第十章 先のことはわからない 第9話

文字数 2,994文字

 忘れていたわけではありませんが、イルゼの所で大変な目に遭って、それからマヌエラのこの騒動だったので、ひとまず頭のすみの方に置いたままになっていたのです。

「それを忘れていたっていうのかしらね。でも、こうしてマヌエラさんは助かって、合格したんですから心配はいらないわね。わたしはシンデレラを助けに行かなくては」

「あんたのシンデレラがどうかしたのかい?」

 ヘルガはマヌエラに、シンデレラがヨハンナに攫われた顛末を語りました。

 すると、マヌエラは、ばつの悪そうな顔をして、あー、とか、うーとか言っていました。そして、片手で頭を乱暴にかきむしると、珍しく殊勝な顔をして言いました。

「わるい。ガラスの靴が脱げたのも、消えずに残っているのも、全部あたいのせいなんだよ。あの時ドレスの魔法陣を描くのを手伝っただろう。それでちょいと細工して、片方の足だけ少し大きくして、脱げた後も残るようにしたんだ。

 ちょっと邪魔してやろうって思ったのさ。靴が残れば、王子様はそれを手掛かりにシンデレラを探す。でもばあさんは、シンデレラが玉の輿に乗るのに反対だったろ。だから見つけ出したとして、ばあさんが二人が結ばれるのを止めるだろうと思ったんだ。そうなりゃ、ばあさんはシンデレラを不幸にしたってことで落第になる」

「まぁ、マヌエラさんがそんなことをしていたなんて」

「あたいだって、本当に落第にする気はなかったんだよ。最後にはあばあさんも玉の輿に賛成するだろうと思っていたから、ただ引っ掻き回すつもりだったんだ。でも悪かった。謝るよ」

 きっと火事から救ってくれたお礼のつもりで告白したのでしょう。ヘルガはびっくりしましたが、不思議と怒りはそれほど感じませんでした。

「ガラスの靴の真相がわかってすっきりしたわ。それじゃあ、シンデレラを助けに行くとしますか。ここがお菓子の家の近くだとわかれば、イルゼ王妃様が地図で見せてくれた三か所はどこかわかるわ。そこへ行って探しましょう」

そういって飛びかけたヘルガに、ケルスティンが声をかけました。

「探しに行くのはいいが、連れ戻したらそれで終りではないのだぞ。マヌエラと同様に、それだけでは君は落第決定だ」

「そうでしょうね。でも、それはまず本人を探し出してからでないと進まない話ですから」

 ヘルガは勢いをつけて飛び立ちました。後に残されたマヌエラはその姿を見送ると、ケルスティンに背を向けて、焼けたお菓子の家へ戻ろうとしました。

「君はこれで試験は終わったも同然だが、これからどうするんだ?」

「あたいは合格なんだろう。だったらこの後は何もしないさ」

「嘘をつけ。仕返ししてやると、顔に書いてあるぞ」

「別にいだろう。魔女試験は足の引っ張り合いは大いに結構、なんだから」

 マヌエラがヴェラを連れて去っていくのを愉快そうに眺めて、ケルスティンは他の見習いの様子を見に行くべく空へ飛び立ちました。

 虫の知らせを受けてイルゼと戦うのをやめたエルフリーデが向かったのは、人魚姫の所ではありませんでした。白雪姫と縁談が持ち上がっている、シュネーヴィッテン国の第三王子フロリアンの所です。

 彼女はもうフロリアンの居場所をしっかりとわかっていました。そしてもういい加減白雪姫と会わせてやろうと考えていたところで、イルゼが毒リンゴを使って姫に危害を加えようとしたので、先にそちらを防いでいたのです。

 白雪姫はこびとたちが安全なところへ連れて行きました。イルゼもあれだけ強い魔法を使い続けていましたから、きっと魔力が尽きて、さらに姫に手出しすることはできないでしょう。だから白雪姫は放っておくことにしました。

