第五章 心の支え 第9話

文字数 3,037文字

 宴の広間は騒然としました。王女に祝福の魔法をかけるはずの魔女が、死の呪いをかけたのですから。

 試験を見届ける魔女は、イーダを捕まえようとしました。しかしイーダは激しく抵抗しました。怒りで魔力を爆発させた彼女は凄まじく、魔女一人では敵わなかったので、見習いたちも加勢しました。城の中はたちまち魔女の戦いの場となり、人々は身を守ろうと逃げ回りました。

 ようやく、イーダを魔法の縄で捕まえたときには、広間はぐちゃぐちゃで、お祝いが台無しになってしまいました。

「そんなことはどうでもよい。それより王女が不憫でならん。15歳で死ななければならないとは!」

 王様は大いに嘆きました。そこへ進み出たのはペドラでした。

「王様、わたしはまだ王女様に祝福の魔法をかけておりません。ですからわたくしが先ほどの呪いを軽くしてさしあげます。王女様はたしかに

に刺されてしまいますが、死ぬのではなく眠るだけ。百年眠ったら目を覚ますでしょう」

 イーダの魔力が強かったので、ペドラにはこれが精一杯でした。

 ここから後のことは、マルティン王子が宿屋の主人から聞いたとおりです。こうして茨の城とその中に眠る眠り姫が生まれたのです。

「ペドラ、あなたの仕業ね。よくもこんなことができたわね、この卑怯者!」

 イーダはペドラを睨みつけて、恨み言を述べました。ただこうして捕まえられてしまっては何を言ってももうおしまいでした。

 イーダは魔女の館へ連れていかれ、落第者として『大いなる魔女』に食べられてしまいました。そしてペドラはイーダによって殺されそうになった王女を救ったために、最優秀の評価を得て館入りを果たしたのです。

 落第したことに憤って暴れたなど、前代未聞のことでしたので、イーダの一族は罰を受け、全員が寒い雪山の麓に追いやられてしまいました。そのとき館にいた一族の魔女たちも追い出されたのです。

 ヨハンナが生まれた時には、罰は終わっていて、もといた場所へ戻っていましたが、一族はすっかり力を失ってしまいました。

 せめて一人でも一族の人間が館に居れば、かつての栄光を取り戻す力になるはずです。その期待を一身に背負っているのがヨハンナでした。

「お前は館に上がったけれど、正式な館の魔女じゃない。なぜなら王女が100年の眠りから無事に目覚めなければ、お前の魔法は失敗とされて、落第となるから。そうなれば館の魔女でいられなくなるばかりか、『大いなる魔女』様に食べられて命を失う。

 わたしはお前を倒して大叔母様の仇を討つ。これまで厳しい修練に耐えて力をつけてきたのも、全てそのためだった。眠り姫はマルティン王子のキスで目覚める。マルティン王子は絶対にこの城へ入れない」

 ヨハンナは容赦なくペドラに火の玉を浴びせました。ペドラは防戦一方になりました。仕方なく当座しのぎの結界を張って防ぎます。ですがヨハンナの魔力は非常に強く、そのままでは結界も破られるのは時間の問題でした。

 そこへ奪われた小瓶を咥えたエメリヒが戻ってきて言いました。

「それくらいにしろヨハンナ、魔力を使いすぎだ。今はまずマルティンとここを離れることが先だ」

 怒りに我を忘れていたヨハンナはこれで冷静さを取り戻しました。マルティンを木の中から出して、瓶に入って別の場所へ移動してしまいました。

 攻撃が止んだので、ペドラは結界を解いて茨に背を預けて座り込みました。先ほどのヨハンナの魔力といったら、まるでイーダのそれでした。

 イーダとペドラは、互いに知らない仲ではありませんでした。ペドラは昔イーダの一族のお屋敷で魔法を学んでいたのです。

 魔女の世界の名門一族ともなれば、近くに住んでいる魔女見習いをお屋敷に集めて魔法を学ばせるなどということをしていました。いわばある曜日にだけ開かれる学校のようなものでした。そういうと、とても楽しくて正しい場所のようですが、本当は一族の娘を他の見習いたちと競わせることで、より優秀に育てようという思惑があるのです。

 だからそこに集められる見習いは、一族の娘の成長に役に立つかどうかで決まります。一緒に勉強している時だって、本を読むのもかまどを使うのも、一族の娘が一番先ですし、魔法の道具の材料も一族の娘が良いものをたくさん取ります。それに不満を言おうものなら、次から屋敷に来れなくなります。なんといっても古い魔法の本も、すごい道具も、薬の材料もたくさんあるのが名門一族の屋敷ですから、ここで学べるのがありがたいと思って、みんな我慢するのでした。

 魔女見習いというのは、年齢に決まりはありませんから、少女からおばあさんまで、色々な人がいました。ペドラはイーダが少女の頃にもう大人でした。それでも黙ってイーダの成長のための学友という立場を守っていました。ペドラは普通の魔女の家に生まれましたから、イーダのお屋敷で魔法を学んだほうがいいに決まっていたのです。

 イーダはまわりの見習いたちを友達だと思っていました。友達とはいつも採ってきた薬の材料をわけてくれて、先にかまどを使わせてくれて、道具も貸してくれて、何か手伝ってほしいと頼むと必ず手助けしてくれるものだと思っていたのです。これを友達といわないことは誰もが知っているでしょうが、イーダは小さな頃からこうやって育ったので、それが当たり前だと思っていたのです。

 もちろん、周りの見習いたちは彼女をお嬢様だと思っており、自分たちのことは限られた日に雇われている待遇のいいお世話係と思っていました。イーダの考えとずいぶん違いがあります。もちろんイーダにそれを教えてやる人などいません。

 なので、ペドラもイーダに対しては親しみなど感じていませんでした。それどころか、常に自分が踏み台にされているように思っていました。

「ペドラも魔女試験を受けるのね。よかったわ。だってあなたがいたら何かと助け合えるもの。それにあなたは邪魔してくることもないでしょうしね。仮にそうだとしても、わたしはそう簡単に出し抜かれたりしないけれどね」

 試験の前にイーダは何の気なしにこう言いました。しかしペドラはこの一言にとても腹を立てました。試験はペドラにとっても大切なことなのに、そこでもイーダのために働かなければいけないのでしょうか。他の魔女たちと違って邪魔をしないと決めつけられたのも、邪魔されても跳ねのけて見せると言われたのも、馬鹿にされているようで屈辱的でした。

 もちろん、その怒りをイーダにぶつけることはありませんでした。むしろイーダの思っている通りの都合の良い存在を演じ続けました。その一方で、こっそりイーダを陥れるために、お城のお皿を割ったのでした。

 こうしてペドラはイーダを落第させたのです。ただ、100年後に眠り姫が目覚めなければ、ペドラも落第になるという、頼りない立場になってしまったのは、自分を友達だと思っていた人をひどい目に遭わせた報いなのかもしれません。

(魔女試験で妨害しあうことは許されている。それによって生まれる良いことも悪いことも、どちらも背負う覚悟がなければならない。あたしは100年前のあの時から、正真正銘の魔女になれる日を待ち望んでいた。この試験でいばら姫を目覚めさせることだけを考えて、半端者として耐えてきたの。ヨハンナの恨みはわかる。けれど、それはあたしの未来をあきらめる理由にはならないわ)

 ヘルガはヨハンナの行方を追って箒で飛んで生きてきたのです行きました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み