第十章 先のことはわからない 第10話

文字数 3,010文字

「何をわけの分からないことを。あたしはマルティンを茨の城へ導いているんです」

 ペドラが言うと、エルフリーデは怒って声を張り上げます。

「あなたこそ馬鹿なことを言わないでくださる? 白雪姫の婚約者であるフロリアン王子を茨の城へ連れて行ってどうするの」

 ペドラが冷や汗を流して困惑していると、エルフリーデははっと何かに気が付いたようです。

「ああ、そういうこと。あなたヨハンナにまんまとしてやられたのね。よく目を開いてごらんなさい。前を行くあの王子様は、マルティンではなくて、フロリアンですわよ。まぁ、何の疑いもなくここまで連れてきてしまったくらいですから、口で言ってももわからないでしょう。カトリン、この人の目を覚まさせてやってちょうだい」

 後ろから走り寄ってきた使い魔のカトリンはペドラの頬を爪でバリっとひっかきました。ペドラは痛みに顔をゆがめました。引っかかれたらそれは痛いものですが、なんだか頭のてっぺんからつま先まで、ピリリとしびれが走るような感覚がありました。

 エルフリーデはペドラの目の前に貝殻を突き出しました。そこに映るのは茨の城への道を歩く青年でした。ただし、顔は見慣れたマルティンとは別人でした。

「まさかそんな!」

 ペドラは目をこすって貝殻を見ましたが、やはりそこにいるのはマルティンではなく、フロリアンです。

「きっとヨハンナは身代わりの魔法を使ったんですわ。それであなたはフロリアンをマルティンだと思い込んでいたというわけ」

「正解だ。エルフリーデ」

 いつの間にかケルスティンが近くの木の枝に座っていました。

「マルティンとフロリアン、二人は偶然同じ町に居合わせた。ヨハンナはマルティンの衣服に魔法をかけて、フロリアンのように見えるようにしたわけだ。フロリアンにも同じようにした。それはわたしが全て見ていたから、間違いない。あの種の魔法は対象への執着が強ければ強いほど引っかかりやすいのだ」

 ペドラは驚きおののき、そして絶望しました。マルティンが茨の城へ来なければ、いばら姫は目覚めず、100年前のペドラの魔女試験の課題は失敗とみなされ、落第とされます。

 膝から地面に崩れ落ちたペドラは、涙を流して地面の雑草をぐしゃりと握りつぶしました。

 そんな中で、カトリンがにゃんと一声鳴いて、口をあんぐり開けました。すると、口からこびとの声が聞こえました。

「エルフリーデ様。白雪姫はリンゴを食べて死んでしまいました」

 今度はエルフリーデがびっくりする番でした。イルゼが毒リンゴを食べさせたのでしょうか。それとも何か他に理由があるのでしょうか。

「いずれにしても、死んでしまってはもう結婚はできない。イルゼは娘の命と引き換えに合格を手にいれたわけだ。残念だったなエルフリーデ。イルゼを邪魔するつもりが、もたもたしていて台無しになった」

 嘲笑われて、エルフリーデは課を真っ赤にしました。

「そもそも、ペドラさんがヨハンナの魔法に引っかからなければ、こんなことにはなりませんでしたのよ。目くらましの通用しない虫眼鏡を貸してさしあげたっていうのに。まぁ、でも、イルゼを邪魔するのはおまけみたいなものでしたから、失敗したからと気にすることはありませんわ。行きましょうカトリン、わたくし少し疲れました」

 ツンと顔をそらせて、エルフリーデはさっさと箒に乗って海へ帰っていきました。打ちひしがれているペドラのことなど、すこしも気にしていませんでした。

 ケルスティンは木から降りたって、ペドラの傍らにしゃがみ込み、その背中に優しく手を置きました。

「試験はもうすぐ終わるが、まだ終わってはいない。最後まで目を瞠っておくべきだ。はたして茨の城はフロリアンを拒むかどうか」

 ペドラは目を見開いて固まりましたが、すぐさま立ち上がって、箒でいばらの城へ急ぎました。城へたどり着くと、丁度フロリアンが茨の間をくぐって、開かれた扉をくぐるところでした。

