、先の方へ向かって青みがかった灰色に染まっていて、先っぽが黒くなっている者もあります。

「そうだわ。これでドレスを作ったら、シンデレラにぴったりだと思わない?」

「うん。羽っていうのは初めてだしね。やってみたらいいんじゃないの」

 早速ヘルガは羽を持って小屋へ戻り、葉っぱの上に魔法陣を描いてドレスを作りました。

 ただ、これまでの舞踏会用のドレスとは違いますので、最初にできたドレスはなんだか古臭くて、ヨハンナに酷評されてしまいました。二日かけて何度かなおして、ようやく綺麗なドレスを作ることができました。

 もうすぐマヌエラもお菓子の家へ戻ってくるはずです。準備万端となりましたので、このことを知らせるためにシンデレラの屋敷の勝手口を叩きました。

 出てきたシンデレラはヘルガかから話を聞いて、とても喜びました。

「いいこと。その日になったら、まず墓地へいらっしゃい。そしてわたしが用意した綺麗な洋服に着かえて、お屋敷の近くに隠れて、王子様のお使いを待つの。そうしたら私がお使いをお屋敷の前まで連れてきますからね。それでガラスの靴を履けばいいの」

「わかったわ。朝の仕事が終わったら墓地へ行くことにする。ありがとうおばあさん」

 二人は具体的な段取りを相談してその日は分別れました。ヘルガは墓地ですっかり安心して眠ってしまいました。

 その日の夜中、またシンデレラの家の勝手口をたたく人がいました。眠っていたシンデレラは、またヘルガが来たのだと思って、起きて戸を開けました。しかしそこに立っていたのはヘルガではありませんでした。

 金髪をひっつめにして、山高帽を被った、痩せた若い娘でした。彼女は紫色の美しい瞳を怪しく光らせて笑いました。

「あの、どちらさまでしょうか? こんな夜更けに何のご用で?」

 シンデレラはなんだか怖くなって、戸口に隠れるようにしながら尋ねました。

「こんばんわ。こちらのお宅に用事があってまいりましたの。中に入れていただけるわね。シンデレラさん」

 娘は強引に勝手口を押し広げて、シンデレラを押し込むように、するりと中へ入ってしまいました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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