第十二章 めでたしめでたしの先へ 第6話

文字数 2,984文字

 玄関の扉が閉じてしまうと、ヘルガはやっと呼吸を止めるのをやめました。

「どういうわけか知らないけれど、エルフリーデさんが継母たちと一緒にいるなんて、もしかして、義姉たちにガラスの靴を履かせるつもりなのかしら。どうしましょう。マヌエラさんやヨハンナさんに伝えなくては。ああ、それよりシンデレラを先に見つけないとだめかしら」

 すっかり動転しているヘルガに、話しかける声が聞こえました。

「魔女さん。わたしよ、シンデレラよ」

「あら、戻ってきたのね、どこへ行っていたの?」

 台所の中を振り返ってみますが、やはり誰もいません。しかし声は聞こえています。まさか幽霊の声なのではないかと、不吉なことまで考えてしまいましたが、どうやらその声は足元から聞こえると、床を注意深く見てみます。すると、先ほどの小さなネズミがいました。

「……ひょっとして、ネズミさんが喋っているの?」

 どうやら、さっきびっくりして力が入った拍子に魔法が成功していたようです。

「魔女さん。わたし昨日の夜、あの若い魔女に魔法をかけられてネズミにされてしまったのよ」

 どうやらこのネズミこそがシンデレラだったようです。どうりで姿見えないわけでした。

「あの若い魔女がやってきたのは、魔女さんが帰った後、夜遅くよ。わたし、あなたが何か言い忘れたことがあったのだと思って、扉を開けてしまったの」

 無遠慮に屋敷の中へ入ったエルフリーデは、継母と義姉を起こしてくるようシンデレラに言いつけました。シンデレラは怖くなって、すぐに三人を起こしました。

 夜中にたたき起こされて不機嫌な三人を前に、エルフリーデは語りました。

「今度王子様のお使いがお屋敷の側へ来るわ。あなた方も知っている通り、王子様はガラスの靴が足に合う娘を妻に迎えるということになっているでしょう。わたくしが手助けして差し上げますわ。わたくしが用意する薬を飲めば、お嬢様たちの足はガラスの靴にぴったりはまるようになりますわ」

 こんな話、にわかには信じられるはずがありません。エルフリーデもそんなことはわかっています。三人の信頼される方法も、ちゃんと考えてあったのです。

 エルフリーデは部屋の隅に立っていたシンデレラに杖を向けました。そして短い呪文を唱えると、一瞬でシンデレラはネズミに姿を変わっていました。

「どうですの? わたくしが本当に優れた魔女だと、信じていただけたかしら」

 驚く三人にエルフリーデは勝ち誇ったように言いました。

 継母も義姉もかねてより野心がありましたか。この魔女がそれを叶えてくれるというなら、そんなうまい話はありません。三人はすぐに飛びつきました。

 エルフリーデは早速薬を調合するといって、台所で怪しげな薬草を煮出し始めました。ネズミになったシンデレラは、最初カトリンにがしりと捕まっていましたが、カトリンが油断したすきに、その足にかみつき、急いで逃げ出したのです。そしてネズミ穴の中に身を隠していたのです。

 シンデレラをネズミにしたのは、力を示したいからではないではなく、ヘルガの課題の対象と知ったうえで、妨害するためにしたことでしょう。いまさらエルフリーデの邪魔されるなんて、まったくつていません。

 ヘルガはとにかくシンデレラを元の姿に戻そうとしましたが、変身の魔法はもともと得意ではありませんし、エルフリーデの魔力が強く、解いてやることはできませんでした。

 こうなったらヨハンナやマヌエラの力を借りようと、ヘルガは墓地へ戻ろうとしました。その途中で、ラルフとヨハンナに会いました。マヌエラの使い魔のヴェラもいます。

 ヘルガは息せき切ってエルフリーデが継母たちと結託して義姉二人にガラスの靴を履かせてお城へ連れてゆくつもりだと説明しました。幸い、ラルフも同じことを報告していましたので、話はすんなり通じました。

「あたいのお菓子の家があんなふうに焼けて、あたいも大やけどをしたわけだけど、それはエルフリーデの呪いのせいだったんだ。あたいはあれで焼け死にそうになったわけだから、腹に据えかねてね。それであいつの課題をちょっと邪魔してやったのさ。その後どうなったかは知らないけど、あれで相当まずい状況になっちまったんじゃないか」

 墓地の小屋にいるマヌエラは、ヴェラの口を借りて話しました。

「それを挽回するのに、わたしの課題を邪魔する必要がある?」

「それはわからないよ。ひょっとして、あたいの仕返しが効いて落第しちまったのかも」

「だとしたら、ヘルガを邪魔するのは、腹いせに道連れにしようとしているのね」

「そんな! そりゃあわたしはいつ死んでもおかしくないおばあさんだけど、自分が死ぬから道連れにしようなんて、それはあんまりよ。

 そもそもマヌエラさん、どうして邪魔なんてしたの。あなたは合格していたんだから、何もする必要はなかったじゃない」


「それはあんまりじゃないかね。先に殺されかけたのはあたいなんだよ。泣き寝入りなんてできないね」

「だからって、落第するまで追い詰めなくてもいいじゃない」

「マヌエラを責めるのはお門違い。魔女試験で妨害は当たり前。それで落第しても仕方がない。第一、妨害されても合格している人はいる。わたしもイルゼもそう。結局は能力の問題」

 ヨハンナの言う通り、それが魔女試験でした。

「うだうだ言ってる場合じゃないよ。ヘルガはシンデレラを元に戻してガラスの靴を履かせなきゃ落第なんだからな」

 ラルフは焦ってキーキー言いました。焦っているのはヘルガも同じです。

「でも、いくらやってもシンデレラは元の姿に戻らないのよ。そうだわ、お使いがここへ来なかったら、義姉たちがガラスの靴を履くことはないのだから、もう少し迷路で待っていてくれればいいのよ。そのための地図の魔法だものね」

 ヘルガは羊皮紙を取り出して迷路の出口とシンデレラの家とを離してしまおうとしました。ちょうどそこへ、通りの向こうから、ガラスの靴を掲げたお使いが、お供を連れて歩いてきました。

「森で道に迷っていたと思ったら、急に城下町へ戻るなんてどうなっているんだろうな」

「魔法にでもかかったかもな。だが、国中探して歩くなんてもうこりごりだから、これで良かったんだよ。ぴったりじゃなくていいから、靴が足に合う娘を探して、早く切り上げてお城へ戻ろう」

 そういってお使いたちは通り過ぎていきました。

「……遅かったわね。もうこっちに来ている」

「あといくらもしないでお使いたちはシンデレラの家に着いてしまうわ」

「落ち着けよヘルガ、マヌエラがガラスの靴の大きさを調整してくれるんだから、いくらエルフリーデの魔法の薬があっても、靴が合うわけないよ」

 ラルフはそういいますが、マヌエラは小屋の中で腕組みして首をひねりました。

「ネズミ君の話だと、エルフリーデの薬で義姉たちの足は靴に合わせて変形するようになってるんだろう。あたいが靴の大きさを変えたら、義姉たちの足の形も交わる。また靴を変えて、また足が変わる。それじゃあ、いたちごっこだよ」

「もう、どうしたらいいの?」

 ヘルガが困り果てると、エメリヒが口を開きました。

「手っ取り早い方法が一つある。シンデレラにかけられた魔法も、義姉たちの飲んだ薬の効力も、施した魔女を倒せば消える。つまり、エルフリーデを倒すということだ」

 ヘルガは息をのみました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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