第三章 気の毒な娘さん 第6話

文字数 2,994文字

「まるで我が国が平和を乱し、周辺国に不安を与えているような言い草ではありませんか。これは侮辱にほかなりません。婚姻によって我が国と友好関係を築くどころか、王妃様の侮辱で、我が国がこちらへ攻め込むかもしれませんぞ」

 大使は髭をつまみながら傲慢に言いました。大臣たちは恐れをなして顔を見合わせました。イルゼも我に返って、いくら正しくとも、大使の目の前でいうべきではなかったと後悔しました。普段の彼女ならこんな簡単な失敗を犯すはずがないのですが、今は試験を無事に終えたいために、また白雪姫のために、感情的になりすぎていました。

 白雪姫は王様の隣の椅子から立って、大使に駆け寄り、その手を取って言いました。

「大使様、どうかお怒りにならないで。お母様はわたくしと血がつながっていないから、わたくしの幸せに水を差そうとしているのです。お父様も大臣たちも、みんな結婚に賛成ですわ。何も気にせず、このお話を進めてくださいな」

 大使は可愛らしい姫に言われて、すぐに機嫌を直しました。そして姫の言葉をそのまま国へ持ち帰ると言って去っていきました。

「白雪姫、何て軽はずみなことを言うのです。結婚はそんなに簡単に決めるものではありませんよ」

 大臣たちも出て行って、親子三人だけになると、イルゼは姫を咎めました。けれど姫は頬を膨らませて反抗しました。

「お母様はわたくしが憎くて結婚までやめさせようとするのね。ひどすぎるわ。だいたい、わたしの結婚は国のためにすることなのよって、いつも言っているのはお母様じゃない。大臣たちも賛成しているこの結婚は、国のためになることじゃないの? 反対しているのはお母様だけだわ。

 でもいいわ。もう大使様は話を進めてくれるっておっしゃったもの。わたしは結婚して、将来の女王になるのよ。もうお母様にあれこれ指図される筋合いはないわ。素敵な王子様がお婿さんになってくれるのだから、これからはその人を頼りにするの。お母様の助けはいらないのよ」

 どうやら姫は、結婚すれば母親の厳しい勉強やしつけから逃れられると思っているようです。イルゼからしてみれば、それらは全て将来女王となるために、または誰かと結婚するために必要なことでしたから、それから逃れるために結婚するとは、まったくちんぷんかんぷんでした。

「もう良いだろう王妃、これ以上反対するなら、もう姫とは会わせんぞ。国のことを思って会ったこともない相手との結婚を受け入れてくれたというのに、その覚悟を踏みにじるような事を言うなんて、姫があまりにも不憫だ」

 王様はそう言って、姫と連れ立って出て行ってしまいました。イルゼはぽつんと取り残されてしまいました。

「わたしの課題は国民を幸せにすること。でも、姫がこのまま結婚してしまえば、戦火に巻き込まれ多くの国民が不幸になる。何としても結婚をやめさせたいのだけれど……」

「まぁ、そういうことでしたか。でも結婚はおめでたいことでしょう。それに女の子はどうしたって結婚するものなんですからね。だから結婚は喜んであげて、他の方法で国民を幸せにしたらいいのではありませんか。結婚した後に相手の国が戦争をしないよう、うまく転がすことができるのでは? 王妃様のような方なら、それも容易いはずです」

 ヘルガにはそれしか言えませんでした。イルゼは俯いて首を振り、後ろのドレッサーを振り返りました。

「鏡が国民を不幸にするのは白雪姫だと言ったのは、つまり姫自身をどうにかしないことには、課題を解決できないということなのだわ。でも、姫を傷つけたくない。まして、命を奪うなんてことは……」

 イルゼの悩みはかなり深刻でした。

 それにしてもイルゼはシンデレラとヘンデルとグレーテルの継母と違い、白雪姫をとても大切にしているようです。結婚に反対するのも、課題のためだけではなく、親心であることも伝わってきます。

 確かに、相手が誰であれ、結婚することが姫の幸せになるとは限りません。ヘルガは白雪姫と同じように若い娘だった頃に結婚しましたが、その後の人生が幸せだったと、胸を張って言えませんでした。

 結婚してからは、毎日家族の食事を作り、洗濯をし、繕い物をして、農作業もして、子どもが生まれたら子どもの世話もして、その子どもが大人になったら、孫が生まれて、孫の世話もしなければなりませんでした。年を取って疲れやすくなっても、そういう仕事は減ってもくれなければ、なくなってもくれません。家族を失って一人ぼっちになるまで、そんな毎日が続いたのです。

 娘にもう少し自由な時間を過ごさせてやりたいというイルゼの心もわかります。なにより姫がイルゼに課される色々なことから自由になりたくて結婚したがっているのには、全く賛成できません。だって結婚したほうが、もっと色々なことに縛られます。やんごとない人ならなおさら、もっと窮屈な思いをすることになるでしょう。

「お姫様を傷つけずに結婚させない方法といったら、それはもう、どこかにお姫様を隠してしまうよりほかにないのでは? 隠してしまうだけだから、命の危険はないわけですし」

 ヘルガとしても一生懸命考えた末の助言でした。ラルフには誰にも思いつく方法だとけなされましたが。

「そうね。とりあえず時間稼ぎにはなるかもしれないわね。ひとまずはそうするしかないかしら……。

 それで、あなたは何をお悩みなの?」

 イルゼに訊ねられ、ヘルガはぎくりとしました。

「いえ、その、わたくしめの対象も若い娘さんでして、白雪姫様とおなじくらいの。ですから、ちょっとどういう具合なのか、参考にしようと思ったのです」

 嘘でしたが、継母と継子としての二人の関係は、じゅうぶんにわかりましたから、このうえ更に尋ねることはないと思ったのでした。

「そう。若い娘というのは、無鉄砲で考えなしで、目の前の幸せを求めて、目の前の不幸を避けようとするのよ。長い目で見たら、それが悪い結果を招くかもしれなくてもね。きっとあなたの対象もそうなのでしょう。難儀なものだわ。でもわたしは話を聞いてもらえてすこし頭がすっきりしたわ。もしかしたらいい方法を思いつくかもしれない。また何かあったらいらして、他の見習い魔女は警戒するけれど、あなたはいいわ」

 ヘルガは恐縮してお礼を言うと、さっきの部屋に戻りお城を出ました。

「なにが、あなたがはいいわ、だよ。警戒されてない、つまり取るに足らないって見下してるんだろう」

 城を出るなりラルフは悪態をつきました。

「いいのよ。警戒されていないってことは、邪魔されないってことなんだから」

 馬鹿にされているとしてもヘルガはまったく悔しくありませんでした。むしろあんなにすごい人に邪魔されたらと思うと恐ろしくて、取るに足らない存在でいた方がいいと心の底から思いました。

「それにしても、イルゼは白雪姫をあんなに大切にしているのに、白雪姫はイルゼを嫌っている。やっぱり継母と継子っていうのはうまくいかないんだよ。だからシンデレラをあの家から出してしまうのが一番さ」

 ラルフはそう言いました。

「そうねぇ。二人の仲が上手くいかないのは白雪姫様のせいなきもするけれど。でも、あなたのいうとおりなのかもしれないわね」

 ヘルガはまだ納得しきっていないものの、ラルフの言う通り、シンデレラを家から出してやるのが良いのではと考え始めていました。
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