第3話 給与を増やしてみよう!(その1)
文字数 2,009文字
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
介護ビジネスは高齢化を背景に成長産業とされている。それにも関わらず、中堅・中小事業者が多い。経営難に陥っている事業者も多く、倒産や休廃業も増えている(図表47)。2022年度には倒産・休廃業とも過去最多となった。成長産業なのに倒産が多い、という変な業態である。
【図表47:介護事業者の倒産・休廃業の推移】
出所:東京商工リサーチ
介護ビジネスは日本の数少ない成長産業であるから、投資家や事業会社からの投資機会は非常に多い。しかし、慢性的な人員不足によって安定した事業が展開できるか? 財政的に盤石ではない中小企業の事業を継続できるか?が課題となっている。
***
僕たちは介護ビジネスを安定して提供できる体制を作るための政策提案を考えている。
「介護ビジネスかー。大変そうだなー」と茜はボソッと言った。
「何かいい案がある?」と僕は茜に尋ねる。
「給与を増やせば人が定着するかな?」と茜は投げやりに言った。
2022年度の介護職員の平均月額給与は約30万円、全産業平均では約36万円であるから、5~6万円程度の開きがある。
ちなみに、介護業界でも働く場所、職種によって平均月額給与は違う。介護職員の中でも高い部類の人と低い部類の人はいる。
例えば、介護老人福祉施設(特養)の方が通所介護事業所よりも給与は高い。無資格者よりも介護福祉士の方が給与は高いし、さらに、介護福祉士よりも看護師の方が給与は高い。
筆者のイメージとしては、介護業界の中で給与が高い人と他の業界の平均が同じくらいだと思う。
介護職員の平均給与が他の業種よりも低いのは、介護職員の給与支払い原資が介護報酬に依存している部分が大きい。つまり、介護報酬が上がらなければ、介護職員の給与は上がらない。
介護事業における介護事業者、利用者(被保険者)、自治体(保険者)の関係を単純化して示したものが図表47-2だ。
【図表47-2:介護事業者、利用者、自治体の関係】
介護サービスを開始するには、まず利用者(被保険者)が自治体(保険者)に対して要介護・要支援認定の申請を行うところからスタートする。自治体が要介護・要支援認定したら介護サービスの提供がスタートする。
介護事業者は利用者にサービスを提供し、その対価として利用者は介護報酬10%を支払う。介護事業者は自治体に介護給付の請求を行い、介護報酬の90%を自治体から受け取る。
介護事業者の収入の90%は自治体(保険者)からの収入、つまり税金だ。
介護報酬は国民からの税金から支払うわけだから、当然、国が決めることになる。具体的には、介護報酬の基準額は、介護保険法上、厚生労働大臣が審議会(介護給付費分科会)の意見を聴いて定める。
だから、国が介護事業者の収入、介護職員の給与を決めていると言っても差し障りはない。
この点、政府は2024年2月から介護職員の給与を月額6,000円増加させるために介護報酬を引き上げる予定であることを公表した。今後も継続的に賃上げを促すために介護報酬の引き上げを検討している。
ただし、介護報酬の引き上げは社会保障費の増加を意味し、政府の財政を圧迫する要因になる。
日本政府は社会保障費を増加させないため、介護報酬の引き上げを渋ってきた。その結果、介護職員の給与は、景気が良くなっても、物価が高くなっても他業種と同じようには上がらない。そして、低賃金労働が介護職員の不足する原因の一つになっている。
僕が気になるのは財源だ。日本政府は巨額の財政赤字に苦しんでいる。社会保障費をこれ以上増やすためには財源を確保しないといけない。
「とりあえず、介護職員の給与を増やして人が確保できるか試すとしても……財源どうしよう?」
僕の質問に対して、茜は当然のように「国債発行だね」と言う。
「返せないよね?」
「返せないね」
「ダメだよね?」
「ダメだけど……元々、国債は償還できない。だから、いいんじゃない?」
茜は国債を償還することを諦めている。どうせ返せないのであれば、少しくらい国の借金が増えても誰も気にしない。多重債務者の思考回路に似ているような気がした。
「介護報酬の引き上げをシミュレーションしてみましょうか?」と僕は新居室長に確認する。
乗り気ではないものの「そうね。やってみましょうか」と新居室長は言った。
僕はスーパーコンピューター垓に、介護職員の給与を増やすために介護報酬を増額する法案可決をインプットした。増加する介護職員の給与は、他業種平均と同水準にするために5万円とした。財源は国債発行で賄う。
垓のシミュレーションは10分で終了した。
時間が短いから、結果は良くない気がする。
僕たちは垓の作成したシミュレーション結果のダイジェスト映像を確認することにした。
