第2話 空き家の原因を探れ!(その2)

文字数 2,157文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 議論が変な方向にいきそうなので、僕は新居室長と茜に提案した。

「空き家を放置する理由から考えてみませんか?」

「空き家を放置する理由?」と茜。

「そう。空き家をそのままにしているから増えていくんだよ。誰かに貸せば空き家にならないし、古くて住めなかったら取り壊せばいい」
「そうね。空き家バンクとかあるしね」

※国土交通省では地域の空き家・空き地等の活用に取り組む地方公共団体と宅地建物取引業者を連携させて、空き家・空き地等の活用を図っています。
詳しくは国土交通省『空き家・空き地バンク総合情報ページ』をご覧下さい。
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/sosei_const_tk3_000131.html


「空き家を放置する理由が分かれば、対策できるよね」
「まあね」
「空き家を放置する理由は何だと思う?」

 僕たちの話を聞いていた新居室長が「何かのアンケートで見たことあるな……」と言った。

 タブレットをいじっていた新居室長が「これだ!」と僕たちに見せた。

「画面が小さいからモニターに映すわ。国土交通省が実施したアンケート結果(令和元年空き家所有者実態調査)なんだけど……」

 新居室長はそう言うとモニターにグラフ(図表4)を表示した。

【図表4:空き家にしておく理由】


 
出所:国土交通省『令和元年空き家所有者実態調査』


 僕と茜はスクリーンを見た。
 茜は「大喜利か?」と笑っているのだが、僕もそう思う。ちょっとがっかりだ。

「空き家のままにしておく理由の上位8項目とその比率がこんな感じなんだけど……『物置として必要』が60%……」

「物を捨てられないタイプ……なんですかね?」と僕が言ったのに対して、茜は「こんなこと言う奴、絶対捨てねーよ!」とツッこむ。

「断捨離セミナーを開催したら、空き家は無くなるんじゃないかな?」と僕は茜に言う。

「だから、そんなヤツが断捨離セミナーに出てくるわけないでしょ。ゴミ屋敷になるまで物を入れ続ける」
「ゴミで一杯になったら、空き家を売るかな?」
「売るわけねーじゃん。それにゴミ屋敷売れねーよ! 志賀はゴミ屋敷買いたい派?」
「買いたくないかな……」

 たしかに……安いからといってもゴミ屋敷は買いたくない。

「だよね。センチメンタルバリュー(感情的価値)って要らないと思うんだ」
「へー、なんで?」
「だって、息子の小学校の時の絵を取っておきたい両親の気持ちは分かる。でも、見ないでしょ?」
「まぁ、見ないだろうな」
「初恋の女の子と初デートにいった映画の半券は?」
「見ないなー」
「痩せてた時に着てた服は?」
「着れないなー」

 とりあえず、アンケート結果は潜在的なゴミ屋敷の増加を示しているようだ。
 ちょっと気まずい新居室長は、僕たちに提案した。

「断捨離セミナーの開催で空き家が解消するか、垓でシミュレーションしてみる?」

「そうですね……何が有効か分からないし」と僕は言った。
 茜は「ダメでしょー。でも、やりたかったらやってみたら?」と言っている。

 僕はスーパーコンピューター垓にパラメータ(断捨離セミナーの開催)をインプットして、シミュレーションを開始した。

***

 垓のシミュレーションは10秒で終了した。
 これは過去最短かもしれない。多分、何も起きなかったのだろう。

「早くねー?」と茜は呆れ顔だ。

 失敗したのは直感的に分かった。だが、これも仕事だ。
 僕たちは垓の作成したシミュレーションの結果を確認することにした。


 政府主導で断捨離セミナーが全国で開催されたようだ。
 セミナー会場では、物を溜め込むことの罪悪感を助長し、物を捨てさせようと講師が受講者に説明していた。

 このセミナーは失敗に終わる。
 まず、セミナーの参加者が少なかった。全国規模でセミナーを開催したにも関わらず、来場者は定員の1割にも満たず、ゼロの会場も続出した。

 理由はいくつかあった。
 有名人を講師にすれば良かったのだが、政府が用意したセミナー講師は大学教授だった。
 政府が依頼したのは行動心理学の第一人者とされている教授で、政府は国民の断捨離マインドについて、行動心理学を利用して改善しようとした。
 ただ、大学教授が話すからセミナーの内容が大学の講義のようだった。つまり、単調で不評だった。

 さらに、セミナー講師の大学教授は「断捨離できない人はダメ人間」のような言い方をした。だから、不快感を示す参加者が多かった。
 参加者から返ってきたアンケート結果は概ね以下のものだ。

「〇〇ムカつく。死ね!」
「そんなこと、お前に言われたくねーよ!」
「あなたにはゴミでも、私には宝物!」
「まだ使えるものを捨てるなんて、勿体ない!」
「こんなくだらないことに税金を使うな!」

 この結果、日本に断捨離文化は定着せず、空き家問題は解決しなかった。

「やっぱり、ダメか……」
 新居室長は少し落ち込んでいる。

「だから言ったでしょ。こんな奴に何を言っても無駄だって」
 茜は得意げに新居室長の方を見た。

「次、いきましょうか……」僕は言った。

 こうして、断捨離セミナー案に失敗した僕たち国家戦略特別室は、次の解決策を模索するのであった。
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