 ヘルガはイルゼが教えてくれた場所を手掛かりに、シンデレラを探してます。まずは一番近い所にある町へ向かいました。

「おかしいよヘルガ。さっきから下の森の様子も、向こうの方に見える山も、全部変わらないよ。きっと迷路に入っちゃったんだ」

 ラルフが異変に気が付きました。ヘルガは箒から降りました。

「きっと他の魔女見習いが作った迷路に違いないわ」

 ヘルガはうーんと頭を絞るようにして、師匠から学んだことを思い出しました。

「そうよ。迷路はどこかに仕掛けの魔法陣があるんだわ。それをどうにかすれば脱出できるはず。そういうのは、見えづらいところに隠しておくものなのよ。道から外れたところね」

 ヘルガは森の中を探して、ようやく大きな木の下に、魔法陣と小石と茨のつたが積んであるのを見つけました。どうにかしようと手を伸ばしますが、見えない壁があるように触れられません。

「結界を破るしかないわね」

 ヘルガはイルゼがやったのを真似て、炎の玉を出して結界にぶつけました、もちろんイルゼのように大きくはありません。結界はびくともしませんでしたが、根気よく、魔力を注ぎ続けると、ついに小さな穴が開きました。ですが、ヘルガの手は入りません。ラルフに中に入ってもらい魔法陣の上に摘んであった小石をばらばらと崩しました。ついでに後ろ足で地面に欠いた魔法陣の一部も消してもらいました。これで迷路は破れたはずです。

 ヘルガが進むと、今度は景色がどんどん変わります。

「結界も破って、迷路も破って、魔力は大丈夫かよ」

「平気よ。シンデレラのおかげで鍛えられたからね」

 やがてヘルガの目の前には、茨に覆われた美しい城が現れました。

「なんだか嘘くさい城だな。でも中にシンデレラがいるはずだよね。とりあえず入り口を探そう」

 ヘルガとラルフが城をぐるりと回っていると、あるところの茨が二人を招じ入れるように動きました。その奥にある扉も自然と開きます。ヘルガは恐る恐る足を踏み入れました。

 中へ入って階段を上っていると、ラルフが耳をぴくぴく動かしました。

「シンデレラの声がする。ヘルガを呼んでるよ」

 ヘルガも耳を澄ましてみますと、微かに声が聞こえました。声を頼りに階段を上がり、部屋を突っ切っていくと、両開きの扉の大きな部屋の中にシンデレラがいました。

「魔女さん! 助けに来てくれたのね」

「シンデレラ、無事だったかしら、怪我はない?」

 二人は抱き合って再会を喜び合いました。その瞬間、お城も茨も消えてしまいました。

「目くらましに気が付かないなんて、頼りない魔女ね。でもね、頼りなくてもこれまでの間に少しは成長したことだし、シンデレラさんの役に立てると思うのよ。だから、もう

なんて忘れて、本当の望みを言ってちょうだい。わたしが叶えるわ」

 シンデレラはヘルガの目をまっすぐ見つめました。

「わたし、王子様とずっと一緒にいたいの。お金も地位もお城も関係ないわ。ただあの人の側にいたいだけ。こんな大それた望みでも叶うのかしら」

 ヘルガはニコニコと笑って頷きました。

「大それているなんてことはないわ。先のことはわからないんだから、どの道の先に幸せがあるかもわからない。だから誰がどんな道を選んでもいいのよ。

 それにしても、本人の望みを聞くべきって、最初に答えは出ていたのに、回り道をしてしまったわ」

ヘルガは箒にシンデレラとラルフを乗せて、町へ戻っていきました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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