第七章 すれ違い 第1話

文字数 2,981文字

 ペドラがハンナと争っているっている間に、イルゼが地面に魔法陣を描いていたのです。それと対になる魔法陣を羊皮紙に描き、ペドラの頭上に浮かばせて、上下から挟むようにしています。

 その魔法陣の力で、ペドラは地面へ引き寄せられていきました。遂に地面についてしまうと、結界ごと魔法陣にめり込んでいきます。

「さぁ、このまま生き埋めになるのが嫌なら、白雪姫を連れてきなさい、今すぐに!」

 反撃したくても、茨も魔法陣の力に抑えられて、思うように動きません。ペドラはどんどん地面にめり込んでいき、遂に腰のあたりまで埋まってしまいました。

「さぁ、早く白雪姫を戻しなさい。もしくは居場所を教えなさい」

 イルゼは容赦せず力を強めていきます。本当に埋められてしまうのだろうかと、ペドラは恐ろしさを感じていましたが、一方でこうやって命を失ったとして、それも仕方がないのかもしれないと諦めてもいました。

 ペドラが白雪姫を連れてくるそぶりを見せず、居場所も言いそうになかったので、イルゼは内心で焦りました。ですがここで魔法をやめたら、姫の居場所はわかりません。迷っているとヨハンナが止めに入りました。本当に埋めてしまったら、仮にも館の魔女を試験中に殺したとなって、お咎めを受けるかもしれないからというのです。

「わたしと王妃様二人でかかって、お前を倒せないわけがない。思い知ったならさっさと白雪姫を出しなさい」

 ヨハンナは剣の先に魔力を込めて、ペドラを包んでいる結界につきたてました。目がくらむような光が点滅して、ガラスが割れるように結界は壊れました。ペドラが肩にかけたスカーフに刺繍された魔法陣は、ところどころほつれてしまっています。

「……ここから東へ行ったところに、エルフリーデの魔力が通っている洞窟がある。小人たちは毎日そこでエルフリーデの魔力を得ているというわけだ。白雪姫はその洞窟へ移動させた」

 ペドラは観念して白雪姫の居場所を教えました。イルゼはすぐに箒にまたがり飛んでいきました。ヨハンナはペドラに鋭いまなざしを向けて、杖の先でペドラが埋まっているイルゼの魔方陣の周りに更に書き込みました。

 地面に胸まで埋まったペドラの周りに鉄格子ができ、まるで動物を捕まえておく檻のようになりました。もちろん、ペドラがここから出られないようしたのです。

「イルゼの魔法のおかげでお前は魔法が使えないし身動きが取れない。でもお前のことだから抜け出す手立てを持っているかもしれない。これ以上邪魔されないためにも、しばらくはここにいてもらう」

 この鉄格子は容易に壊れそうにありませんでした。それに動けないペドラはなす術がありません。誰かが来てくれたとしても、鉄格子とイルゼの魔法陣が二重になっているのですから、ペドラを助け出すのはなかなか難しいでしょう。

 ヨハンナは冷酷にペドラを置き去りにしてイルゼを追いかけました。ペドラは本当に手も足も出ず、地面に半身を埋めたまま、しばらくじっとしていました。

 そのうち、使い魔のディルクがやってきて、主人が捕まっているのを見て、鉄格子をカリカリひっかいてしきりに鳴きました。それは全く普通の猫のような仕草でしたが、流石は使い魔だけあって、魔法陣があることがわかると、爪に魔力を込めて、地面に模様を描き始めました。どうにかして魔法陣を壊そうとしているのです。

「無駄だ。使い魔程度の魔力では、これに対抗できまいよ」

 それでもディルクは地面をひっかくのをやめません。今のところペドラを助けられるのはディルクしかいないのですから、彼に頼るしか方法がないのですが。

「ヨハンナはやっぱり甘いね。ここであたしを生き埋めにしてしまったらよかったのに。あたしはこの通りどうにも抵抗できないのだし、館の魔女といったって、ここでいばら姫が目覚めなければ『館の魔女』様に食べられてしまう身だ、いなくなっても誰も文句は言わないだろうに」

 まるで情けをかけられたようで、そのことにも仄暗い怒りを感じずにはいられませんでした。所詮ヨハンナもイーダと同じなのです。

 またしばらく地面に埋まったままでいると、どこからともなくケルスティンがやってきました。埋まっているペドラを見ると、よほど面白かったのか、ぷっと噴き出して笑いました。そして杖を何度か振って魔法陣を壊し、ペドラを助け出してやりました。

「このまま地面に埋まって、黙って誰かが助けに来るのを待つつもりだったのか。ずいぶん悠長なことだな。ヨハンナがマルティン王子を白雪姫と娶せてしまったら、君は終りななのに」

「本当に手も足も出なかっただけですよ。まさか、このまま落第してしまってもいいなんて、思っているわけがないでしょう」

 地面から抜け出したペドラは、体に着いた土を払いました。それから魔法陣の書かれたショールは外しました。ズタボロになってまったく使い物になりませんから。

「そうだろうな。百年前に誰もが館入りは確実だと思っていたイーダを出し抜いて得た館入りなのだから、それをヨハンナのためにフイにするなんて、まったく理にかなわない。それなら最慮からイーダを陥れず、普通に課題をこなして魔女になればよかったのだからな」

 ケルスティンは馬鹿にしたような笑みを浮かべています。

「百年前のこと、あたしは後悔していませんよ。誰が何と言おうと、魔女としてあたしが選んだ道は正しかったと思っています。だからこそヨハンナには容赦しません。これまでのことは、全てご覧になっているのでしょう」

「見ていたからこそ、なんだかおかしいのだよ。君の行動がね。

 そもそもマルティンがいばら姫と結ばれたなら、マルティンは幸せになったのだから、ヨハンナは合格できる。けれどヨハンナは君憎しで敢て運目に逆らうことを選んだ。君は自らの命を守るためにヨハンナからマルティン王子を取り戻そうとしているわけだが、それはつまり、ヨハンナをつつがなく合格させることになる。

 君がここまでやるのは、自らの命を救うためももちろんあるだろうが、ヨハンナを合格させてやろうという気持ちもあってのことではないかね。百年前の罪滅ぼしだ」

「そんなことはありえません。あたしはそんな優しい魔女じゃありませんよ。命がかかっているんですから、必死になるのは当たり前です。ヨハンナの行く末なんて、気にかけてやる余裕なんかありゃしません」

「必死になっているというなら、さっさとマルティンを奪って城へ連れて行けばいい。ヨハンナはなかなかの魔力の持ち主だが、それでもまだ見習いだ。君がやろうと思えばいくらでもできるはずではないか。

 君はヨハンナを助けてやりたいと思うと同時に、ヨハンナに大叔母の仇を打たせてやることも、どこかで許容しているのではないか。過去のことを後悔していないというが、本当はずっと心に罪悪感をもっていて、それをここで晴らそうと、それが破滅であってもいいと、そう望んでいるのではないのか」

 ペドラは過去のにイーダを裏切った償いのため、自ら命を差し出そうとしているというのです。

「ケルスティン様ともあろう方が、馬鹿なことを言うべきじゃありませんよ。あたしはそんな殊勝な人間じゃありません。ただ自分が生き残るためにしているんですよ」

 ペドラはさっさと箒にまたがって、逃げるように飛び去って行きました。
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