<その2に続く>
介護ビジネスは高齢化を背景に成長産業とされている。それにも関わらず、中堅・中小事業者が多い。経営難に陥っている事業者も多く、倒産や休廃業も増えている(図表47)。2022年度には倒産・休廃業とも過去最多となった。成長産業なのに倒産が多い、という変な業態である。
【図表47:介護事業者の倒産・休廃業の推移】
出所:東京商工リサーチ
介護ビジネスは日本の数少ない成長産業であるから、投資家や事業会社からの投資機会は非常に多い。しかし、慢性的な人員不足によって安定した事業が展開できるか? 財政的に盤石ではない中小企業の事業を継続できるか?が課題となっている。
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僕たちは介護ビジネスを安定して提供できる体制を作るための政策提案を考えている。
「介護ビジネスかー。大変そうだなー」と茜はボソッと言った。
「何かいい案がある?」と僕は茜に尋ねる。
「給与を増やせば人が定着するかな?」と茜は投げやりに言った。
2022年度の介護職員の平均月額給与は約30万円、全産業平均では約36万円であるから、5~6万円程度の開きがある。
ちなみに、介護業界でも働く場所、職種によって平均月額給与は違う。介護職員の中でも高い部類の人と低い部類の人はいる。
例えば、介護老人福祉施設(特養)の方が通所介護事業所よりも給与は高い。無資格者よりも介護福祉士の方が給与は高いし、さらに、介護福祉士よりも看護師の方が給与は高い。
筆者のイメージとしては、介護業界の中で給与が高い人と他の業界の平均が同じくらいだと思う。
介護職員の平均給与が他の業種よりも低いのは、介護職員の給与支払い原資が介護報酬に依存している部分が大きい。つまり、介護報酬が上がらなければ、介護職員の給与は上がらない。
介護事業における介護事業者、利用者(被保険者)、自治体(保険者)の関係を単純化して示したものが図表47-2だ。
【図表47-2:介護事業者、利用者、自治体の関係】
介護サービスを開始するには、まず利用者(被保険者)が自治体(保険者)に対して要介護・要支援認定の申請を行うところからスタートする。自治体が要介護・要支援認定したら介護サービスの提供がスタートする。
介護事業者は利用者にサービスを提供し、その対価として利用者は介護報酬10%を支払う。介護事業者は自治体に介護給付の請求を行い、介護報酬の90%を自治体から受け取る。
介護事業者の収入の90%は自治体(保険者)からの収入、つまり税金だ。
介護報酬は国民からの税金から支払うわけだから、当然、国が決めることになる。具体的には、介護報酬の基準額は、介護保険法上、厚生労働大臣が審議会(介護給付費分科会)の意見を聴いて定める。
だから、国が介護事業者の収入、介護職員の給与を決めていると言っても差し障りはない。
この点、政府は2024年2月から介護職員の給与を月額6,000円増加させるために介護報酬を引き上げる予定であることを公表した。今後も継続的に賃上げを促すために介護報酬の引き上げを検討している。
ただし、介護報酬の引き上げは社会保障費の増加を意味し、政府の財政を圧迫する要因になる。
日本政府は社会保障費を増加させないため、介護報酬の引き上げを渋ってきた。その結果、介護職員の給与は、景気が良くなっても、物価が高くなっても他業種と同じようには上がらない。そして、低賃金労働が介護職員の不足する原因の一つになっている。
僕が気になるのは財源だ。日本政府は巨額の財政赤字に苦しんでいる。社会保障費をこれ以上増やすためには財源を確保しないといけない。
「とりあえず、介護職員の給与を増やして人が確保できるか試すとしても……財源どうしよう?」
僕の質問に対して、茜は当然のように「国債発行だね」と言う。
「返せないよね?」
「返せないね」
「ダメだよね?」
「ダメだけど……元々、国債は償還できない。だから、いいんじゃない?」
茜は国債を償還することを諦めている。どうせ返せないのであれば、少しくらい国の借金が増えても誰も気にしない。多重債務者の思考回路に似ているような気がした。
「介護報酬の引き上げをシミュレーションしてみましょうか?」と僕は新居室長に確認する。
乗り気ではないものの「そうね。やってみましょうか」と新居室長は言った。
僕はスーパーコンピューター垓に、介護職員の給与を増やすために介護報酬を増額する法案可決をインプットした。増加する介護職員の給与は、他業種平均と同水準にするために5万円とした。財源は国債発行で賄う。
垓のシミュレーションは10分で終了した。
時間が短いから、結果は良くない気がする。
僕たちは垓の作成したシミュレーション結果のダイジェスト映像を確認することにした。
<その2に続く>