第十二章 めでたしでめでたしの先へ 第5話

文字数 2,994文字

 ヘルガは翌朝早く箒に乗って焼けたお菓子の家へ行きました。ペドラが言った通り、マヌエラは戻ってきていて、焼け残ったシュトーレンの階段に腰掛けていました。

「マヌエラさん、海の方へ行っていたって聞いたけど、用事は終わったの?」

「ああ、まぁね。野暮用ってやつさ。それより、ばあさんもあたいに用事でもあるのかい」

 ヘルガが事情を説明すると、マヌエラは二つ返事で墓地の小屋まで来てくれることになりました。

「それにしても、これでばあさんもついに試験に合格ってことか。まぁ、お互い良かったよ。『大いなる魔女』様に食べられないで」

「そうねぇ。今ヨハンナさんが私の所にいるんだけれど、無事に合格できたそうよ。イルゼ王妃様も合格できたと聞いたし、なんだかあのペドラさんも、良い結末を迎えられたみたいだったし、今回の試験では、落第した人はいないんじゃないかしら」

「ふぅん。そうかねぇ……。ま、全て終わって結果発表にならないと、わからないね」

 マヌエラは含みのある答えをしましたが、ヘルガはその真意はわかりませんでした。

 二人は箒をならべて墓地へ来ました。そしてマヌエラは小屋の中にあのガラスの靴の魔法陣を描きました。

「この左端の所をいじって、かかとを大きくしたんだ。だからここを少し縮めてやれば、シンデレラの足にぴったりになるはずさ」

「今大まかに元の大きさに戻しておいて、本当にシンデレラが靴を履くときになったら、細かく大きさを調整してあげたらいい」

 ヨハンナの提案の通りマヌエラは使い魔のヴェラに目になってもらって、靴を調整することにしました。

 ヘルガは準備していた地図を使って、お使いたちが迷路の出口へ向かえるようにしました。それから地図を取り出して、出口とシンデレラの家とを繋げました。

 さて、あとはシンデレラが着かえに来るのを待つだけです。ところが彼女はいくら待っても来ませんでした。

「遅いわね。もしかして継母たちに捕まっているんじゃないかしら。ちょっと様子を見てくるわ」

 ヘルガはすぐにシンデレラの家へ行きました。早速ラルフは屋敷の中へ入ってシンデレラを探しました。ところが、台所にも、廊下にも、義姉や継母の部屋にも居ません。ヘルガは井戸の方へ行ってみましたが、そこにもいませんでした。

「それにしてもおかしいな。継母と義姉も姿がみえないよ。どこにいるんだろうな」

 すると、ラルフの耳に話し声が聞こえました。最初に屋敷に忍び込んだ時に、箒で潰されそうになったあの部屋からです。

 ラルフが忍び込んでみると、継母も二人の義姉もそこにいたのでした。そしてそこにはもう一人、見慣れない人がいました。

「本当にこれを飲めば、足が小さくなるのね?」

 義姉二人は靴も靴下も脱いでソファの肘置きに足を乗せて腰かけています。テーブルの上には緑色の煙の立つ飲み物が並々継がれたカップがありました。

「ええ。正確にはガラスの靴を履くときに、ぴったりの大きさに変形するんですわ。骨が変形し肉がそげるので、結構痛みはありますけれど、でも王子様と結婚できるなら、それくらい耐えられますでしょう」

 そういってずいっと二人の方へカップを押し出したのはエルフリーデです。

「げっ、あいつ、どうしてここにいるんだよ」

 ラルフは急いでヘルガに伝えようとしました。しかしエルフリーデがそれを許しませんでした。

「ネズミが紛れ込んでいるようですわね。カトリン、捕まえてしまいなさい」

 使い魔のカトリンはすぐさまラルフが隠れている箪笥の下に突進して、足を延ばしてきました。ラルフは驚いて箪笥の下から飛び出しました。カトリンは容赦なく鋭い爪でひっかけようとしてきます。ラルフは急いでネズミ穴へのがれました。

 猫は体が大きいので入ってくることはできません。しかしエルフリーデが杖を一振りすると、カトリンの体はみるまに縮まって、真っ黒なネズミになってしまいました。ラルフは安全なはずのネズミ穴の中を逃げ回りました。

 ようやく外に出たと思ったら、追いかけてきたカトリンは猫の姿に戻ってしまいました。ラルフは一目散に墓地へと逃げました。しかし、カトリンもなかなかすばしっこく、追いつかれてその前足に押しつぶされそうになってしまいました。


 間一髪というところで、エメリヒが助けに入ってくれました。真の姿を現さなくても、カトリンより大きいエメリヒは、十分相手になりました。

「あれはエルフリーデの使い魔。エルフリーデがここにいるということ。エメリヒの予感は正しかった。でも、どうして?」

 ヨハンナはカトリンに向けて氷の塊を放ちました。エメリヒも青い炎を吐き出しました。カトリンは敵わないと屋敷へ逃げていきました。

 ヘルガは井戸から帰ってきたら、ラルフの気配まで消えてしまっていたので、途方に暮れてました。

「シンデレラはどこへ行ったのかしら。ラルフもいなくなっちゃうし。お屋敷の中へ入ってみようかしら。案外、台所に戻ってきていたりしてね」

 勝手に人の家に入るなんて、良くないことですが、ちょっとのぞくくらいならと、ヘルガはついに勝手口を開けて、台所の中を覗き込みました。薄暗いそこにやはりシンデレラはいませんでした。

「本当にどこにもいないわね。そっちの廊下に居たりしないかしら」

 一度良くないことをしてしまうと、どんどん大胆になります。ヘルガは抜き足差し足、廊下のほうへ行き、そっと覗きました。やはりシンデレラはいませんでした。

 ヘルガががっかりしていると、足許でコソコソと音がしました。見てみると、ラルフより一回り小さい鼠がいました。

「あらやだ。シンデレラがいつもきれいに掃除しているのに、ネズミが出るのね。でも考えてみたら、ラルフがネズミ穴から中に入れるくらいだから、もともとネズミがいるのかしらねぇ」

 ネズミはちょろちょろとヘルガに近づいてきます。普通ネズミが近づいてきたら、嫌がるものですが、ヘルガはラルフに慣れているので、さほど嫌がりません。むしろ、はっとして何かを思いついたヘルガは、ネズミを手のひらに乗せて話しかけました。

「もしかして、あなたはシンデレラがどこへ行ってしまったか見ていたんじゃないかしら。それから、ラルフの姿も見かけていたんじゃない? 何か教えてもらえないかしらね」

 普通のネズミはラルフのように話せないのです。そこでヘルガは、動物の記憶を覗き見たり、喋らせる呪文を思い出して、何度か魔法をかけてみましたが、なにせうろ覚えなので、まったく効果が出ません。

 ああでもない、こうでもないと、呪文を唱えては魔力を送りえ送り返していると、二階から人が下りてくる足音がしました。びくっと体を震わせて、慌てて台所へ戻って、扉の影からそっと伺うと、継母と義姉が下りてきます。そしてその後にもう一人の姿がありました。

(エルフリーデさんがどうしてここに?)

 驚いたヘルガは思わず手のひらの上のネズミを落としてしまいました。

「痛いっ!」

 小さな音でしたが、それに気が付いて、エルフリーデが廊下の奥を振り向きました。

 ヘルガは扉の陰で息を殺していました。

「ちょっと、何をもたもたしているの。王子様のお使いが来るんじゃなかったの?」

「……いえ、何か聞こえた気がするけれど、気のせいだったようですわ。行きましょう」

 エルフリーデは継母と義姉を促して屋敷の外へ出ました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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