第四章 何が幸せか 第5話

文字数 2,968文字

 また強かに体を打ってしまい、ヘルガは砂浜に埋もれるような恰好でしばらく呻いていました。ラルフも落ちた衝撃で砂にすっぽり埋まっていましたが、自力で這い出てきて、プルプル震えて体についた砂を払いました。

「なんだい、乱暴なやつ! それにいちいち厭味ったらしくてさ。俺あいつ嫌いだね。

 だけど魔法はやっぱりすごかったな。悔しいけどに人魚を地上へやるなんて、不可能なことをやってのけるっていうんだから、そりゃあ凄いよ。おまけにばあさん人魚への変身も完璧だったしさ」

「そうね。わたしなんかとてもかないっこないわ。やっぱり、誰かを邪魔するとか余計なことは考えずに、自分のやるべきことをやるだけだわね」

 ヘルガはようやく起き上がって、顔や髪の毛に着いた砂を払いました。

「とにかく、ここに家は建てられないわ。別の場所へ行かなくちゃ」

 と、ヘルガはよたよた歩き出しましたが、体が痛くて、どうにも思うように動けません。箒にしがみつくように乗ると、驚くほどの低空飛行で、海岸線にそってどうにか遠くまで行きました。その頃にはもう日が暮れてしまっていました。

「今日はここで野宿するしかないわね」

 ヘルガは砂浜に降りて、小さな魔法陣を描きました、火を起こすためのものです。丸い円の中に、ぽっと小さな火がともりました。それからその火を囲むように大きな魔法陣を描きました。この中にいれば雨風を凌げます。

 魔方陣を描き終えると、ヘルガは疲れ果てて座り込んでしまいました。体が痛くてかないません。もう痛みを取る薬を作るしかありません。しかしもう一歩も動けそうにないので、ラルフに海辺にありそうな薬草を採ってきてもらいました。ラルフは夜目が効くので、すぐに薬草を持ってきてくれましたが、体が小さいので少ししか運べませんでした。

「でも、お鍋がないわねぇ」

 仕方がないので、海岸を探して、大きい貝殻を見つけ、その中に海の水をちょっと入れて、火にかざして薬草を煮出し、飲みました。塩水を使ったのでしょっぱかったですが、飲んでしばらくすると、体の痛みがだいぶ和らぎました。

「一晩眠ればだいぶ良くなるでしょう。じゃあ、もう火を消すわよ」

「用心のために明るくしておいた方がいいんじゃないの、結界はあるけど弱いし」

「無理よ。この火は薪に火をつけるための魔法なんだから、わたしの力だけでつけっぱなしにしていたら、明日も動けないわ」

 ヘルガはマントをかき合わせるようにして砂浜に横になり、目を閉じました。それとほんら同時に火は消えてしまいました。

(それにしても、あの人魚のお姫様は本当に地上へ来て幸せになれるのかしら)

 目を閉じてヘルガは考えました。この世界の誰であっても、いるべき場所であるべき生活をするのが一番幸せなはずです。やりたいこと、欲しいもの、行きたいところ、誰だって持っています。ですがそれらが自分の手に届かないのであれば、諦めるしかありません。むしろ無理をして手にいれようとすれば、却って不幸になります。

(そう思っていたけれど、それが頭が固いということなのかしらね。不可能を可能にするのが魔法。それもそうよね。じゃなければ特別な力でもなんでもないもの)

 魔女であるからこそ、やりたいこと、欲しいもの、行きたいところ、全てかなえてやれるのです。それこそ、継母のいる家を出てゆくのも、あの家に残って継母に仕返しするのも、継母を改心させるのも、普通はあり得ないことですが、魔女ならできるのです。ヘルガの魔法の力はそんなに強くありませんが、全て思い通りにとはいかなくとも、普通は叶わない望みを叶えてやることはできます。

 そこでヘルガははたと気が付きました。シンデレラの望みは何か、ヘルガはまだ知らないのです。というか、訊ねてみてもいません。そもそも、シンデレラと話をしてもいません。家を建ててやるというのも、ヘルガが勝手にそれがいいと決めつけてはじめたことです。そもそも、あの家から出るのがいいのか、父親と離ればなれは嫌なのではないか、そういう心配が消えていないのですから、これぞという答えが出なくて当然です。シンデレラの気持ちを知らないで、幸せにすることなどできません。

(エルフリーデさんは、人魚姫に直接望みを訊いたのよね。地上へ行くのが人魚姫の望みだった。だからそれをかなえてあげようとしているのだわ。だったら、わたしもシンデレラさんにどうしたいのか訊いてみればいいじゃない。家を作ったって、シンデレラさんがあの家を離れたくないと思っていたら、骨折り損になってしまうわけだしね。

 目が覚めたらあの町へ戻って、何とかシンデレラさんに会う手立てを考えましょう)

 次第に眠気が襲ってきました。どうするべきかが定まって安心したこともあり、ヘルガはぐっすりと眠りました。

 翌朝、朝日とともに目覚めると、ヘルガはラルフに町へ戻ると言いました。家を建てる場所を探しに行くとばかり思っていたラルフは驚きましたが、ヘルガの話を聞いて納得しました。

「いいんじゃない。結局どうしたって、シンデレラの気持ちが大事だからね」

 ヘルガは箒で町へ飛んでいきました。

 その様子を館でケルスティンとペドラが眺めていました。

「ヘルガはやっと動き出したようなものだな。さて、シンデレラの望みを聞くというが、一体どういう方法をとるだろう。まさかエルフリーデのように変身したりはできないだろうが」

 ケルスティンは別の窓の前へ移動します。そこにはマヌエラのお菓子の家がうつっていました。ヘルガが行ったときにまだ完成していなかった所が、少しづつと出来上がっているようです。

 別の窓のイルゼは白雪姫を結婚させないために、どこかへ隠そうしています。しかし王様やお城の人たちから、姫を虐めていると思われているので、なかなか姫に近づくことができません。結婚を控えている姫に何かあってはまずいからと護衛がついているのもあって、イルゼはなかなか行動できません。

 ヨハンナは相変わらずマルティン王子を助けて旅を続けています。しかし肝心の伴侶となる女性は現れていません。

「まぁ、ただ旅をしていただけでは見つからないだろうな。マルティン王子の本来の運命の相手は、あの茨の城で眠っている姫なのだからな。ヨハンナもそれは承知しているだろうから、積極的に相手を探すことになるだろう。それも運命の相手を上回る女性を。これはなかなか骨が折れるぞ、身分や美貌、気立てがあの眠り姫より優れていなければならないのだから」

「運命の相手以外と結ばれるなどありえないのでは? そうでなければ運命ではないでしょう」

「そうかな。時には変わるのが運命だ。そして我々魔女は、時には運命を変えることもできる。まぁ、お前としては、運命が変わっては厄介なのだろうが」

 ペドラは苦い顔をしました。

「さて、こうしてみてみると、一番進んでいるのは、エルフリーデとマヌエラということになるな。残りの三人はこれからだ。もちろんこのまま順調にというわけにはいかないだろう。これからが面白くなるぞ。

 ペドラ、お前もせいぜいヨハンナを妨害してやれ。あの娘がどう対処するか見ものだ」

「あたしは楽しませるためにヨハンナを妨害しているのではありません」

 ケルスティンはペドラの反応を面白がっていました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み