第十一章 失意の幕切れ 第6話

文字数 2,962文字

 いかにも怪しい雰囲気に、宴会に集まった人々は、一体どんな占いが飛び出すのだろうと、ワクワクして言葉師を見つめました。

 猫は最初ゴロゴロと喉を鳴らして床に寝転がっていましたが、急にピクリと体を硬直させ、すぐにぐったりとして動かなくなりました。死んでしまったのかと思っていると、急にむっくりと起き上がり、前足を揃えて座り、口をぱかっと開けました。

「作物はたくさん実り、軍隊は強く、王様は英明、この国は幸福。ただ一人、王女様だけが幸福ではない。このままでは一生不幸なままだ」

 猫の口から人間の声が聞こえたので、皆驚きましたが、これがこの占い師のやり方なのです。

「王女だけが不幸とは。いや、心当たりはある。じつは王女の縁談について考えていてな。そろそろ年頃だから、夫を持つべきだと思ったのだが、なかなかいい相手が見つからなくて困っておった」

 その場にいる誰もが、王が王女の結婚を考えていたとは知りませんでした。なので人々は、この占い師は本物だと、感心しきりでした。

「王女の相手は、この国にはいない。王女にも縁のある海の向こうの国にいる。その国で最も高貴な身分の若い男性がそれだ。王女はこの人を逃すと、一生独り身だ」

 それを聞くと、王様はとても焦って、すぐにでも探し出そうとしました。

「急げ。その人物にも数多くの縁談が舞い込んでいる。早くしないと、他の誰かに取られてしまう」

 そこで猫は正気に戻ったのか、口を閉じて姿勢を崩し、うーんと伸びをしました。

 王様はその後の宴会で沢山お酒を飲んでも、この占い師の言葉を忘れませんでした。そして翌日すぐに大臣たちを呼び寄せ、占い師の言う王女の結婚相手がいそうな国を探しました。

 そして、目星をつけた国に手紙を持たせた使者を派遣しました。使者の乗った船は、追い風のおかげで恐るべき速さでその国に到着しました。

 使者を受け入れたのは、なんと人魚姫の王子の国でした。突然の縁談にとまどいましたが、王妃様は王女様をお妃に迎えられるなら申し分ないと大喜びしています。

「黙って見守っていればいいとは、つまりこういうことだったのですよ。その王女様こそ、王子が結ばれるべき相手なのですよ」

 占い師の言葉とひっかけて言われると、王様もなんとなく乗り気になりました。ただし、側にいるというところだけは、少し違うような気がして、それが引っかかりましたが。

 使者も、とても強く結婚を勧めました。そういうわけで、あっという間に全ては整えられてしまいました。

 王子はこの話を聞いて、珍しく声を荒らげて両親に抵抗しました。

「僕は誰とも結婚する気はありません。あの娘が僕の心に住み続ける限り、他の誰かを愛することなどできないのです。そもそも、どうして僕に相談せずに、勝手に話を進めてしまったのですか」

「それは、あなたに話したら、絶対いやだというからですよ、今みたいにね」

 王妃は息子の怒りなんて屁でもないという顔で言いました。

「いつまでも死んだ娘のことばかり考えていてはいかんと、王妃とも話していたのじゃ。これはいい機会だから、あちらの国へ行って、顔を合わせるだけでもしてみなさい。案外、一目ぼれしてしまうかもしれんぞ」

 王子はなおも嫌だと言い続けましたが、国王夫妻はまったく折れてくれません。最後は、会ってみて本当に気に入らなかったら断ればいいからと、押し切られてしまいました。

「そんなことできっこないんだ。だって船に乗って相手の国へ行って、対面するというんだよ。船が港に着いたら、盛大に歓迎されるに違いない。お城の前まで王様が出迎えてくれるはずだ。それでやっぱり結婚しないなんて、そんなことが通るわけがないじゃないか。

 地図の上でしか知らない国だけれど、どうして彼らも僕の気持ちを無視して勝手に縁談なんか持ち込むんだろう。そんなことをする国の人だから、その王女というのも、気が強くて厚かましい人に違いない。いや、もしかしたら王女の気持ちも無視されているのかもしれない。それじゃあ、誰も彼もが不幸になるじゃないか。ああ、どうしてこんな愚かなことが起きるんだろう」

 王子は人魚姫に嘆いて見せました。人魚姫は王子に縁談が持ち上がっていると知り、焦りと恐れで足が震えていました。ですが王子が心底嫌がっているのを知り、すこしだけ救われた気がしました。

 もちろん、エルフリーデもこの事態を黙って見過ごしはしません。

「王妃に賭けた催眠の効果が薄かったことといい、見計らったようにに縁談が舞い込むなんて、きっと他の魔女見習いが邪魔をしているに違いありませんわ。

 でも心配いらなくてよ。この縁談はわたくしが阻止して見せますもの。誰がどうしてなんて今は関係ありませんわ。とにかく、その王女をどうにかしてしまえばいいんですのよ。

 それはそうと、あなたももっと焦ってちょうだいな。わたくしがついているからといって、努力するのを怠らないで。縁談が破談になっても、王子の心をつかんで結婚の誓いをたてなければ、何の意味もないのですわよ」

 そんなこと、人魚姫は重々承知です。翌日、人魚姫は王子の元へ行き、身振り手振りで、自分もついていきたいと伝えました。

「もちろんさ。ついておいで。退屈な海の上でも君がいて踊ってくれればきっと楽しくなるし、その先で待つ嫌なことにも耐えれられるはずだよ。

 心配しなくていいよ。僕はその王女様がどんなに美しくても、簡単になびいたりしないよ。僕の心にいるのはあの教会にいた娘だけさ。僕の命を救ってくれた人だ、あの人以外と結婚するなんて、絶対に嫌だからね」

 人魚姫は死んだ教会の娘に大層嫉妬していましたが、とにかく今は王子の言葉に同意して、うんうんと頷いていました。

 王子は海の向こうの国へ出発する前の晩、エルフリーデは一足先に出発することになりました。

「わたくしは少しの間、その王女にかかりきりになるけれど、本当に大丈夫ですの? 王子の心をつかむ方法はあるんでしょうね」


 エルフリーデに念を押され、人魚姫は自信たっぷりに胸をたたいて見せました。じつは王子の心をつかむ、とっておきの方法を思いついていたのです。

 翌日、王子様は大勢のお供を連れて、立派な船に乗り込みました。人魚姫は王子の荷物と自分の荷物を持って、王子の後ろにぴったりとついて船に乗り込みました。

 港には見送りの人々が大勢集まっていました。港の人も船の上の人も、誰もが晴れがましい笑顔で手を振りあっています。王子が素敵な王女様を連れて戻ってくると信じているようです。

 王子はずっと憂鬱な顔をしていました。人魚姫は王子を楽しませようと、甲板に立って、かなたの方に飛ぶカモメや、水面からうっすらと見える魚の群れを指さしたりしました。また、一緒に船に乗った音楽隊の演奏にあわせて踊りを踊ったりしました。王子も多少は気が紛れたようで、穏やかな笑みを浮かべるようになりました。

 船の上で見る王子は、あの日水面に顔だけを出して、初めて皇子の姿を見た時を思い出させました。あのときめきを忘れたことはありません。あの時よりも近くにいるのだから、かならず王子の愛を手にいれて見せる。人魚姫は固く誓いました。

 航海の二日目の夜に、人魚姫はそっと王子を起こし、甲板へ連れて出しました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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