第九章 再び舞踏会へ 第10話

文字数 2,990文字

 魔女見習いたちが続々と動き出したというのに、ヘルガはいつもと同じように、あの墓地の小屋にいました。

 シンデレラが三度目の舞踏会へ行った翌日は、やはり疲れ果てて眠っていました。シンデレラはその日は墓地へ来ませんでしたので、それで何の問題もありませんでした。

 ラルフはシンデレラの事を少し心配していました。好きになった王子とお別れしたのですから、悲しくて泣いているのではないかと思ったのです。

 しかし、それは取り越し苦労でした。次の日シンデレラは墓地へ現れましたが、まったくこれまでと同じような顔をしていました。そして、もう姿を隠すのをやめたヘルガに舞踏会に連れて行ってくれたお礼を言って、後はお喋りをして過ごしました。もっぱら、姿を現したヘルガのことでした。

 シンデレラからしたら、初めて顔を合わせたわけですから、ヘルガの身の上のことや魔女になった経緯を、あれこれ聞きたくなるのです。

「そうなの、じゃあ、もう故郷の村には家族は一人もいないのね」

「ええ。まぁ、歳をとっているから、そんなものなのよ。家族が多くったって、結局誰かが先にいなくなって、誰かが最後まで残るんですからね。残ったのがたまたまわたしだったというだけなのよ」

「でも、やっぱり寂しいのではないかしら。

 わたしはあなたとついこの間知り合ったばかりだし、それでこんなことを軽々しく言ってはいけないかもしれないけれど、わたしはあなたの孫娘の代わりになれないかしら。わたしはもう、あなたをおばあ様のように思っているのよ。わたしの本当のおばあ様とおじい様は、もう亡くなってしまっているから。もちろん、あなたが嫌だったら、断ってくれていいのよ」

「あらまぁ、嫌だなんて思わないわよ。そうねぇ、孫が生きていたら、あなたくらいの歳だったでしょうしね。

 でもあなたはそれでいいのかしら。だって、こんなよぼよぼなおばあさんなんて、あなたみたいな素敵なお嬢さんには、似合わないんじゃないかしらね。この町にいるおばあさんって、みなさんもっと綺麗でしゃんとしているから」

「そんなことないわ。わたしにとっては魔女さんはとても素敵なおばあさんよ」

 シンデレラは美しい心根でヘルガのこともこんなふうに慕ってくれるのでした。

 ラルフももちろんおしゃべりに加わります。やんちゃで口が達者なラルフのことを、シンデレラは大層可愛がってくれました。

 ヘルガはちょっとした魔法を使って見せたり、魔法道具を作ってみたりしました。もちろん失敗することもありましたが、シンデレラは笑ったりしません。そしてどんなことでにも感心して、面白いと言ってくれます。時にはそうした魔法を使って、あんなことをしみてほしい、こんなことをしてみたいと、ヘルガにおねだりしました。たとえば、季節外れの花を咲かせて見せてほしいとか、水の上に立ってみたいとかです。ヘルガはできる限り叶えてあげてました。

 ですが、シンデレラはまたドレスが着たいとは言いませんでした。あれだけ喜んでいたのに、ドレスのことも、舞踏会のことも、忘れてしまったかのように口に出さなくなりました。とてもいい思い出として心の中に残っているはずなのに、すこし奇妙でした。

「思い出したくないんじゃないかな。王子様のことを考えると辛くなるから。ドレスを着たら、またお城へ行きたくなるから、もう着ないと決めているんじゃないかな」

 ラルフはそういいました。

「そうかしら。なんだか寂しいわね」

 王子様にお別れを言ったことは間違っているとは思いません。ですがなんだか悪いことをしたような気がします。ヘルガはドレスを作る魔法陣も残していましたし、時々墓地の周りにドレスの材料になりそうなものがあれば、拾ってきていました。けれどそれらの出番はもうありません。

 なんとなく暗い気持ちで過ごしていると、ヨハンナがやってきました。そこでヘルガは、ヨハンナの幸せにすべき王子様とシンデレラを結婚させようという話があったことを思い出しました。

「よく考えてくれた? やっぱり継母たちにこき使われるより、玉の輿に乗った方がシンデレラのためになる。あなたとシンデレラがその気になってくれさえすれば、すぐにマルティンと会せられる。

 もう試験期間は半分を過ぎている。このままシンデレラの人生に何も変化がなければ、落第しかねないでしょう。脅しているわけじゃない。わたしも危ないタイプだから。二人とも合格するために、協力しましょう」

 ヘルガは答えられませんでした。シンデレラを舞踏会へ連れて行くのにてんてこまいで、その話はすっかり頭から抜け落ちていたのもありますが、なにより、シンデレラに王子様との恋をあきらめさせたのに、別の王子様と結婚させるなんて、言い出せっこありませんでした。

 ヘルガは下手に言い訳するとかえって面倒なことになりかねないと、きちんと事情を話して聞かせました。

「やっぱり無理なのよ。シンデレラは好きな王子様を諦めたのだもの。それにどうしたって、王子様と結婚なんて、わたしには認められないわ。普通じゃないもの、そんなことは。そんな道を歩むのは勇気がいるでしょう。シンデレラは勇敢な娘ではないし、わたしもそんな道を歩ませる勇気がないわ。だから、悪いのだけれど他を当たってくれる?」

 来た時はうっすら笑みを湛えていたヨハンナは、だんだんと怒った顔になりました。

「それじゃあ、あなたはシンデレラが幸せになれないで、落第してもいいのね。あなただけじゃない。わたしも巻き添えよ」

「そんな。シンデレラは今のままで十分幸せなのよ。素敵な思い出も作れたことだし」

「試験の課題を忘れた? 対象を幸せにすること。幸せにするって、今の状態から変化することでしょう。今のままにするというのは、幸せにしたことにならない」

「でも、変化した先が幸せとは限らないでしょう。不幸になるかもしれない。だったらいっそ、今のままの方が幸せなのよ」

「不幸にならないように変えてやる。それが試験でしょう。魔女ならできる」

「そうは言ってもね、あなたは自信があるかもしれないけど、わたしみたなできの悪いおばあさんには、とてもとても。

 それにシンデレラが望んでいないわ。あの子は慎み深いから、そんな大それたことはしたくないのよ」

「それが間違いだと言っている。対象が望んでいないなんて、そんなのは言い訳。あなたの不出来を誤魔化すためのね。そうやってのらりくらりと困難から逃げようとしている。魔女の世界では、それは通用しないし、試験監督の館の魔女は、あなたのそういうところも見抜いているはず」

「そ、そんなこと言ったって……」

 あまりの言われようにヘルガは怒りたくなりましたが、うまく怒れません。ですがヨハンナの言うことを受け入れることはできません。

 二人が口論している間、お屋敷のシンデレラは継母の部屋に洗濯物をしまいに入っていました。継母は鏡台の前に座って、宝石箱の中のアクセサリーを眺めてくつろいでいました。

 そこへ義姉たちが慌ただしくやってきました。

「大変よ。王子様が結婚相手をお探しになるって、お城からおふれが出たんですって」

「しかも、結婚相手の条件が、トンチキなのよ。ガラスの靴が足にぴったりと合う娘だっていうんだから」

 シンデレラははっとして、思わず洗濯したドレスを落としてしまいました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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