第1話 オジハラ対策を考えてほしい(その2)

文字数 2,094文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 脱線してしまったので、僕は「それで、オジハラは何ですか?」と話を戻す。

「あぁ、そうそう。いろんなハラスメントが世の中にはあるでしょ」
「ありますね」
「ハラスメントは主に女性向けやマイノリティ向けのものが多い。でも、『おじさんも差別を受けている!』と首相は主張しているの」
「〇〇メガネですか?」
「そう、それもあるわね。首相が例に出したのは女性専用車両」
「あー、たまに見ます。通勤時間帯に女性しか乗れない車両ですね」
「それそれ。女性の痴漢被害を抑えるために女性専用車両を導入している鉄道会社がある。でも、女性専用車両はあっても、男性専用車両を導入している事例はほとんどない」

 確かに、女性専用車両を作るのであれば男性専用車両も作るべきだ、という首相の主張は分からなくはない。僕は男性専用車両を試験的に運行したニュースを思い出した。

「東京さくらトラム(都電荒川線)が男性専用車両を運行したって、ニュースで見ましたよ」
「私もそのニュース見た」
「男性は痴漢の冤罪被害を恐れている。だから、『冤罪の不安を解消するために男性専用車両を運行するべきだ』という意見は尤もですね」
「そうかもね。痴漢と冤罪の割合は痴漢の方が高い。混雑車両での痴漢被害は真剣に考えないといけない。だから、女性専用車両を運行するのは必要だと思うよ」
「そうですね。でも、そのロジックであれば、冤罪を恐れている男性のために男性専用車両を運行するのも必要です」
「まぁね。痴漢をしようとしていない男性にとっては、『女性の近くで混雑する電車に乗るのは不安でたまらない』という意見も分からなくもない。難しいわね」
「僕も混んでいる電車に乗る時はなるべく手を上に上げたりして、痴漢と間違われないようにしています」
「男の人も大変なのねー」
「そうですよ」

 日本の刑事裁判の有罪率は99.9%と非常に高く、痴漢事件も例外ではない。
 たとえ痴漢の冤罪で逮捕され、無罪を主張し続けたとしても、一度起訴されてしまうと有罪になる可能性は高い。
 有罪になるとその男性には社会的な制裁が待っている。会社を解雇されるかもしれないし、次の会社に就職するもの大変だ。
 だから、混雑する電車の中で女性の近くに乗車したくない、という男性は多い。


「志賀くんが通勤電車で苦労しているんだったら、協力してあげてもいいよ」
「何をですか?」
「だから、私と一緒に出勤すれば痴漢に間違われることはないでしょ?」
「そうですけど……」
「志賀くんの最寄り駅は〇〇でしょ。毎朝、改札で8時に待ち合わせでいい?」

 勝手に一緒に通勤させられそうになる僕。これを同伴出勤と言うのだろうか?

 そんな僕たちの会話に飽きてきた茜が「仕事終わってからやれ!」とキレている。

 気まずくなった新居室長は話題を元に戻した。

「うぉっほん、男性専用車両は一例なんだけど……首相が言いたいのは、『おじさんを守る法律なりなんなりを作る必要があるんじゃないか?』ということなの」

 僕は電車で困っているから、首相の言いたいことは分からなくはない。
 でも、僕には具体的なイメージが沸かない。おじさんを何から守るのだろうか?

「ちょっと、確認なんですが……具体的に何からおじさんを守るんですかね?」
「そうよね。私もそこが分からなかったから首相に質問したの」
「何ていいました?」
「チヤホヤしてほしい……って」
「チヤホヤ?」

 僕には首相の意図が分からない。僕が分からない素振りをしていると、新居室長が付け加えた。

「あぁ、趣旨としてはね……首相は子供の頃は『神童』と言われていたらしい。若い頃は『男前』『カッコイイ』と言われていたらしい」
「はぁ」
「でも、年をとっておじさんになると非人道的な扱いをされるらしいの」
「例えば?」
「『臭い』とか『キモイ』とか『メガネ』とか……」
「最後のメガネは外せばいいだけですよね」
「まぁ……そうね。首相の言いたいのは、『オジサンの尊厳が軽んじられているのではないか?』ということなの」

 首相の中ではこれらの罵声がオジハラらしい。でもよく考えてほしい。人徳者であれば罵声は浴びせられないはずだ。

「人として素晴らしいオジサンは、そんなことを言われませんよね?」
「そうよ。人徳者のオジサンは『臭い』とは言われない」
「だから、周りのオジサンへの見方を変えるというより、オジサン自信が変わる必要があるんじゃないですか?」
「志賀くん、良いこと言うわね。でもね、そんなこと首相に言えるわけがないでしょ!」
「そうですよね……」

「アイツ、頭おかしいんだよ!」茜は首相にキレている。いつものことではあるが、口が悪い。

 僕もいつかはオジハラを経験するのだろうか?
 でも、これを真剣に議論してもしかたがない。

「それで、もう一件はなんですか?」と僕は新居室長に尋ねた。

「介護サービスを今後も継続できる方法を提案してほしい。これが依頼内容ね」

 今回の案件は介護ビジネスか……

 こうして、僕たちの新しい案件が始まった。
 オジハラは……無視だな。
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