第十二章 めでたしめでたしの先 第1話

文字数 2,996文字

 ヘルガはシンデレラをヨハンナから取り戻して、町へ戻ってきました。

 お屋敷に戻ったシンデレラは、仕事を放り出して姿を消したことを継母からこっぴどく叱られ、お仕置きとして夕ご飯抜きになってしまいました。けれどもヘルガが王子との事を請け負ってくれたので、彼女の表情は明るいです。

 そのヘルガは一度墓地に戻って一息つきました。

「王子様とシンデレラを結婚させるのはいいとして、一体どうやってやるのさ」

 ラルフに訊ねられてヘルガはにっこり笑って答えました。

「それは、簡単なことでしょう。あのガラスの靴は魔法でシンデレラぴったりに作ったんだから、シンデレラ以外の娘さんの足に合うはずがないわ」

「じゃあ、王子のお使いがシンデレラの所に来るのを待ってるだけかよ」

「もちろん、それだけじゃないわ。あの継母はシンデレラに靴を試すことすら許さないでしょうから、そのときになったら、わたしがシンデレラを王子様のお使いの前に連れて行ってあげるのよ。もちろん綺麗におめかしさせてね。継母たちは、舞踏会で王子様の心を射止めた娘さんがシンデレラだったと知って、大層驚くでしょうね」

 ヘルガの頭の中では、綺麗なドレスを着てガラスの靴に足を入れるシンデレラの姿と、腰を抜かす継母と義姉たちがくっきりと浮かんでいました。

「ちょっと待ってよ。あのガラスの靴はさ、マヌエラのせいでちょっと大きくなってるんだろう? じゃあ最初からシンデレラにぴったりじゃないじゃんか。

 それに、シンデレラにぴったりだったとしても、人の足の大きさって、そうばらつきがあるものでもないよ。同じくらいの足の大きさの若い娘なんて、五万といるよ」

 ラルフの一言がヘルガの甘い想像を粉々に砕いてしまいました。

「そうね。うかうかしていたら、他の娘さんが勘違いでお妃になってしまうかもしれないのかしら」

「うん。シンデレラより少し足の大きい娘がね」

 そうとなれば休んでいる暇はありません。ヘルガはとにかく急いで箒に乗り、飛び立ちました。

「おい、どこへ行くのさ」

「こうしちゃいられないと思ってね。とにかく王子様のお使いを探して、様子を伺いましょう。もし娘さんの足に合うようだったら、魔法でちょっと調整して入らないようにしてやるのよ」

「魔法陣なしで、大きさの調整なんてできるのか? それに今のガラスの靴の魔法陣を描いたのはマヌエラだよな。じゃあマヌエラに来てもらって、少なくともヘルガがいじれるように魔法陣を描いてもらった方がいいんじゃない?

 それから、今王子のお使いがどこにいるのかも調べないと。まさか空から飛んで探すの?」

 ラルフの助言で、ようやく何をすべきか頭の中が整理されました。ヘルガはラルフにお城に入って王子のお使いが今どこにいるのか調べさせることにしました。そして自身はマヌエラを訪ねて協力を仰ぐことにしました。

 焼けたお菓子の家へ行きましたが、マヌエラの姿がありませんでした。どうやら留守にしているようです。

「マヌエラさんは合格が決まったから、ひょっとしてもう、もともとの住まいへ戻ってしまったのかしらね」

 これではガラスの靴の大きさをいじることができません。ヘルガは例のステッキを取り出して、マヌエラのいる方へと飛んでいきました。

 マヌエラはずいぶん遠くへ行ってしまったようです。長いこと飛んでも見つかりませんでした。ちょっと休憩しようと、気持ちのよさそう原っぱに下りようとすると、そこには先客がいました。山高帽に長いマントのその姿は、ヨハンナです。原っぱの真ん中より少し端にずれた所に、膝を抱えて座りこんでいます。

「ヨハンナさん、こんなところでどうしたの? まさか、試験が上手くいっていない?」

 ヘルガはその近くへ降り立って話しかけました。ヨハンナはすこし迷惑そうな顔をしましたが、小さく溜息をついて答えました。

「試験は受かったわ。わたしの対象のマルティンは幸せになった」

「あら、それはよかった。わたしシンデレラを連れ戻してしまったから、もしマルティン王子様と白雪姫様が結婚できなかったとして、本当に相手がいなくなって、あなたが落第しやしないかと心配だったの。そうなると私のせいみたいで寝覚めが悪いから」

「ああ、そういえばね。あなたが連れて行ったのを感じ取ったから、そのままにしておいた」

 ヨハンナマルティンと白雪姫をくっつけたので、保険のシンデレラのことなんて、どうでもよくなって放っておいたのでした。それにその時は、宿願であった大叔母の報復が叶うと気が高ぶっていたのです。

 しかし、その宿願は果たせませんでした。ペドラはマルティンの代わり白雪姫と結ばれるはずだったフロリアンを眠り姫にあてがい、100年の眠りから覚まさせたのです。しかも、図らずも、それを手助けするかたちなってしまいました。

 だから試験に受かってもちっとも嬉しくありませんでした。もうやるべきこともないので、最後の合格発表までは、屋敷へ戻って休んでいても良かったのですが、一族に会せる顔がなく、こうして当てもなくフラフラしていたのです。

 ヨハンナがしょんぼりしているのでヘルガは心配になり、その表情を伺いました。すると、大きな猫がヘルガの視線を妨げるように二人の間に体を割り込ませました。恐ろしい怪獣に変身する猫だと、ヘルガはびくりとしました。

「必要なければエメリヒは真の姿を現さない。怖がらなくていい。それよりこの前は悪かったわね。墓地をめちゃくちゃにしてしまった。もう片付いたかしら」

「そういえば、まだそのままになっているわ」

「なら、わたしが元通りにする」

 立ち上がったヨハンナにエメリヒが問うような視線を投げかけました。

「いいのよ。どうせすることもないのだし」

 ヨハンナは寂しく笑って答えました。

「それは有り難いわ。なら、ヨハンナさんは先に墓地へ行っていて。わたしはマヌエラさんを探しているから」

 ヘルガはガラスの靴が大きくなった顛末を語りました。ヨハンナは王子がシンデレラを探していることは既に知っていまいたから、理解が早かったです。

「わざわざ靴をどうにかするなんてまどろっこしい。王子だって馬鹿じゃないのだから、靴が入ったからと連れてこられても、顔を見たら違うってわかるでしょう」

「そりゃあそうかもしれないけれど、でも靴が合わなければお城に行くこともできないんだから、王子様が顔を見ることもないでしょう、靴の合う娘の中にシンデレラがいないとなったら、やっぱりシンデレラはもっと遠い所の娘なんだと、王子様が諦めてしまうかもしれないじゃない」

 それは一理ありましたが、それならそれで、もう靴なんて無視してシンデレラをお城に連れて行ってしまえばいいのではと、ヨハンナは思いました。ですが、ヘルガはなるべく流れに任せてことを運びたいのです。魔法で強引に思い通りにしてしまうより、そういうやり方のほうが、よっぽど上手くいくこともあるのです。

「マヌエラがいないなら、彼女を探すより王子のお使いを探して様子を見た方がいいんじゃない。足が合う娘が見つかってしまうかもしれないし」

「それもそうね。じゃあ王子様の使者を見つけましょう」

 といって、ヘルガはまたステッキを使って探そうとします。ヨハンナはじれったくて、地図を出して王子のお使いを探し出して、例の小瓶でそこまで連れて行ってやりました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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