第九章 再び舞踏会へ 第8話

文字数 3,041文字

 シンデレラは驚きました。継母たちを見送った後、玄関の呼び鈴が鳴るので、夜更けにどんなお客だろうと出てみたら、丸い可愛らしい馬車が停まっていたのですから。

 馬車の中から、腰の曲がったおばあさんが下りてきました。フードせいで顔はよく見えませんでした。

「シンデレラさん、あの、驚かないでほしいんだけれど、わたしはずっとお話していたハトなのよ。ちょっと事情があって、ハトを通してあなたとお話していたんだけれど、今日はまたちょっと事情があって、本当の姿であなたの前に出てくることになったんだけれどね……」

 ヘルガはもじもじして、上目遣いでシンデレラの顔をみました。みすぼらしいおばあさんを怖がったりしないかと気がかりでしたが、それは杞憂でした。

「まぁ、声でわかるわハトさんだって。でも、本当はこんなふうなおばあさんで、不思議な力を持っている。もしかして魔女とか?」

「ええ。そうね。お母様があなたのために遣わした魔女よ。この馬車はね、あなたを舞踏会に連れて行くために用意したの。やっぱり今日も、12時までしかいさせられないのよ。だから早く着替えて」

 ヘルガは畳んだぼろ布を取り出して広げました。そこにはハシバミの木の下にあるのと同じ魔法陣が描いてあります。シンデレラはそこに立ってドレスに着替えました。

 陶器の破片をもとにした白い彫刻のような生地の上に、ガラスの破片をもとにした、薄青い透明の生地が重なって、幻想的で美しいドレスに仕上がっています。結い上げた髪にもガラスの結晶がキラキラと散りばめられ、靴もガラスでできています。

「ありがとう魔女さん。わたしの気持ちをわかってくれて。舞踏会へ行くのは本当にこれで最後よ。そして王子様ともきちんとお別れしてくるから」

 シンデレラはヘルガに抱きついてそう言いました。

「そうね。やっぱり王子様と恋人になるとか、結婚するとかっていうのは、賛成できないのよ。でも、最後に一目会うというのはあなたの願いだから、叶えてあげなくちゃいけないと思ったの」

 シンデレラは重ねて礼を言って馬車に乗り込みました。すると、向かいの座席にネズミがちょこんと座っていました。

「この子はね、わたしのお手伝いみたいなものなの。魔法が解けないように一緒に行って見守るわ」

「箒で潰そうとしないでくれよ」

「わかったわ。もしかして、前に家に来たネズミさんかしら。あの時はごめんなさいね」

「いいさ。俺は根に持たない主義なんだ」

 馬車の扉が閉まると、二羽のハトが変身した白馬はお城へ向かって駆け足で進んでいきました。

 お城へ着くと、シンデレラはその珍しくて美しいドレスで、前の二日とは比べ物にならないくらいに注目を集めました。もちろん、王子もすぐに彼女を見つけました。

「やはり来てくれたのですね」

 つまりは、自分の気持ちを受け入れてくれたのだと、王子は喜んでいました。別れを告げるのが辛くなりますが、シンデレラは心を鬼にして言いました。

「いいえ。あなたのお気持ちに応えることはできません。

 昨日、あなたから愛の言葉をいただいて、わたしは心から嬉しかったのです。それはわたしも同じ気持ちだったから。できることなら、あなたとずっと一緒にいたい。でもそれは叶わないのです。だってわたしはあなたに名前すら名乗れないのですから。

 今日はお別れを言いに来たのです。本当に会うのは今日限りですわ。でもこれだけはわかってください。わたしも心からあなたをお慕いしていました。あなたが真剣にわたしを想ってくれたことは、一生の宝物として、胸にしまっておきます。どうかあなたもわたしのことは一つの思い出として、他のふさわしい方と結ばれてください」

「なぜですか。互いに心は通じているのに」

 王子はなおも納得できないようでしたが、シンデレラの決意が固いことを知ると、ついに別れを受け入れました。

「今日限りといいましたね。ではせめて、今日だけはわたしと共に過ごしてください」

 もちろんシンデレラは頷きました。

「ええ。では12時まで共に過ごしましょう。踊りましょう、そしてその思い出を胸に刻み付けましょう」

 二人は手に手を取って踊りの輪に加わりました。別れの悲しさを忘れて、二人はただ互いだけを見つめて踊りました。

 ヘルガが墓地の小屋へ戻ると、マヌエラが退屈そうにベッドに身を横たえて、腕で頭を支えていました。

「シンデレラは無事舞踏会へ行ったわ。どうやら、ちゃんと別れも伝えられたみたいよ」

 ヘルガはゆっくりと粗末な椅子に腰かけました。

「そりゃあよかった。それにしても、あんた、魔力なんかこれっぽっちも残ってないって言ってたわりに、ドレスを作って12時までもたせられるくらいの余裕はあったんじゃないか」

「振り絞っているのよ。雑巾から水が一滴もたれなくなるまで、力一杯絞るみたいにね。もう疲れたわ。早く12時にならないかしら」

 そういいながら、ヘルガの両目は閉じそうになりました。疲れ果てて本当につらいのです。早く休みたいと、体が勝手に眠ろうとしています。

「だめだめ。12時まで。シンデレラが家へ戻るまでは、頑張らなければね」

 ヘルガは頭を振って目を覚ましました。その後も何度か眠りそうになりましたが、そのたびに手の甲をつねったり、わざと足をバタバタさせたり、立ち上がって小屋の中をうろうろしたりしました。ラルフもヘルガが眠ってしまわないよう、頭の中で声をかけてくれましたので、それにずいぶんと助けられました。

 シンデレラと王子は、一分一秒も無駄にしたくないと、ずっとつないだ手を離しませんでした。まわりの人たちは、また王子はあの娘とばかり踊って、他の娘に見向きもしないと溜息をついていました。

 しかし、時間は惨酷に過ぎていきます。二人が離れがたくとも、時計の針はゆっくり動きはしません。ついに12時を告げる鐘の音が鳴りました。

「それでは、これでお別れです。どうかお元気で」

 シンデレラは王子の側を離れました、名残惜しくて、最後までその手を離せません。悲しくて涙があふれてきましたので、王子に背を向けて、走るように玄関へ向かいました。

 王子はそこに立ったまま、去ってゆくその姿を目に焼き付けていましたが、やはり我慢できなくなり、玄関まで追いかけました。

 シンデレラには、王子が呼びかける声が聞こえましたが、立ち止まっては、本当に離れられなくなると、気持ちを強く持ってそのまま馬車まで走り去りました。

 馬車はすぐに屋敷へ向かって出発しました。王子は愛しい人が本当に去ってしまったと、落胆しました。

 すると、玄関へ続く階段の上に、キラキラと光るものがありました。近くへ行って拾ってみると、それは靴でした。キラキラとして、透き通ったそれは、シンデレラの片足にはまっていたものに違いありません。王子は拾い上げたガラスの靴を指先でそっと撫でました。

 馬車はお屋敷につきました。シンデレラのドレスは、既に馬車の中で消えてしまい、もとの灰だらけの服に戻っていました。

「ネズミさん、ありがとう。あの魔女さんにお礼を言っておいてね」

 シンデレラは鼻をすすりながら、しゃがんでラルフにそういいました。

「うん。ゆっくり休みなよ」

 ラルフは馬車に乗り込み墓地へ去っていきました。もっとも、マヌエラが面倒くさがったので、馬車は途中でただのかぼちゃに戻り、白馬はハトに戻って飛び去ってしまいました。ラルフは舌打ちしてちょろちょろ歩いて墓地へ戻りました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み