第九章 再び舞踏会へ 第6話

文字数 2,946文字

 一つには、昨日と今日で魔力がすっからかんになってしまったため、二つにはシンデレラが王子と結ばれてしまうことを恐れてのことです。

「あなたが、王子様との恋なんてそんな夢物語に浮かれていると知ったら、天国のお母様も悲しみますよ。あなたをそんな浮ついた娘に育てたつもりはないはずよ。わかったら今日はもうお帰りなさい。服も泥で汚れているし、このままでは本当に風邪を引きますからね」

 取り付くしまもないので、シンデレラはしょんぼりして帰っていきました。

「なぁ、そこまでして止めることか? シンデレラは王子の求婚は断るって言ってるんだろう。だったら良いじゃないか。まぁ、魔力がないのはわかるけど、残った力でどうにか工夫して、何とかならないかな」

「無理よ。力なんてもうこれっぽっちも残ってないわ。でも、行かせてやれないのはある意味で良かったかもしれないわね。だってあの娘、王子様と愛し合っているなんて、大それたことを言い出すんだもの。もし会せて二人ともその気になって、やっぱり一緒になるなんてことになったら、それは大変なことよ」

 ヘルガはラルフに言いました。側にいたマヌエラはヘルガの言葉に首をかしげました。

「大変って、何が大変なんだい? すごい玉の輿だってのはわかるけど、むしろいいことじゃないか。そこらへんの適当な男と結婚するよりいいじゃないか。少なくとも金には困らないで生活できるんだからさ」

「玉の輿って、それはいいことばかりじゃないのよ。シンデレラのような普通の家のお嬢さんが未来の王妃様なんて、王様も王妃様も、まわりの人たちも良く思わないでしょう。それにシンデレラの家族だって、手放しで大喜びしないわよ。特にあの継母たちはね。それだけじゃなくて、町の人たちだって、どこにでもいるような娘が王子様のお妃になんて、びっくりはしても喜ばないでしょう」

 ヘルガは思いつく限りの反対理由を述べました。しかしマヌエラはまだ首をかしげています。

「相手の家族に嫌われるってのは普通の男と結婚しても起きることだろう。周りの人の目があるっていうけど、なにも皆が後ろ指を指すってわけじゃない。祝うやつだっているだろうさ。それもやっぱり、普通の男と結婚してもおんなじだ。例えばシンデレラが農家に嫁いだら、金持ちの娘だから使えないだのなんだの噂されるだろうし、あの家より金持ちにの家に嫁いだら金目当てだの不釣り合いだの言われるし、貧乏人に嫁いだら、何か裏があって、娘を押し付けられたとか言われるだろうし。とにかく、ばあさんの言ってる理由は全部、相手が王子だから起きることじゃないだろう」

 ヨハンナにもマヌエラと同じことを言われました。結婚にまつわる様々な問題は、相手が誰かに関わらず起きるものだと。

「それでも、やっぱりおかしいわよ。王子様はそれなりの人と、それこそ王女様とかと結婚するのものでしょう。シンデレラは、お父様の知り合いとか、そういう同じくらいのお家の男の人と結婚するのが一番よ」

 ヘルガは考えを変えず、

といい続けました。しかし彼女の

とはとてもぼんやりとしていました。そして

でなかったとして、一体どんな困りごとや危険があるのか、具体的なことは何も言えません。

「ヘルガの言う

っていうのはさ、世の中でよくあることってわけで、大多数がそうなるっていうことなんだろうけど、じゃあやっぱり世の中には

にならない人もいるわけだろう。シンデレラがそうなったって別にいいじゃんか。というか、魔法でそういう道を歩ませてあげられるのが魔女なんじゃないの」

「そんなこと、絶対にないわ。普通に生きていくのがいいのよ。夢物語は夢物語。地に足をつけて、目の前のことを一生懸命やって生きていくのが幸せってものなのよ。お金持ちでも平民の娘が王子様と結婚なんて、そんなのはおとぎ話の中だけの話よ」

ヘルガはまさに

という人生を歩んできました。農村に生まれ、子どもは畑の手伝いをするものだから、学校には行きませんでしたし、女の子は家のことをするものだから、料理や繕い物や洗濯や掃除を覚えました。年頃になったらそれなりの相手と結婚するものだからしましたし、妻は家族の世話をするものだから、文句を言わず家事や子育てをすべてこなしました。

 母親とは娘に家のことを教えるものだから、娘に家事を仕込み、子どもたちが年頃になったら、結婚するものだと、相手を探したり勧めたりしました。嫁が来たら、意地悪こそしませんでしたが、嫁は家族の世話をするものだと、色々押し付けて少し楽に過ごしていました。

 一度だって

を疑ったり、それに逆らってああしたい、こうしたいと思ったことはありません。ほんの少しそう思っても、現実にはならないと決めつけていました。それは、時々

に逆らった人が、ひどい目に遭ったり、足掻いてもどうしようもなくなり結局従順になるのを見ていたからでした。

 そうしていれば、ヘルガの人生は大きな嵐もなく平穏でした。二度もペストに遭い、大勢肉親を失ったことは大きな不幸でしたが、それでもペストとは

と思えば、悲しみに耐えられました。

 年老いて一人ぼっちで暮らしていたある冬の日の夕方、ヘルガは薪を切らしているのに気が付きました。夜はすごく冷えこむのに、これでは凍え死んでしまいます。ヘルガはぼろぼろのかごを持って外へ出ました。

「ヘルガばあさん、この空じゃあ、吹雪になるかもしれないよ。悪いことは言わないから、森へ行くのはよした方がいい」

 村の若夫婦が親切に教えてくれました。

「ありがとう。でも薪がないと夜を越せないからね」

「それなら、一晩うちに泊まったら? うちには薪があるから」

「有り難いけど、そんなに甘えられないよ。あんたの所はおじいさんもおばあさんも、子供たちもいるんだから、わたしが入ったら狭くてしょうがないだろう。大丈夫、吹雪になる前に帰ってくるから」

 若夫婦はそれ以上引き留めませんでした。村の人たちは一人ぼっちのおばあさんを何くれと気にかけ、家のことも畑のことも手伝ってくれましたが、肉親でもなんでもないのですから、手を差し伸べるのには限りがあります。そういうものです。

 案の定、ヘルガは森の中で吹雪に遭いました。雪はどんどん高く積もって、足を持ち上げることも前に動かすこともできません。そこに立ち尽くしていると、体が冷えてきて、力が抜けてしまい、雪に埋もれるようにうずくまりました。

(ここで凍えて死ぬのかねぇ。家にいたって夜は越せなかったろうから、どのみち同じことだったろうけれど。いや、同じだったら、やっぱり家にいたほうが親切だったかもしれない。だってお葬式のために、ここから村まで運ばなくちゃあいけないんだから。大体、探しに来るのも手間だろうしね。ああ、村のお荷物おばあさんが、最後まで厄介をかけることになるね。こうなったらもう、いっそ探しに来てくれなくてもいいけどね。このまま氷漬けになって、春になったら雪と一緒に溶けてなくなるのが一番なんじゃないかねぇ)

 ヘルガにとっては自身が吹雪の中で命を終えることも

だったのです。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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