 フロリアンは軍事演習で他国へ来ているところでしたので、その日は兵隊を引き連れて、町を出て森を抜けた所の野原にいるはずでした。ところが、兵隊たちは、訓練を放り出して、フロリアンの名前を呼びながら森の中を探し回っていました。

(どういうこと? フロリアンの姿がみえないわ)

 エルフリーデは貝殻を取り出してフロリアンの様子を見ました。彼は深い森の中を彷徨っていました。フロリアンの後ろに映る森は、どこか不自然でした。

 さては魔法で歪んだ空間だとあたりをつけたエルフリーデは兵士たちが探し回る森の周りに、なにか印がないか探しました。

 すると、森の一か所に強い魔力を感じる場所がありました。下りてみると案の定、魔法陣がありました。エルフリーデは仔細に眺めて、地図の魔法の一種だと見当をつけました。

「イルゼの仕業には思えないわ。ではヨハンナかしら。それにしてもずいぶん周到で強力な魔法だこと」

 まずはフロリアンの所へ行かねばなりません。エルフリーデば魔法とわかっていて、敢て魔法陣の先へと踏み込みました。

 一方、ペドラは箒に乗って空高くからマルティンの背を追っています。

 エルフリーデの虫眼鏡でマルティンの居場所がわかると、ペドラは急いで魔法の地図を使って、茨の城と森の中の道をつなげてしまいました。そしてマルティンが町を出ると、巧みに誘いこんだのです。

(このままこの道を行けばマルティンは茨の城にたどり着く。今度こそ城の中へ入れて、いばら姫と会せなくては)

 残る心配はヨハンナです。こちらがエルフリーデの虫眼鏡を借りていると知らないので、マルティンを隠し通せていると思っているのでしょう。今は気配がありません。ですが復讐のためにかならず現れて、マルティンが茨の城へ入るのを止めようとするでしょう。

 マルティンの視線の先に、茨の城の塔のてっぺんが見えるくらい近づいたころ、背後から強い魔力を感じました。ヨハンナに違いありません。

 ペドラは箒を急降下させて森の中の道へおりたち、杖をかまえました。それとほぼ同時に氷の塊がどかどかと降り注ぎます。

 ペドラは呪文を唱えて地下に潜りました。そうして氷をやり過ごしていると、まだら模様の蛇がうねうねと近づいてきて、穴の中を覗き込みました。きっと使役されているのでしょう。あわや噛まれるところを、ペドラは穴から飛び出して、木のうろで休んでいたフクロウを使役して蛇を戦わせました。

 その間に、使い魔のディルクを呼び寄せて、小さな魔法陣を描き、その中に立たせました。そして地図の上にもさらさらと何か書き込みました。

「ヨハンナの所へ行っておいで。ここはあたしの地図の上なんだから、何をしても敵いっこないんだ」

 ディルクの姿が消えると、今度は足もとの雑草や木の根が伸びてきて、ペドラを捕まえようとします。まわりは植物だらけですから、逃げてもきりがありません。

 ついに足を雑草にからめとられ、ペドラはばったりと倒れました。すかさずほかの草木が伸びてきます。転んだ拍子で、フクロウとの繋がりが切れてしまい、自由になった蛇まで迫ってきました。

「痛いっ!」

 あわやというところで、空の上から悲鳴が聞こえて、箒と一緒に人が落ちてきました。それを潮に、草木はペドラを解放し、サッと元の姿に戻りました。

「やめなさい、このどら猫め!」

 ディルクに毛の針を飛ばされて痛がっているのは、ヨハンナではなくエルフリーデでした。

「あなたがどうしてあたしの邪魔を?」

「こちらのセリフですわ。フロリアン王子を勝手に連れ去って!」

 エルフリーデは怖い顔で睨んできます。胴も話がかみ合わないと、ペドラは嫌な予感がしました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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